120話
「はぁ。はぁ。」
私は最期の歌を全力で歌い切った。
今まで以上に感情を込めて歌ったからか、少し酸欠気味になっている
ちゃんと届いたかな?
私は歌い終わって顔をあげてお客さんの方をみた。
最初に両親の顔が目に入った。
お母さんは泣いているように見えてお父さんも何かを堪えているような気がする
他のみんなも私の方をみて微笑んでくれている。
そして最後に一番奥にいる乙羽さんをみつけた
乙羽さんと目が合ったような気がしたけど、ここからじゃ遠くてよくわからない。
私は乙羽さんに伝えたいことがあるんだ
「ありがとうございました。これからも活動はしていくのでよろしくお願いします」
私が退場しようとすると会場からたくさんの拍手をしてもらった。
その拍手を聴きながら私はステージを後にした
「ライブすごくよかったよ」
ステージの裏にいくと楽器屋の店長の川上さんが私を出迎えてくれた
「今回は無理言ってすいませんでした」
「いやいや。これだけ盛り上げてくれたならいいさ。むしろこっちが感謝したいぐらいだよ」
「よかったです」
「これからもうちらのライブに出てくれないかい?」
「いいんですか?」
「もちろん。桐生さんの歌は夢があると私は思う。だから傍でその歩んでいる姿をみれるのは人生の楽しみだよ」
川上さんの言葉は素直にすごく嬉しかった
「夢」か..まだ自分の歌に完璧な自信があるわけではないけど、今日のライブは私にとって一歩踏み出せたような気がしていた。
~乙羽SIDE~
私なりに天音ちゃんの背中を押してきたつもりだけど、実際にご両親が天音ちゃんの歌を聴いてどう思うのかは私にはわからない。
なぜなら私は天音ちゃんの歌を聴いたことがないから。
天音ちゃんの歌を聴いているお客さんの表情をみれば、すごく素敵な歌を歌っているということはわかる。でもそれは私のイメージであって生の歌はわからない。
【人を幸せにできる歌があるなら目指せばいい】
あれはきっと私の八つ当たりだったかもしれないと思う。
だって天音ちゃんには人を泣かせる歌があるんだから諦めるなんてもったいない
【私は目指すこともできない】
どれだけ夢をみても無理なことはある。確かに努力で解決できることもあるかもしれない。
でも私にとっての「歌」は努力をしたからどうこうなる問題ではない。
きっと私があれこれ考えたところでこの問題の落としどころはこのライブでわかるかもしれない
ステージに天音ちゃんがでてくる
ライブ中に天音ちゃんが何を歌っているのか、何を話しているのかわからない。
だた1曲目2曲目と歌っていくうちにお客さんの表情は変わっていく。
そう。初めて私が天音ちゃんを路上ライブでみたときのように。
2曲目が終わるころには既に泣いているお客さんもいた。
やっぱり。天音ちゃんの歌はすごく素敵なんだよ。
人が歌を聴いて泣くってプロのアーティストでも簡単な事ではないんだと思う。
それを17歳の高校生が実現しているんだから、天音ちゃんに可能性がないわけがないんだよ。
3曲目に入る前に天音ちゃんが何かを話している
私はできるだけ携帯のアプリで天音ちゃんの声を翻訳しながらMCを聞いていた
「歌う前に少し喋らせてください。私は自分の将来で悩んでいました。親が敷いてくれたレールを進んでいくのか、それともレールから外れた音楽を続けていくのか。正直両親からは音楽の道に進むことは反対されました。でもそれは当たり前で私みたいな子供が音楽をやっていきたいといって不安に感じないわけがない。だから私は自分がこの道でやっていけるということを認めてもらうための第一歩としてこの場に立たせてもらっています。私がもし1人だったら今この場には立っていないと思っています。私の背中を押してくれた友達がいました。私の手を握ってくれた友達がいました。私の話を聞いてくれる友達がいました。みんながいたから私はやりたいことを諦めずにここに立てています。今日来ている皆さんの中にも将来に不安を持っている方、自分が進んでいる道に不安を持っている方といろいろな悩みや葛藤を抱えている人がいると思います。その全ての人にこの歌を届ければと思います。私もこの曲に勇気と希望をもらいました。それでは聞いてください」
全部を綺麗に翻訳できたわけではない。
でもその携帯の画面に打ち出される文字をみて私が涙がこぼれた
私は偉そうに天音ちゃんの背中をおしてきたけど、肝心の自分の将来には決まっていない。
自分がどのように生きていくのか。
自分がどんな仕事に就くのか
自分が何者になるのか
わからない。
そんな私の「言葉」が天音ちゃんの背中を少しでも押せたのなら嬉しいな。
このまま天音ちゃんのことを応援できる存在でいれたらいいのにな。
天音ちゃんは私がこんなことを考えていると知ったら困るかな。
3曲目が終わるとお客さんの中には先ほどよりも泣いている人が増えていた。
そして天音ちゃんのご両親の表情が目に入った。
天音ちゃんのお母さんは泣いていてお父さんは涙をこらえているように見えた。
そっか。天音ちゃんの歌はちゃんとご両親に届いたんだな。
私が天音ちゃんの方をみると天音ちゃんがこっちをみているような気がした。
私は天音ちゃんに向かって笑いかける。すると天音ちゃんも私に笑いかけたような気がした。