137話
また間違ってしまった
自分たちがいくら正しいと思って動いた行動でも自分以外の人たちにとっても正解だとは限らない
それを中学時代の部活で散々思い知ったのに。
あの時だって自分はキャプテンで強くなるためには練習したほうが絶対に正しいと思って自分の選択に迷わなかった。
その結果が内気な同級生はお祖母ちゃんの危篤を言い出せずに最期に立ち会えなかった。
自分だけの責任ではないとみんなが言ってくれて気持ちもわかる。
でも結局はその空気を作っていた俺に責任があるのは事実だ。
何が正解で何が間違いか全部わかればいいのになと毎回思う。
今回の件だって感情を抑えきれなかったのはある。
真紀を傷つけた連中に対しての自分の行動の後悔はないが、結局それが父さんの仕事に影響が出ている。
きっともっとうまくやれたんだと思う。
あの時最初に手を出さずに別の方法であいつらに罰をあたえた方法はあったかもしれない
それはタラればの話であって起こしてしまったことをいまさらどうにもできない。
でも今の俺に何ができる?母さんは自分たちが解決するといったが、実際にそれは可能なのだろうか。
何かしらの代償が必要になって、へたしたら父さんが会社を辞めなければいけないということもあり得る。
わからない。
自分の感情のまま動いてもきっとまた間違える
結局は自分で起こしてしまったことをただ後悔することしかできない。
そんなことを考えると自分の目の前にある真っ暗な川みたいに自分の中が黒くなっているような気がした。
「みっちゃん」
その時俺の背中から自分の名前を呼ぶ声がした
俺は静かに後ろを振り返って顔をあげると、そこには愛が微笑んで立っていた
「愛...どうして?」
俺はなんとか声を振り絞った
「真奈さんと俊哉さんからみっちゃんことをお願いされたからだよ。それに私がお風呂からあがってきたときにちょうどみっちゃんが玄関から外にでていたのが見えたから」
「そっか...」
愛は俺の隣の腰を下ろす
お風呂上がりのシャンプーの匂いが風に乗って俺の方に回ってくる
同じシャンプーを使っているはずなのに、どうして愛の髪の毛からはこんないい香りになるんだろうとということを考えているとさっきまで暗い気持ちが少し楽になった
「2人に話は聞いたよ。私たちのやったことで俊哉さんに迷惑かけちゃったね」
愛は申し訳なさそうに言う
「何も考えなかった俺の責任だよ」
「でも俊哉さんは全然怒っていなくてね。むしろみっちゃんに謝ってほしいって言っていたよ」
父さんらしい。
俺が責任を感じているというのをわかっているのだろう。
「父さんも母さんも俺のことを攻めることはしない。俺たちが間違っていたとも思えない。ただもっとうまくやれたんじゃないかと思う。俺がもっとうまくやれなかったせいで今よりももっと真紀を傷つけてしまうかもしれないと考えたら自分の行動を後悔してしまう」
「私はみっちゃんのやったことが間違いだと思えない。出会ってからずっと近くでみてきたけど、みっちゃんはいつもちゃんと考えて行動している。それは私にはできないことだよ」
「それは愛が俺のことを過大評価しているだけだよ。俺は間違わないように安全な道を選んでいるだけ」
人とと関わるからあんなことが起きると思って人との距離感を遠ざけた
ずっと隅っこにいれば深く人と関わらずに済んだから。
「むしろ私の方が間違いばかりだよ。みっちゃんはもっとうまくやれたと後悔しているかもしれないけど、私はもっともっと真紀ちゃんの力になりたいけど今のところ何もできてない。あの女にしたことは一切後悔していないけど」
確かに愛は躊躇なく頬を叩いていたからなと思い返していた。
「俺も愛と一緒だよ」
「前にね携帯を見ていたら有名なサッカー選手が言っていた言葉がすごく印象的だったんだ」
愛がこんなことを言い出すのは珍しい
