64話
夏休みの学校はいつも通っている学校とは別世界に来ているよう感じだった。
いつもの見慣れた教室には吹奏楽部の生徒が個人練習をしていて、グラウンドには運動部の声が響いている。
昨年の夏休みも登校日以外は学校に来たことはないし、今年も夏休みになって初めて学校に足を運んだ。
そしてまっすぐ職員室に向かう。
昨日父さんからも言われた通り、愛の今の状況を担任に報告しにきていた。
朝から少しだけ愛と話したけど少し顔色はよくなっていたけどまだ本調子という感じではなかった。
本当はここで愛に何か背中を押せるような言葉をかけてあげれればいいと思うけど、俺には踏み込む勇気がなかった。
結果、何気ない会話をしてそのまま学校に足を運んだ。
臆病者はいつまでも臆病者だなと思う。自分の伝えたいことも面と向かって伝えることができない。
こんな自分が本当に嫌いだ。
「失礼します。泉先生はいらっしゃいますか?」
「泉先生は今はいないわよ」
「今日休みですか?」
「いや、朝からは見たからどこかで仕事をしているのかどこかでサボっているところかしら」
他の先生から普通にサボっているといわれているうちの担任は大丈夫だろうかと心の中で思った。
「わかりました。少し探してみます」
「もしみつからなかったら校内放送してあげるからまたおいで」
「わかりました」
校内放送で呼ばれたら大ごと感がでてしまいそうだなと思ったので、とりあえず学校を探してみた。
各教室を見回っても担任のいる気配はなく、休憩がてら屋上の階段を登って扉をあけてみると担任が寝ていた。
この人本当にサボっていたよ。。。
「先生ちょっといいですか?」
「わぁびっくりした!!って松岡?」
「はい。松岡です。突然すいません」
「どうした急に。お前が夏休みに学校にきているなんて予想外だし、今寝ていたことは他の先生には黙っておけよ」
「はぁ。。。」
「心臓が口から出るかと思ったぞ」
このおそらくいい加減な担任は「泉剛志」という30代後半で、個人的に名前が似ているのもあるが俳優の大泉洋とムロツヨシを混ぜたような人間だ。
面白いけど適当でたまに大丈夫かなと思う。
俺は特になんて思っていないが、進学を目指している生徒からは「もっとちゃんとしてください」って言われているかもしれない。
「それでどうしたんだ?」
「実は嶋野さんのことで話があってきました」
そして俺は泉先生に愛とお祖母ちゃんのこと、愛がいっときの間家に住むことについて説明した。
先生は真剣に聞いてくれた。
「嶋野大変だったな。今はどうなんだ?」
「少し落ち着いては来ていますが、まだ本調子ではないって感じです」
「そりゃ育ての親のお祖母ちゃんが脳梗塞からの記憶障害で自分を覚えていないってなるとショックはでかいのは当たり前だ。しかもまだ17歳だ」
「はい。その通りです」
「わかった。もしこっちでやらないといけない作業があったら連絡してくれ」
「。。。。」
「なんだよその顔は」
「いや、先生って真面目な話をしたら真面目に聞いてくれるんだなと思って」
「お前は馬鹿か。俺のことをなんだと思っているんだ」
「なんかダメな先生」
「う、特に反論できないのが悔しい」
「じゃぁそうゆうことでよろしくお願いします」
先生に言うことを済ませて帰ろうとしていると
「待て松岡」
先生が俺の名前を呼んだ
「なんですか?」
「お前は大丈夫なのか?」
「なんでですか?」
「さっき嶋野に対して17歳といったけど、お前も同じ17歳だ。いつも大人ぶってちょっと遠目から状況を見ているようだが、お前も思うことはあろだろう。恋愛は楽しいこともあればきついこともある。お前にとって大切な嶋野の大切なお祖母ちゃんに辛いことが起きた。お前もきつかっただろう」
先生の言葉が俺の心の奥に刺さった。
先生の言った通りだと思う。
愛のお祖母ちゃんが倒れたと電話がかかってきたときの愛の姿を見て自分がちゃんとしないといけないと思った。
両親の前でも自分はちゃんとしないといけないと思い辛さを見せないようにした。
もしかすると両親もそのことはわかっていたかもしれない。
先生の「お前もきつかっただろう」という言葉に蓋をしていた「辛い」という感情が少し開いてしまった。
「先生少し弱音を聞いてもらえますか」
気づけば先生にそう言っていた。
「言ってみろ」
先生を俺の目をみてそういってくれた
「あの日、愛のお祖母ちゃんの病院についたときに愛が先に行って、俺は受付の人にお祖母ちゃんの状態を聞いたんです。でも曖昧な感じだったからもしかするとお祖母ちゃんは愛のことがわかるかもしれないと思ったんです。でも結果は残酷でお祖母ちゃんの口から愛に直接覚えていないことが伝わってしまいました。もし俺があの時愛のことを引き留めて愛に今のお祖母ちゃんの現状を伝えておけばお祖母ちゃんの口から直接聞いても気持ち的には少しはましだったかもしれないと思うんです。それに昨日の夜も今日も朝も愛になんて声をかければいいのかわからなくて、愛のことが大切で大事で尊くてあんな辛そうな愛をみるのは辛いのに、自分のかける言葉が間違っていたら愛のことをもっと傷つけてしまうかもしれないと考えたら踏み出せなくて、一番きついのは愛です。でも愛のために何もできないのはつらいんです」
