62話
どうすればいいのか咄嗟のことでわからなかった。
だからとりあえず家に連れて帰ろうと思った。
その判断は間違っていなかった。
家について出迎えてくれた母さんは状況をすぐに察しのか、愛を抱きしめた。
そして話をきいた母さんと父さんはすぐに病院にいく準備をしてくれて病院に向かった。
病院まで道中で父さんが病院についた後の動き方を教えてくれた。
バックミラー越しにみる愛の表情は明らかに沈んでいた。
それはそうだ。小さい時から親代わりでたった一人のお祖母ちゃんが倒れたと電話があって平気なわけがない。
運がよかったのは俺がその場にいたということ。
今の愛を見ていて、本当に一人の時に電話がかかってこなかったのが不幸中の幸いだった。
愛の手を引いて病院の中に入り、ソファーに愛を座らせ受付に向かった
「溝口なつきの身内なんですが」
「ちょっとお待ちください」
受付の人は優しく対応してくれた。看護師さんか誰かと電話を繋いで面会ができる状態か確認してくれた
「今日搬送された溝口さんですね。さきほど意識が戻ったそうです」
「ほんとうですか」
「はい。ただ・・・」
受付の人は言葉を出すのをためらった
お祖母ちゃんに何かあったのかもしれない
「言ってください。僕は大丈夫です」
「詳しいことは明日検査してみないとわからないんですが、溝口さんは「脳梗塞」を起こしているみたいで意識はあるんですが、記憶の方がわからなくなっているみたいです。ただ、これは一時的なことかもしれないし、それは今の段階ではなんとも言えないんです」
予想外の言葉だった。
記憶がない?もしかしたら愛のこともわからないかもしれない。
でも、もしかすると一時的な記憶の混乱で愛のことを見れば全部思い出すのかもしれない。
だから愛には記憶のことは話さずにお祖母ちゃんの部屋に向かった
本当は先に愛が入るべきなんだろうが、さっきの話を愛の今の状態を考えたら俺が先に行かないと思い病室をあけてカーテンを開けた。
静かにカーテンを開けると、そこには初めて見るが愛のお祖母ちゃんが目をあけて座っていた
「お祖母ちゃん生きていてよかった」
「私は死んでいないよ」
「よかったぁ」
愛とお祖母ちゃんは何も違和感のない会話をしていた。
記憶の混乱も一時的なものだろうと安心した。
しかしその安心も次のお祖母ちゃんの言葉を聞くまでの一瞬だけだった
「見ず知らずの私なんかを心配してくれて嬉しいわ」
受付の人が言っていたように愛のお祖母ちゃんんは記憶が混乱している状態だった
これは愛にとって一番辛い現実だった。
顔も表情も声も全部自分のお祖母ちゃんなのに、記憶だけはなくなっている。
しかもたった一人のお祖母ちゃんが。
「。。。。。お祖母ちゃん何言っているの?」
お祖母ちゃんの言葉をきいた愛は現実を受け入れることができていなかった。
それが当たり前だ。
「あなたみたいな可愛い子に心配してもらえて嬉しいといったのよ」
それでもお祖母ちゃんが記憶をなくしているという現実はかわらない
「愛だよお祖母ちゃん。私のことわからない」
お祖母ちゃんは私の顔をじーっとみて考えて
「ごめんなさい。わからないの」
愛はその言葉を聞いた後、走って病室を出て行った。
「あらあの子どうしたのかしら。私何か気に障ることをいってしまった?」
「大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしてしまっただけだと思います」
「それならよかった」
「僕からの質問なんですが、溝口さんにはご家族がいらっさるんでしょうか?」
お祖母ちゃんは少し考えて
「私には娘が一人いるだけよ」
お祖母ちゃんの中から愛の存在がなくなっているのを確認できた
そのタイミングで父さんが病室に入ってきた
「瑞樹、愛ちゃんが今走っていったけど」
俺は父さんに静かに状況を伝えた
状況を聞いた父さんは
