118話
松岡くんと嶋野さんと別れて帰路についていると、いろいろなことを考える
また全否定されたらどうしよう
自分の言葉ではなにも説得できないんではないか
そもそも私が進んでいる道は間違っていないのか
二人に大丈夫と励まされて背中を押されたが実際は不安の方が圧倒的に上回っている。要するに二人の前では強がりをみせていただけだった。
考えだしたらキリがないがそれでも頭の中をぐるぐる不安な考えが回っている。
出口のない不安を抱えながら歩いていると携帯の通知音がなる
斎藤乙羽
【天音ちゃん元気?】
この人はいつもタイミングがいい。
私が不安になっているときにいつも顔をあげさせてくれる
【さっき二人と別れて帰宅しているところだよ】
【そっかぁ。なら今からご両親に話すの?】
【そうゆう感じかな】
【大丈夫?】
本音を言うと大丈夫じゃないし逃げ出したい
でもみんなの支えがそれを全力で拒んでくれている
【大丈夫っていうと嘘になるけど頑張りたいとは思っている】
【大丈夫だよ天音ちゃんなら】
【そうかな...】
【応援している。話し終わったら一緒にパフェ食べに行こう】
【ありがとう。また連絡する】
応援している。
なぜだか乙羽さんのその言葉にまた勇気をもらった
松岡くんも嶋野さんも他のみんなもすごく暖かくて励まされる。
今まで仲のいいと胸をはっていえる友達はいなかった。
乙羽さんのメッセージをみながら友達ってすごくいいものだと再確認した
こんなにみんなに応援されて自分が下を向いているなんて論外だ。
いつの間にか下を向いていた顔は前を見据えていた
「ただいま」
家につきリビングに入ると両親が二人とも座っていた
「おかえり」
「天音ちゃんおかえりなさい」
「2人に話があるんだ」
「私ももう一度天音と話したいと思っていた。さっきは感情的になってすまなかった」
お父さんは最初に謝ってきた。
自分の予想では感情的に怒られるものと思っていたから少し拍子抜けだった
隣にいるお母さんは今も不安な表情をしている
「天音は音楽をやりたいのか?」
「私は音楽をやりたい。二人には黙っていたけど路上でライブしたり、文化祭ではバンドを組んでライブをしたりもしました」
二人はその言葉に驚いている表情だった
「なんで黙っていたんだ」
「それは反対されると思っていたから」
さすがにお父さんもそれば図星だったのか何も言えなくなっていた
「音楽を辞めるつもりはないのか?先日も言ったが音楽で生活をしていくのは簡単ではないんだ」
「天音ちゃん勉強して大学行きましょう?」
「私は、今まで二人が敷いてくれたレールの上を歩いてきました。それが不満だったわけでもないし幸せじゃなかったわけでもないです。ただ、音楽は自分が初めて好きだと思えたもので、できなかったことができるようになる過程も歌えなかった歌が歌えるようになる過程も楽しかった。それから二人が家にいないときに路上に出て歌ったりしたら、私なんかの歌を聴いてくれる人がいて中には泣いてくれる人もいました。学校で仲のいい友達がベースとドラムを叩けることがわかってみんなでバンドを組んで文化祭にでたらすごく話題になって、自分でも驚いているんだけど今の自分がすごく好きだと思っている」
二人は私の言葉を聞いてしばらく黙り込んだ。
思っていた以上に私が音楽をやっていた事実と、それに今まで気づいていなかったことにいろいろな感情が渦巻いているのかもしれない
「天音の気持ちはわかった。それでも親としては音楽の道に進むのは反対だ。天音に嫌われたとしてもここは親としては譲れない」
やはりお父さんからしたら音楽の道に進むのは正しくないんだろう
ただ、この反応がくるのは予想内だった
「これをみてほしい」
鏡朱里
【中村は桐生さんの歌を知らないでしょ。実際に目の前できいたらすごさがちゃんと伝わると思う】
鏡さんが言ってくれた言葉に自惚れているわけではないが、二人を説得するのに私の歌をきいてもらうのが一番説得力が増すんではないかと考えた
しかしここで歌うのは違うと思う。
だから私が考えたのは文化祭の時のfreedomのライブだった
「これは?」
「さっき言った私が友達とバンドを組んで文化祭のライブに出た時の映像。私たちはfreedomっていうバンドで活動しているけど顔は出していないんだ」
「このバンドのボーカルのボーカルが天音なのか?」
「はい」
