55話
「みっちゃんこの後どうする?」
「少し甘い物食べながら屋上にいってゆっくりしたいかな。なんかライブ聴いてお腹いっぱいって感じ」
「わかる。freedomのライブ聴いてから私も胸のあたりがポカポカしているよ」
俺と愛はfreedomのライブを聴いた後、他のバンドのライブも聴き会場を後にした。
ちょうど体育館に行くときに気になっていたクレープを二人分購入して屋上に向かった。
「あれ、松岡くんと嶋野さんじゃないか」
屋上にはおそらく先ほどまでライブをしていた桐生さんが立っていた
「桐生さん。なんでここにいるの?」
「多分君たちと一緒だよ」
確証はないが、freedomのボーカルと今目の前に立っている桐生さんは同一人物だろう
ライブの余韻なのか、桐生さんの言葉がすっと耳に入ってくる
「そっか」
「うん」
・・・・・
沈黙が広がる
「桐生さん」
「なんだい嶋野さん」
「freedomのボーカルって桐生さんでしょ」
そんな直球ストレートな物言いをしなくてもと愛の度胸の強さに驚きつつ、俺もどのタイミングで聞こうか悩んでいたからいいとしよう
「やっぱり君たちにはバレていたか」
「一応君の歌で泣いた経験があるからね」
「あれは私も少し引いてしまったけど」
「おい」
「嘘嘘。嬉しかったよ。察しの通り、私がfreedomのボーカルです」
「やっぱり。でもなんで覆面で顔隠したりしたの?」
「それは表の桐生天音じゃぁあんなライブはできないからだよ」
「表の桐生さん?」
「そう。君たちに最初に話しかけたのも少し私と嶋野さんは似ているんではないかと思って気になったのかもしれない」
「私と桐生さんが似ている?」
「表と裏があってみんなが見ている姿は本当は裏で、表の姿は出せなくなっているんではないかって」
それは俺が愛と付き合った後に知ったことで、俺も最初はクラスのみんなと同じ才色兼備の美少女という姿が嶋野愛の表の顔だと思っていた。
しかし話してみて付き合ってみて今まで自分が見ていた嶋野愛は表の姿ではないということに気づいた。
それを桐生さんはそんなに話したことないのに気づいていた
「確かにみっちゃんと付き合っている今の私が本当の私なんだと思う」
「多分私は松岡くんと付き合って本当の自分を表に出せている嶋野さんのことが羨ましかったのと自分も本当の自分を表に出したいと思ったのかもしれない」
「学校にいる桐生さんは表の顔じゃないってこと?」
「少なくとも自分はそう思っている。少し私の話を聞いてくれるかい?」
俺と愛は頷く
私は比較的裕福な家で育ってきたと思う。
欲しいものは買ってもらっていたし、やりたいことはやらせてもらっていた。
でもそれはあくまで小さいときの話で小学生の高学年になるときには塾に行ったり習い事をいくつかしてそれが当たり前になっていて私の意志というよりは親が行けというから言っていた感じだった。
最初は自分がやりたいと思って始めたことかもしれないが、年を重ねるにつれてやりたいことは変わってくる。それでも私は親が決めたレールに沿って歩いてきた。次第にそのレールから抜け出せなくなってしまっていて、そのことに中学生の時に気づいたんだけどその時には私は親から「優秀」を期待されていた。
だんだんと親の優秀な将来への期待と自分がそうなりたくない気持ちのギャップに悩むようになった。
その時に音楽を聴いていると、自分の想いを歌詞にして歌っている人たちをみて単純に憧れた。
それから親に音楽の勉強の一環として安いギターを買ってもらって練習した。実際にギターを弾いてみると私が思っている以上に難しくて、弾けないところが弾けるようになった時の高揚感は今まで親のレールに沿って歩いてきた私にとっては感じたことがないものだった。
ある時、私は両親にバンドをやってみたいといったことがあるんだ。
すると両親は
「天音の将来には関係ないからバンドなんて時間の無駄になることはしなくていい」
「天音ちゃんはあんな野蛮なことしないでいいのよ」
完全に否定されてしまった。
そして私はまた本当の自分を表に出すきっかけを失ってしまった。
