90話
「あんたが瑞樹の彼女かい?」
みっちゃんと散歩から帰ると私たちをみっちゃんのお祖母ちゃんが出迎えてくれた
「はい。嶋野愛と申します。瑞樹さんとお付き合いさせていただいています」
「そんな固くならんでいい。あんたみたいな可愛い子が瑞樹の彼女ってだけで私は嬉しい。ここを自分の家と思ってゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
お祖母ちゃんは私に優しく接してくれた。まるで本当のお祖母ちゃんのように。
なんでかはわからないが、その時間が少し懐かしく感じた。
後ろの方にお爺ちゃんがいて、私が挨拶するとにっこりと微笑んでくれた。
私はお爺ちゃんが早くに亡くなっていたから、一緒にいた思い出がない。
もし自分にお爺ちゃんがいたらこんな感じだったのかなと思った。
「今日の夜は焼き肉よ。またお祖母ちゃんが高い肉を買ってくれたのよ。グラム1000円」
松岡家ではこの家に来たら高い肉で焼き肉をするのが定番らしい。
しかも今日は私が来ているからといってBBQの準備を俊哉さんがしてくれていた
みっちゃんも俊哉さんに呼ばれて火をおこす準備を手伝っていた
「私も何か手伝います」
手持ち無沙汰になっていた私は真奈さんに声をかけた
「あらほんと?そしたらそこに野菜をきってもらえるかしら」
「わかりました」
「愛ちゃん包丁使える?」
最近ちょくちょく真奈さんは私のことをいじってくる
私は元々人と関わらない方だったからいじられる経験があまりなくて最初は反応に困っていたが
少しづつ慣れてきていた
「包丁ぐらい使えます」
「ふふふ。包丁は使えないと将来大変だからね。それじゃその辺の野菜適当にお願い」
「はい」
「一人暮らしには慣れた?」
「だいぶ慣れましたね。まぁ一人暮らしといっても半分ぐらいは松岡家にいるので半分一人暮らしみたいな生活ですが」
「もっとうちにきていいのよ」
「十分すぎます」
本当に松岡家のみなさんにはお世話になりっぱなしで、私は何を返していけばいいのかといつも考える。でもそんなことを考えながらも甘えてしまっているのが現状である
「そういえば愛ちゃんのお母さんとラインしたのよ」
真奈さんから出てきた「お母さん」という言葉に自然に緊張が走る
先日の電話の件もあるが、これが私と母の今の関係性なんだろう。
一般的に「親子」とは違う。
お母さんと言われただけで緊張が走るなんて普通の親子ではありえないことだ
「母とですか?」
「そうよ。奈央さんとはあれからちょくちょく連絡とっているわ」
嶋野奈央。真奈さんの口から出てきた名前は私の母の名前だった。
動揺しながらも私は話を続ける
「母とはどういった話をするんですか?」
「そうね~。最近の愛ちゃんがどんな感じなのかとか、私たちのことを話したりとかママ友トークってやつよ」
「母が私のことを気にしているとは思えないですが」
「そう?愛ちゃんの様子を教えてあげたら奈央さんからいろいろと聞いてくるけど」
「私が知っている母ではありませんね」
そう。私が知っている母は仕事一筋で家庭よりも職場。努力の過程よりも結果しか求めない冷たい人間のイメージが強い。そもそも一緒にいる時間が短すぎて冷たい以外の印象が思いつかない
「まぁね。でもこれは私の意見だけど、奈央さんは不器用なんだと思う」
真奈さんがいった母の印象は私が思い描いている母の印象から真逆だった
「母はなんでも結果を残している器用な人だと思います」
「そうだね。仕事に関しては結果を残されているし、実際に海外で仕事をして毎月ちゃんとしたお金を振り込んでいる時点で立派なんだと思う。でも私が言っている「不器用」は子育てに関してよ。仕事と子育ては全く別物といっていい。仕事が完璧にできている人が子育てを完璧にできるかは別の話。前に聞いたことがあるけど、保育士さんって子供を育てるプロみたいに見えているけど、自分の子供を育てるのは別らしいわ。私もそう思う。子供の数だけ子育てしている人がいる。子育ての情報も数えきれいないぐらいある。でも正解はないの」
「正解がない?」
「もし絶対に成功する方法があればその方法を親は全員すればいい。でもそうならないのはなんでかわかる?」
「わからないです」
「それは子供は一人一人性格も違うし考えていることも違うからよ。こうしたらうまくいく。こうしたらうまくいかないは子供によって違う。だから私たち親は考えて子育てしないといけない。でも誰しもがいい方向にばかり行けるわけではないと思う。奈央さんはそういった意味で不器用で上手ではないと私は思っている」
「そうですかね」
真奈さんの言っていることはわかる。
でも母がそれに当てはまるのかはやっぱりわからない
「まぁこれはあくまで私の考えだから、いつか奈央さんが帰ってきたらうちに呼んでみんなでご飯を食べましょう」
「はい」
「ごめんね。なんか語ってしまって」
「なんか意外過ぎる話を聞いて少し動揺しているだけです」
「ふふふ。愛ちゃんも動揺とかするのね」
「しますよ」
基本的に感情の起伏が激しい方ではないと思うけど動揺ぐらいする。
真奈さんと夕飯の準備をして美味しい焼き肉をご馳走になった
グラム1000円のお肉は格段に美味しかった。
真奈さんの話では、この肉は都会では倍ぐらいの値段で売られているらしい。
これも田舎の特権よといってたくさん食べさせてくれた。
お祖母ちゃんもお爺ちゃんも本当に優しくて初めての場所なのに居心地がすごくよかった
「愛、先にお風呂入っていいよ」
「ありがとう」
お腹がいっぱいになって休んでいるとみっちゃんがお風呂が沸いたから入っておいでといってくれる
みっちゃんの家でもそうだが、お風呂が沸くと私を一番に入れてくれるのが松岡家のルールみたいになっている。
私としては気を遣われて申し訳ないと思うが、俊哉さんもみっちゃんも自分が入った後に私を入れるのは申し訳ないといったので、ここは甘えるようにしていた。
こうゆう気遣いも松岡家のすごいところだと思う。
みっちゃんのお祖母ちゃんの家のお風呂はすごく広かった。
田舎特有なのかもしれないけど浴槽も足を余裕で伸ばせるスペースがあって
洗い場も広くてゆっくりと入らせてもらった。
「お先にお風呂ありがとうございました」
「ちゃんと温まったかい?」
「はい。ポカポカです」
「それはよかった。後から温かいお茶を入れるからゆっくりしていなさい」
「ありがとうございます」
私がお風呂に入った後はみんなが順番にお風呂に入っていった
最後にみっちゃんが入るときには夜の9時過ぎになっていて
私はお家の縁側にきて少し風を浴びていた。
涼しいなと思いながら空をみていると、そこにはたくさんの星がみえていた。
「綺麗じゃろ」
振り返るとお祖母ちゃんがお茶を淹れてきてくれて私の隣に腰をころした。




