119話
ライブ当日がやってきた。
今回はたまたまタイミングがよかったのもあるがアコースティックがコンセプトのライブでお客さんもロック系の人というよりはカジュアルな学生さんが多いイメージだった。
俺と愛もこうゆうライブハウスでのライブを観るのは初めてなのでなんか自分たちが浮いているような気がした。
そう思って近くをみると俺たち以上にそわそわしている陰キャをみつけた
「敬都浮いてるぞ」
「やっと会えた。って僕だってわかっているよ。自分が場違いなことなんて」
「嘘だよ。ただそわそわしているから逆に目立っていぞ」
「まぢ?」
「まぢ」
「ふぅー。よし落ち着こう」
敬都と話しているとみんなも会場に到着した
冬くんは美人なお姉さん二人も一緒に。
周りからしたら冬くんも含めて美人三姉妹にしか見えていないだろう
乙羽さんも少し離れたところから会場をみているのを確認できた
メッセージを送ったが【私は遠くから見ているのが好きだから気にしないで】と言われたので【了解】とかだけ返事をした。
とりあえずみんな合流したところでライブが始まるのを待っていると
「みっちゃんあの人たち」
愛の視線の先には桐生さんのご両親らしき人たちが立っていた
というよりは多分ご両親だと思う。桐生さんのお母さんとはあの時の一瞬しか顔を合わせていないしお父さんとは面識はないから確実性はないが
「多分桐生さんのご両親だよね」
「話しかけに行く?」
「誰?ってならない?」
「大丈夫。私もいくから」
「わかった。いこう」
俺と愛は恐る恐る桐生さんのご両親に近づいていった
「こんにちは」
桐生さんのご両親は誰?という顔をしている
それはそうだ。学校での印象とは違うし、まさかライブ会場に声をかけられるとは思っていないだろう
「どちら様でしょうか?」
桐生さんのお父さんが返事をする
「桐生さんのご両親ですよね?」
「そうですが...」
「僕たちは桐生さんの友達の松岡瑞樹です。そして隣にいるのが僕の恋人の嶋野愛です」
「あなたたちあの時の!!」
桐生さんのお母さんは俺たちのことに気づいらしい
「そうか君たちが天音の友人の」
「はい。僕たちだけじゃなくてあっちにも桐生さんの友達はいますよ。僕たちもみんなで桐生さんの歌を聴きに来ました」
「そうか。私たちは正直今でも信じることができていないんだ。あの天音がライブで歌うなんて」
「確かに桐生さんのイメージとのギャップはありますね」
「君たちからみて天音はどうなんだ?」
「見れいればわかると思います」
俺が答えようとすると愛が横から返事をする。
桐生さんのお父さんも愛が突然話し出したから少し驚いていた
「あなたは天音ちゃんを高く評価しているのね」
「逆に私は桐生さんの歌を聴いたら低く評価することはないと思っています」
愛の言葉には力があり、その言葉を聞いてご両親は少し黙り込んでしまう
「なおさら聞いてみないとね」
「お願いします」
そういって桐生さんのご両親とわかれた
「ありがとう」
「何が?」
「愛が援護してくれたから助かったよ」
「私は言いたいことを言っただけ」
そういった愛の横顔はとてもかっこよくみえた
そしてライブが始まった
アマチュアのライブということもあり素人目でみても上手下手がわかるのが新鮮で聴いていて楽しかった。
趣味で楽しく演奏している人から、自分はプロ目指しています!と迫力を感じる人まで様々で。
中には最近始めたばかりで練習してきた1曲を全力で演奏している人もいた。
テレビに出ている人たちとは違ってこれがアマチュアのリアルというのを感じ取れた
ただ、多分俺たちの中では桐生さんの歌を知っているからこそ物足りなさを感じていた
「ありがとうございました。これからも応援していただけるように頑張るので名前だけでも覚えて帰ってください」
大学生ぐらいの女性の演奏が終わり会場のライトが一度消える
次にライトがついたときにはライトの向きと明るさが変わりステージが薄暗くなった
