3-24
「ひかりさん、そろそろ休憩しませんか?」
3時間も休み無く突き進んで、すでに7階層までやって来た。
途中でBグループのパーティを何組か追い抜き、俺たちより前を進んでいるのは刀司と甘楽さんのバディだけらしい。
「なんか今日、すっごく調子が良いよ。もしかして、護が一緒だからかな?なんて言ってみたり」
「え?なんですって?」
いや、聞こえなかったわけじゃないし、難聴系なわけじゃないけど、さすがに「そうだね。俺もだよ」なんて言えるほどイケメンじゃないんで。
たぶん、「ひかりの盾」の影響なんだと思うんだよね。さすがに配信中にスキルの詳細を説明するわけにはいかないから、絶対に言わないけど。
「もうすぐ16時半か。なんだかあっという間だったね。18時までにはダンジョンから出るように言われてるけど、もう少し進んでみる?」
「帰りの時間を考えたら、そろそろ戻らないと間に合いませんよ」
ダンジョンの中には、10階層ごとにポータルが設置されていて、ボスを討伐するとそのポータルが使用できるようになる。
11階層まで行けば1階層に戻るためのポータルを利用できるけど、そのためにはボスを討伐しなくちゃいけない。
たぶんその方が楽だけど、刀司と一緒に倒そうぜって話になってるから、先んじて倒すのはちょっと悪い気がする。だから、戻りの時間も考えればそろそろ潮時だろう。
「じゃあ戻ろっか。無事に外に出るまでがダンジョン攻略だしね」
「疲れもあるでしょうから、最短距離で戦闘もなるべく回避しながら戻りましょうね」
「わかった~!」
まあ、俺はここに来るまで1度も戦闘はしてないんだけどね。
なるべくカメラに写らないようにとか、余計なことを言わないように、なんて考えていたら、気疲れしちゃったよ。
「そうだ、帰り道は―――」
上野さんがそう言いかけて、地面が大きく揺れた。地震のような下から突き上げてくるような揺れとは違う。トランポリンの上にでもいるような、体が跳ね上がるような揺れだ。
「視聴者の皆さん、地震速報とかって流れてますか?」
:テレビつけて見たけど出てないな
:同じく
:日本は今日も平和です
:どこのチャンネルでもやってない
普通に返事くれるのは地味にありがたいな。
でも、あの揺れは地震じゃないとすると何なのだろうか?
そんなことを考えていると、コメント欄が急速に流れはじめる。
:やばいやばいやばい
:トージのチャンネルみてみろ!
:これひかりちゃんのとこまで上がってくるぞ
:bbbbbbbbbbbb
:にげろにげろにげろ!
急にコメント欄が不穏になってきた。
だいたいが、『やばい』『逃げろ』といったものがほとんどだが、何がやばくて何から逃げれば良いのか全くわからん。
ちょいちょい刀司の名前が出てくるから、刀司は俺たちよりもやばい状況にいるんだろう。
『ピロリロリロン♪ピロリロリロン♪』
なんとも気の抜けた着信音が俺の端末から鳴り響く。
端末の画面には『着信 大間々先生』と表示されているので、さすがに無視するわけにはいかない。
『もしもし、中里くん。今どこにいますか?』
「えっと、7階層です。だいたい中間地点よりちょっと進んだ辺りだと思います」
『そうですか。では、そのまま8階層を目指してください』
「8階層?」
『そうです。8階層の階段まで下りて、そこで魔獣を食い止めてください』
ああ、もの凄く嫌な予感がする。
これってダンジョンモノのラノベとかでよくあるスタンピードとかオーバーフローとかってヤツじゃないの?
『お察しの通り、現在この迷宮で魔獣の溢れ出しが起こっています。我々教師陣は21階層から下の魔獣を殲滅しますので、20階層から上は、中里くんにお任せします』
「お任せしますって、もし俺が食い止めきれなかったらどうするんですか!」
『20階層までの魔獣なら大丈夫ですよ。上野さんが隣にいてくれれば。それに、助っ人も1人お願いしてますから』
「ちょっと先生!全然大丈夫じゃないですって、切っちゃったよ」
とりあえず現状は把握したけど、マジで俺が魔獣を食い止めるのか?