「ここは俺に任せていい。瑞樹を愛ちゃんを追いかけなさい」
「わかった」
「瑞樹」
父さんに呼び止められた
「絶対に今の愛ちゃんを一人にしたらダメだよ。そして車まで連れておいで。父さんはふたりを車で待っているから」
その父さんの言葉で今の事の重大さを再確認した。
先ほど愛をすぐに追いかけなかったのは、お祖母ちゃんが本当に愛のことをわかっていないのか確認しておきたかった。
ただ記憶が混乱しているぐらいだったら記憶に愛の存在はあるかもしれないと希望を抱いた。
しかし結果としては今のお祖母ちゃんの記憶の中に愛の存在はなかった。
実際今の愛に対してどんな声をかければいいのかわからない。
それでも俺は愛の力になりたい。
病室を出て看護師さんに話を聞いて愛がエレベーターに乗って上にいったのがわかった。
病院の院内マップをみてみると屋上にテラスがあり、愛はそこに行ったかもしれないと思い、エレベーターで屋上に上った。
屋上のテラスは夜の夜景がみれるように解放されていて、そこに愛がいた
「愛?」
「みっちゃん来てくれたんだね」
「当たり前だよ。俺は愛のそばにいるよ」
「へへへ。ありがとう」
言っていることはいつもの愛だけど、表情も雰囲気もいつもとは到底違う嶋野愛が立っていた
「お祖母ちゃん私のことわからなくなっていたね」
「うん。詳しいことは明日検査してみないとわからないけど」
「それでも、今のお祖母ちゃんの中に私はいなかった」
俺はその言葉に何も言葉をかけることができなかった
いっときの沈黙が流れた後
「愛、帰ろう」
「どこに?家に帰っても誰もいないや」
「大丈夫。うちに帰ろう。父さんが愛と一緒に帰ろうっていってくれたよ」
愛はしばらく黙り込んで静かに頷いて俺の手をとった
俺は愛にかける言葉をみつけれないまま父さんの待っている車に向かった
「愛ちゃん、帰ろう」
「はい」
父さんは愛にそれだけ伝えて家に向かった車を走らせた
帰りの車、病院に言っているとき以上に気まずい空気だった
そして家につくと母さんがご飯を用意してくれて待っていた
「ただいま」
「おかえり。愛ちゃんもおかえり」
「はい」
「大丈夫。大丈夫。私たちがいるから。あなたは一人じゃないからね。だから今は辛くて前を向けないかもしれないけど、ご飯食べてお風呂に入って明日また考えましょう。今日はこれ以上頑張ったらダメ。愛ちゃんが思っている以上に愛ちゃんの身体は疲れているから」
「はい」
愛は母さんの言葉に涙を流した。
今回は不安の涙というよりは安心の涙といった感じで、それを母さんはちゃんと受け止めて俺と父さんと真紀は見守った。
それからご飯を少し食べてお風呂に入って客間の布団に愛を寝かすとすぐに眠りについた。
海に行って遊んで、帰りに病院のいき怒涛の一日だった。
愛の疲労感は半端ないものだったのは間違いない
「瑞樹も寝なさい」
確かに今日は俺も疲れきった。
布団に入ればすぐに眠りにつくと思う。
ただやっておきたいこともあった
「うん。寝る前に父さんと母さんと一度話しておきたいと思って」
父さんと母さんは静かに頷いた
「父さん、病院の人に詳しいことはある程度きてきたんでしょう」
「そうだね。入院に必要なものも聴いておかないといけなかったのと、愛ちゃん家の両親は日本にはいないって聞いていたから全部愛ちゃんがしないといけないからね。ただでさえ入院の手続きなんかは大人でもめんどくさいし、今の愛ちゃんの状態でそんな無理はさせられない。だから今回のことは人様のお家のことではあるけど、父さんと母さんは愛ちゃんを全面的にフォローしていくつもりだ」
それを聞いて心の底から安心した。
確かに俺は愛のそばにいることはできるけど、全部は無理だ。
大人にしかわからないこともある。俺は背伸びをしても子供だ
「それでお祖母ちゃんの記憶は戻るの?」
父さんは少し考えて
「可能性が0ではないが、記憶が戻る可能性は低いとみてていい」