しかしギターはその後も練習を続けていて、親が出張なんかで家を空けるときにああやって路上ライブをしながら少しづつ音楽活動をしていたんだよ。
その時に君たちに出会った感じかな。
本当の自分なんて正直どれかわからないが、やりたいことをやっている私は本当の自分なんじゃないかと思う。
だから松岡くんと一緒にいたいと思って一緒にいる嶋野さんが本当の嶋野さんって思ったのかもしれないし、本当の自分を出している嶋野さんを見ていると私も自分のやりたいことをやろうと思ってバンドを組むことにしたんだ。まぁ流石に顔出しは両親にバレるリスクがあったから覆面にしたんだけど。
確かに桐生さんは文武両道で運動も勉強もできる優秀なイメージしかない。
だから路上で歌っていることを知った時に驚きを隠せなかった。
「なんか語ってしまったな。申し訳ない」
「桐生さんと私は少し違うけど気持ちはわかる。私は両親に期待というよりは見向きもされなかったから頑張っている自分を見てほしいって優秀を演じていたんだと思う。でも誰かのために頑張っているのは時間が経つにつれて疲れてくるんだよ。表が裏になることも裏が表になることもある。結局表と裏は交わらないから難しいし大変なんだよ」
「表が裏になって裏が表になるか。。。」
「桐生さんがライブのときに言っていた言葉が私の胸にはすごく刺さったんだよ」
私たちの人生は私たちだけのものです。いろいろなことで悩んで傷ついて挫けそうになっても人生は続いていきます。私たちはいつだって選べます。今の時間を楽しい時間にするのか、なんとなく過ぎていく時間にするのか。この文化祭が思い出に残るイベントになるのか、振り返ったときに何も思い出せないイベントのなるのか選ぶことができます。
「桐生さんが言っていたように私たちの人生は私たちだけのものだよ。だから誰かのために頑張るんじゃなくて自分のやりたいことを頑張っていいんだよ」
「嶋野さん。。。」
「私も桐生さんも長い時間、自分を出さずにいきてきたから自分の表がどれなのかわからないと思う。でもさっき桐生さんがいった「やりたいことをやっている自分が本当の自分」ってことでいいんだと思う」
愛がここまで話すのは珍しいかもしれない。
桐生さんが抱えていた悩みと自分が抱えてた悩みに共感した部分があったのかもしれない。
俺は家族にも恵まれて自由な生き方を許されていたから愛は桐生さんの悩みを聞くことができるが本当の意味で共感はできないと思う。
だからこそお互いのことをちゃんと理解できる存在がいるのは素敵なことだしある意味運命なんだと思う。
「ごめん私も語っちゃった」
「私たちはなんか似ているのかもしれないな」
「そうかもね」
「改めてにはなるけど、私と友達になってくれないか」
「喜んで」
俺は美人が二人友情を確かめ合っている素敵な瞬間に立ち会っていると同時に、こんな漫画みたいなべたな友達になろうからの握手している姿をみてちょっと面白いなとも思っている
流石不器用な二人だ。
「松岡くんも私と友達になってくれるか?」
「ぜひ」
「私は嶋野さんと同じぐらい松岡くんにも興味があるんだ」
「俺に?」
「そう。嶋野さんの表の感情を引き出す男や美容室に職場体験に言っているときの姿は学校での見た目もふるまいも全くの別人のように見えた」
「なんで桐生さんが美容室で働いている姿を知っているの」
「私はあの美容室の近所に住んでいるからたまたまみたんだよ」
「なるほど」
「俺は本当に何もない男なんだよ」
「みっちゃんはすごい人だよ」
「これから松岡くんのことも知っていけるといいな」
「みっちゃんは渡さないからね」
「流石に友達の彼氏を横取りするほどの性悪女ではないから安心してくれ」
3人で笑いあった
「それで、桐生さんは今後もバンドは続けていくの?」
「正直悩んでいたんだ。でもここで君たちと話してバンドは続けれる限りやりたいなと思ったところだ」
「すごくいいと思う」
「みっちゃんは桐生さんの大ファンだもんね」
「では熱烈なファンの子のためにも頑張ろうかな」
「なんか俺のこといじっていない?」
また3人で笑いあった
freedomが今後も活躍していくのはまた別の話である。