1人の女性が袖からでてきて椅子に座る
あれは桐生さんだ。
今回は覆面ではなく、帽子を深めにかぶり眼鏡をしている路上ライブのときのスタイルだ
「みなさんはじめまして。今回ソロで出戦させてもらった音です。短い時間ですがぜひ楽しんでいってください。最初の曲は定番で王道のモンゴル800さんのあなたにです。よかったら一緒に歌ってください」
一曲目が始まったが、最初は薄暗くなったステージに出てきた女性に会場がざわざわしていたが、桐生さんが歌い始めるとざわざわはなくなって全員が聞き入ってしまった
普段この曲はバンドでアップテンポな曲調なイメージだけどアコースティックバージョンもすごくいい。
というより相変わらず桐生さんの歌はいい
「ありがとうございました。私は今日急遽参加させてもらうことになりました。今日は私の歌を伝えたい人たちがここにきてくれています。その人たちにも届けたいし、欲を言えばここにいる全員に私の歌を届けることができればと思いながら精一杯歌っていきますのでよろしくお願いします。次の曲は私が大好きなアニメバンドの「トゲナシトゲアリ」さんの「蝶に結いた赤い糸」という曲を聴いてください」
2曲目は俺も知らない曲だった。
ガールズバンドクライというアニメが話題になっていたのは知っていたがそこまで追えていなかったことを後悔した。
敬都の方を見ると目をキラキラして涙を流しながら聞いていた
それを見て鏡さんが笑っていたが、鏡さんも少しうるっときていような気がした
あっという間に2曲目が終わった。
この時お客さんの中には既に涙を流している人もいれば、この人誰?と最初のざわつきとは違ったざわつきが起こっていた
みんな今歌っている人が実はSNSでバズったfreedomのボーカルなんて思っていないだろうな。あれは覆面で出ていたし。声で気づく人はいるかもしれないが、今のところそういった声はあがっていない
「ありがとうございました。初めて一人でライブに参加したんですが、すごくいいです!!」
桐生さんの言葉に会場の温度が上がる
「このまま歌いところなんですが、次で最後になります」
えーーーーーーーっ
会場から声が上がる
これよくみるやつだ。
他のアーティストの時にはならなかったのを見る限り、桐生さんが2曲で今来ているお客さんの心を掴んだのがわかる
「歌う前に少し喋らせてください。私は自分の将来で悩んでいました。親が敷いてくれたレールを進んでいくのか、それともレールから外れた音楽を続けていくのか。正直両親からは音楽の道に進むことは反対されました。でもそれは当たり前で私みたいな子供が音楽をやっていきたいといって不安に感じないわけがない。だから私は自分がこの道でやっていけるということを認めてもらうための第一歩としてこの場に立たせてもらっています。私がもし1人だったら今この場には立っていないと思っています。私の背中を押してくれた友達がいました。私の手を握ってくれた友達がいました。私の話を聞いてくれる友達がいました。みんながいたから私はやりたいことを諦めずにここに立てています。今日来ている皆さんの中にも将来に不安を持っている方、自分が進んでいる道に不安を持っている方といろいろな悩みや葛藤を抱えている人がいると思います。その全ての人にこの歌を届ければと思います。私もこの曲に勇気と希望をもらいました。それでは聞いてください」
「+1」
桐生さんが歌い始めた曲はざらめさんというアーティストが歌っている曲だった。
諦めそうになった
でも諦められなかった
でも諦めそうになった
だけど諦めなかった
たった1回諦める
ことができなかったから
だから夢が叶った
これは桐生さんからのメッセージなんだろう
ご両親の方をみるとお母さんは涙を流していた。
お父さんは涙をこらえているようみえた
2人にこの歌がどう届いているのかわからない。
でも俺が今みているこの会場の雰囲気もお客さんの表情も桐生さんが音楽を諦めるには値しないと思ってしまう。