そして俺は気づけば目から涙がこぼれていた
「すいません」
先生は俺に近づいて背中をさすってくれた
その手の優しさにまた涙が溢れた
「松岡、正解不正解は大人でも誰でもわからない。もしお前が嶋野と呼び止めて事前におばあちゃんの状態を説明しても最終的にお祖母ちゃんの口から覚えていないといわれたら傷ついていただろう。それに俺だって今の嶋野になんて声をかければいいのかはわからない。大人も完ぺきではないし、簡単に人を傷つけてしまう」
「それでも俺は今の愛を支えたいです」
「お前のその気持ちが一番大事なんだと思うぞ。今の世の中は昔に比べても人と人の距離が遠くなっていると思う。それは携帯が普及して俺たちの日常はすごく便利になったからだ。昔は相手に気持ちを伝えるのは手紙で、携帯がない時代は好きな人と約束するのに家に直接電話をしないといけなかった。その時に相手の親が出たら最悪で自己紹介から始まって、厳しい父親だったらそこでキレられることだってあった。ただ今に比べてた不便な時代だったと思うけど人と人の距離は近かった。相手に気持ちを伝えるのも言葉が多かった。俺は今の時代が悪いとは言わない、でも便利になったからこそ相手に対して踏み込むことに臆病になっているんだ」
先生の言葉は本当にその通りだと思った。
昨日の夜も今日の朝も愛を顔を近くでみて話すことが怖かった。
だから何気ない会話しかできなかった
「先生としてみんなで仲良くしましょうっていうのがいい先生なのかもしれない。でも俺は嫌いな人とは関わらないでいいと思うし、深く仲良くなりたいと思っていない人とは一定の距離を保っていいと思う。友達は作るものではなくできるものだと俺は思っている。実際学生時代の同級生で今も仲がいいやつは5人ぐらいしかいない。だから同じクラスだから同じ学年だからって合わない人とは無理して関わらなくていいんだ」
嫌なことから逃げてもいいか。。。
「でもな松岡。大事な人からも逃げていいのか?」
「・・・・」
「今のお前の中の世界で大事な人がどのくらいいる?両親?嶋野?友達?何人いるのかはわからない。確かに俺は嫌いな人とは仲良くしないでいいと思うし、どうでもいい人とは距離を保っていいと思う。でもお前のなかにいる何人かの大事な人からは向き合うことを逃げないでほしいと思う。嶋野のことを大事に思う松岡だからこそちゃんと嶋野の前に立ってお前の気持ちを伝えてやればいいんだ。さっきも言ったけど正解も不正解もわからない。正解じゃなくてもいいんだ。今のお前が思ていることを嶋野にそのまま伝えてやることが嶋野にとっての救いになると俺は思うぞ」
「大事な人からも逃げていいのか?」
という先生の言葉を聞いたときに俺は中学の時に部活のことを思い出した。
あの時の俺は向き合うことができなかった。
そして昨日の夜も今日の朝も愛と向き合うことができなかった。
「先生、俺でもできますか」
「大丈夫だ。大事な人を大事だといえるお前なら」
大丈夫という言葉にこんなに背中を押されたのは初めてだったかもしれない。
「ありがとうございます」
「おう」
その先生の笑った顔を見た時に自分の中でモヤモヤしていた悩みみたいのが吹っ飛んだような気がした。
単純に怖かったんだと思う。傷ついた愛を目の前で見て、これ以上自分が傷つけてしまうのが。
「先生に初めて先生してもらったような気がします」
「嬉しいようで嬉しくないなそれ」
「いや本当に自分の中のモヤが晴れて背中を押してもらった感じです」
「俺はなあひるの空って漫画が好きで、その中の好きな言葉があるんだ」
「あひるの空は俺も知っています。どこの言葉ですか」
「確か、11巻の言葉だったかな」
未来ってのは希望だ
希望ってのは生命だ
夢をみるうち必ず明日がくる
俺たち大人の仕事は
子供の未来を守ることだ
「どうだ?すげぁいい言葉だろ。俺はこの言葉をきいて教師を目指したんだ。俺はできる範囲でお前らの未来がよりよくなればいいと思っている。そして少しでも幸せな未来に繋げたらと思っている。だから学生のうちは間違えてもいい。間違えたら俺たち大人が一緒に考えてやる。怖がらなくていい。前を向け松岡。」
「はい」
その先生の言葉は今日で一番重くて心の奥の奥に刺さった。
前を見よう。そして愛と向き合おう。
もう大事な人から逃げない。愛には笑ってほしい
愛は表では才色兼備で裏では甘えん坊なちょっとギャップ強めな女の子だけど
俺にとって大事で大切な人。