どれだけの規模の魔獣が押し寄せてくるのかわからないから、できるかどうかの判断ができないけど、俺、まだ魔獣の集団と戦ったことってないんだよね。
それを踏まえて、大間々先生は大丈夫だって言ってくれてるんだろうか?
「ねえ、大間々先生はなんて言ってたの?」
「魔獣の溢れ出しが起こってて、俺に8階層の入り口で魔獣を食い止めて欲しいって」
「溢れ出し?」
「ダンジョン中の魔獣が、外を目指して大量に押し寄せてきてる、みたいです」
それを聞いて、上野さんは一瞬ショックを受けたような表情を浮かべたけど、すぐに真剣な表情に切り替わった。
「ふじ・・・トージくんやマコトがまだダンジョンにいるんだよね?」
「はい。視聴者が教えてくれました。魔獣の大群から逃げてるみたいです」
「わかった、マコトたちがいまどこにいるのかってわかるかな?」
「リスナーの皆さん、刀司たちが今どこら辺にいるかわかりますか?」
:もうすぐ8階層に入る
:でもマコトちゃんが足やられてる
:トージが担いで逃げてるけどもう追いつかれそう
:トージも腕ケガしとるやん
:これ、リアルで魔獣に○されるぞ
:ラノベの世界だけかと思ってたがガチか
:この前別の学院でも魔獣の溢れ出しあったらしい
:ダンジョンから溢れ出したら魔獣が町まで出てくるんか?
:そしたら大量に人がタヒぬぞ!
刀司はまだ8階層に入ったばかり。しかもケガしてんのかよ。8階層の入り口までたどり着けるのか?
もしたどり着けなければ、魔獣に踏み潰されて、刀司と甘楽さんは死ぬ?
それに、俺が魔獣を食い止められなかった、大勢の人が魔獣に・・・・・・
心臓がドクンと高鳴る。
気持ちが悪い。
頭が痛い。
ダメだ。今は余計なことは考えるな。落ち着いて、8階層に続く階段を目指そう。
「ひかりさん、急いで8階層に続く階段を探しましょう」
「護、大丈夫?顔が真っ白になってるよ?」
「・・・・・・大丈夫です。急ぎましょう」
「わかった。8階層までの道はマッピングしてあるから、アタシが先導するね?」
そう言って駆け出した上野さんの後を俺も走る。
しかし、どういうわけか徐々に上野さんから離されていく。
息が苦しい。
足が、思うように動かない。
体が、ガタガタと震えている。
距離がかなり離れてしまったのに気づいたのか、上野さんは足を止めてこちらを心配そうに見つめている。
「すいません、お待たせしてしまった」
「・・・・・・護は、もう帰っても良いよ?」
「え?」
「大丈夫、アタシだけでも魔獣を食い止めるくらいできるから。それに、そんな状態じゃ、護戦えないでしょ?」
それだけ言い残して、上野さんは走り出してしまった。必死に追いかけるけど、どんどん距離が離されていく。
あっという間に、上野さんの後ろ姿は見えなくなってしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・っくそ!」
鼓動がうるさい。呼吸が整わない。体が思うように動かせない。
なんでだ?なんで急に、こんなことになってるんだ?俺が早く行かないと、刀司や甘楽さんだけじゃなくて、上野さんまで危ないのに!
今行かなければ、また俺の側から誰かがいなくなってしまうかもしれないのに!
そしてとうとう、俺の足は完全に止まってしまった。
『・・・・・・護は、もう帰っても良いよ?』
上野さんに言われた言葉が、頭の中でグルグルとリフレインする。たしかに、こんな俺なんかが行っても、なんの役にもたたないだろう。だったら、大人しく帰ったほうが良いのかもしれない。
でも、自分でなにもしないで、また幼馴染みがいなくなってしまうと考えたら、とても怖かった。
「どうしたら良いんだよ、ちくしょおおおおぉ!」
「うるさいですね。いくら周りに人がいないからといって、こんなところで叫ぶのはどうかと思いますが?」
「え?」
なぜか俺の隣に、新治くんがいた。小雪を背中に負ぶって。