「どんな言葉?」
「終わってしまったことに泣くのではなく、起きたことに笑おう」
その言葉は自分の中にズンッと響いた。
気づけば自分の目から涙が流れていることに気づく。
「あれっ...」
自分でも涙が出ているのに驚いた
「今回の件はみっちゃんも私も後悔はしてない。でも俊哉さんに迷惑をかけてしまったことは私たちの責任だと思う。それは認める。みっちゃんにとって自分の行動で誰かに迷惑をかけることに責任を感じていることも理解している。でも中学生の時のみっちゃんと今のみっちゃんは違う。まだ何も終わっていないよ」
「愛...」
「前にみっちゃんが夏祭りの時にいってくれた言葉を覚えている?」
あれは愛のお祖母ちゃんが倒れて夏祭りの誘って花火をみるときにいったことをいっているのかもしれない。
思い出したらちょっと恥ずかしくなる
「みっちゃんは私に「居続ける」って言ってくれたね。あの時私はその言葉がただ嬉しくてちゃんと返事していなかったと思うの。だから今返事をするね」
愛は俺の前にしゃがみ目が合う。
ずっと一緒にいるけど、目の前に愛がいると、改めて愛の可愛さを思い知る
才色兼備で完璧な女の子。このイメージが本当にぴったりな女の子だとも思う
「みっちゃんが私に居続けるといってくれた言葉が本当に嬉しかった。私にとってお祖母ちゃんはそれだけ大きな存在でそのお祖母ちゃんがいなくなると思ったら私の頭の中は孤独しかなかった。でもみっちゃんが私に言ってくれた言葉のおかげで私はまた前をみて歩けるようになった。次は私の番だよ。私もみっちゃんと居続けるよ。中学の時に一度折れてしまったかもしれないけど、今度は私が支える。みっちゃんが下を向きそうになったら私が顔をあげてあげる。だから大丈夫。終わってしまったことはどうにもできないけど、起きたことを笑えるようにまだ頑張れることがあると思うから」
その愛のまっすぐな言葉に涙が止まらなくなっていた
「私はみっちゃんの傍からいなくならない。みっちゃんは真面目だから将来のことみたいな曖昧なことを口にしないけど、私の中の未来では隣にはみっちゃんがいるんだよ。これから先みっちゃんが間違ったとしても一緒に考えよう。でも私が間違いそうになったらちゃんと止めてね。1人だったらできないことも2人だったらどうにかなるかもしれない。それに私たちには松岡家のみんなもさくらや中村たちもいる。今のみっちゃんは絶対に1人じゃないんだよ。それはみっちゃんが作り上げてきた絆や友情なのかもしれない。付き合う前の私はこんなに1人じゃないのが心強いなんて知らなかったよ。みっちゃんと付き合ってから私も変われている」
愛が手を差し出す
「みっちゃんはちゃんと立ち上がれる」
愛の手を握り返すとぐっと立ち上がる
そしてまた愛の目と目が合う
すごく優しい笑顔でこっちをみていた
俺はボロボロの泣き顔だ。情けない
「情けない姿見せてごめん」
「みっちゃんのこんな姿みれるのなんて貴重だから逆にご褒美かも」
「なにそれ」
少し笑ってしまった
愛の言葉ので頭の中のモヤモヤみたいなのが涙と一緒に流れたのかなと思えるぐらいすっきりしていた
不安・葛藤・後悔。さっきまでネガティブ思考全開だったのが前を向けている
愛の力はすごい。
今ならちゃんと歩けるような気がする
急に立ち上がった反動で少しよろけてしまう
「うわっ」
愛がすぐに身体を支えてくれる
「ありがとう」
「言ったでしょ。支えるって」
「ありがとう」
まだ最適解が出たわけじゃないし、なんの問題も解決していない。
「終わったことに泣くのではなく、起きたことに笑おう」か...
今の自分にぴったりの言葉かもしれない。泣いている場合じゃない。これからなんだ。
また間違うかもしれないし立ち止まってしまうかもしれない。でも俺の手を握っているこの子がいる限り諦めちゃダメなんだ。