「私たちの人生は私たちだけのものです。いろいろなことで悩んで傷ついて挫けそうになっても人生は続いていきます。私たちはいつだって選べます。今の時間を楽しい時間にするのか、なんとなく過ぎていく時間にするのか。この文化祭が思い出に残るイベントになるのか、振り返ったときに何も思い出せないイベントのなるのか選ぶことができます。私たちの演奏と歌がみなさんの思い出になれば嬉しいです。最後の曲はミセカイさんの「アオイハル」という曲です。この学校と同じ名前の曲なので、ぜひ今日のみなさんの人生の思い出に刻んでください」
この動画の欠点があるとしたら私のMCがバッチリ入ってしまっていること
あの時はライブのノリと勢いみたいなので普段言わないようなことをいってしまったけど
こうやって面と向かってきいてもらうと恥ずかしくて逃げ出したくなる
それにしても「いろいろなことで悩んで傷ついて挫けそうになっても人生は続いていきます」か。私はそれなりにいいことをいっているなと思ってしまった。人生は続いていくんだ。ここで反対されたとしても
お父さんは動画を見終わると少し考え込んだ
隣のお母さんはよくわかない表情をしていた
「これが天音なのか。お母さんも私も知らない一面を見たような気がする。それに天音の歌を聴いてくれた人たちの表情をみればそれがすごいことなんだとわかる」
「天音ちゃんかっこよかった」
お母さんは先ほど流した動画をもう一度みている
気に入ってくれたのかもしれない
「それでも私は不安なんだ。世の中を見れば自分のやりたいことに向かってがむしゃらに進んで成功している人がどのくらいいる?親としては子供のやりたいようにやらせるのがいいという親もいる。でも高校生でも親からしたら子供は子供のままなんだ。苦労するかもしれない道よりも苦労が少ないかもしれない道を進んでほしくなる。実際に自分のやりたいことを仕事にしている人は世の中の数パーセントしかいないだろう。天音が本気なのはわかる。でも本気だから、好きなことだからといって成功するわけではないのが現実だからこそ私は反対してしまう」
お父さんは今までで一番弱い声色で話してくれた
お父さんが私に対して意地悪をしているわけではないのがは最初からわかっている
全部私のためを思っての行動だ。
それなら私ができることは...
「大学卒業するまでの5年間で答えを出すのはダメかな?」
「5年間?」
「昨日友達に言われたんだ。どちらかじゃなくてどっちとも頑張ればいいって」
「天音、それは子供の綺麗ごとだよ。みんな全部頑張ればいいけど、それができないから諦めるんだよ」
「諦めるのは、目指すことができる人だからできるんだよ」
私は乙羽さんが言ってくれた言葉をそのままお父さんに伝える
「それは...」
「この5年間で私は二人を納得させる結果を出す。だから両方頑張らせてもらえないかな。その第一歩としてこれを受け取ってほしい」
「これは?」
「私が出演するライブのチケットです」
先ほど店長さんにもらったチケットを手渡しする。
これを受け取ってくれないと話にもならない
「天音がライブに出演するのか?」
「今回は私だけのソロでの出演で、顔は隠すけど」
二人とも黙り込む
やっぱりダメか...
そも思っていると
「私見たい」
「「えっ」」
お母さんがいつもの明るい表情でそういった
「お父さんが言っていることはだいたい理解しているけど、こんな天音ちゃんの素敵なところをみたいと思うのも親心だと思うの。確かに私たちとしては大学に行って公務員になってくれるのが理想で安心なのは間違いないと思う。でも天音ちゃんの頑張りを見らずに全否定するのは今まで私たちがやってきたことは違うんじゃないかなと思うの」
「それは...」
「もちろん賛成しているわけではないよ。でも今答えを出さなくてもいいのかなって」
「お母さんがそう言うなら」
今までの流れで厳しそうなお堅い感じの父親って感じにみれるが実際はとても優しくお母さんにはめっぽう弱いのうちのお父さんである
「天音ちゃんの歌っているところみたいでしょ」
「まぁそれはそうなんだが」
お父さんはさっきまで緊迫した空気から急に柔らかい空気になっていることにどうゆう対応をしていいのかあたふたしている。それを私は黙って観察していた
「それでいい天音ちゃん?」
「お願いします」
こうして二人がライブにきてくれるのが決まった
その後にお父さんが部屋をでてもう一度戻ってきて
「あっ!!」
私は思わず声が出てしまった
お父さんが手に持っていたのは捨てられたと思っていた私のギターだった
「とりあえず返すね」
「ありがとう」
私はそのギターを受け取ると満面の笑みでお礼をいった
久しぶりにこんな顔をみせたのか、お父さんは私の顔をみて本気で照れていた