111話
まさか桐生の母親があんなタイプだと思わなかった
松岡の母親はなんとなく予想していた雰囲気通りだった。
嶋野のことを本当の娘みたいに接しているところも今回の面談の代理を務めるところからわかっていた。
「私も長年教師をしていると様々な「親子」と接してきます。実際子供に全く興味がない親おいるし、逆に過剰すぎるほど子供に関わろうとする親もいます。正直どっちがいいのか私にはわかりません。過剰すぎるほど関わる保護者は過敏に反応するので一歩ずれればモンスターペアレンツになることもあります。だから嶋野のお母さんみたいなタイプは特段珍しいわけではないです。」
嶋野にこういったが、まさに桐生の母親は過剰すぎるほど桐生に関わろうとしていた
「天音ちゃんは私たちが選んだA大学で公務員になるのよね」
まさに「優秀」と呼ばれるレールなのかもしれない。
ただ、これは自分で目指すのか人に決められているのかでは話が全く違ってくる
桐生の場合は完全に後者だった。
俺は桐生がバンドをしていることも文化祭の件で知っているし親には内緒で活動していることも聞いている。それに桐生が松岡たちと仲良くなってからよく人と話すようになったことも知っている。
そんな桐生をみていたからこそ
「はい」
あの時の顔と声は最近の桐生からかけ離れていると思ってしまった。
教師がどこまで口を出すのが正解なのかはわからない。
でも考えるきっかけぐらいはつくってあげていいと思ってしまった。
俺の言葉を聞いた桐生の母親はまさに「困惑」の表情だった。
それはそうだ。自分たちが決めたレールを進むと思っていた娘が実は違うことを考えているかもしれないと外部の人間に言われたのだから。
だが、教師として俺にできるのはここまでだ。
あとは桐生がどうしたいのか、どうするべきなのかを考えなくてはならない
本人が決めた道であれば教師は全力で応援するだけだ
「では次の方どうぞ」
あと2組。頑張ろう。
今日の夜は一人焼き肉でもいこうかな。
35歳未婚の男は今日も疲れて寂しい夜を過ごすのであった
私たちが帰宅すると既にお父さんは家に帰ってきていた
「おかえり」
「ただいま」
「天音の面談どうだった?」
お父さんは面談の内容が気になっていたのか帰宅早々質問してきた
私は何も言わなかった
「なんなのあの先生!!」
「どうしたんだい?」
お母さんがイライラしているのはわかっていたが、それがお父さんの前で爆発したのだろう
普段怒らない人が怒っているのを見てお父さんも驚いていた
そしてお母さんは面談の内容を説明した。
最初から途中まではスムーズに進んでいたが最後に先生に引き留められて変なことを言われたと
「変な事?」
「そう。私たちが考えていたA大学に進学して公務員になるというのは天音ちゃんの考えた進路じゃないって先生が言い出したの?そんなわけないのにね」
お母さんは自分たちが考えた進路に全くの間違いがないかのように言う。
実際にこの「これが正解」みたいな雰囲気に私は何も言い返せずにここまで生きてきた
「なるほど。それで天音はどうなんだい?お父さんもお母さんと同じでA大学に進学して公務員になる未来で天音は幸せになれると思っているぞ」
「それは...」
ここで私が違うと言えればここまで引きずることもなかっただろう
「お父さんもこう言っているし、やっぱり私たちが考えていた進路で天音ちゃんはいいんじゃないかなと私は思うよ」
「うんうん」
この二人をみていると端からみていると子供想いのいい親なのかもしれない。
私のことをたくさん愛してくれて、私のことをちゃんと考えてくれている。
「親ガチャ」という言葉が世の中にあるのは知っている。
「子供は親を選べない」だからいい親を引き当てた子供は生まれた段階で運がいいとうやつだ。
私は親ガチャでいうと間違いなく「あたり」を引いているのだろう
しかしそれは私が両親と考えが全く同じだった場合によるんではないだろうか
正直親に言われるがまま生きてきた人生に後悔があるかと言われたら後悔はない。
ただ、親が今はなしている将来に向かって歩いていきたいのか?と聞かれたら違うんだろう。
だから私はこの質問にすぐに返事ができずにいるのだ
「天音ちゃん?」
「まさか違うのか?」
【天音ちゃんはそれでいいの?】
まただ。
乙羽さんの言葉が何度も何度も頭の中をよぎってくる。
【仕方ない】
そのたびに私は仕方ないと割り切って乙羽さんの言葉を消そうとしているがそれでも何度もその言葉が頭の中に蘇ってくる
あぁもうどうにでもなれ!!
気づけば普段の私なら絶対にならないテンションになっていた
まったく乙羽さんのせいだからね
「私はお母さんとお父さんの言っている道には進みたくありません」
「はっ?」
「天音ちゃん何を言っているの?だってこの前もこの道でいいって言ったじゃない?」
お母さんは私が予想外のことをいったからかかなり動揺している。お父さんの同じだ。
「確かにこの前は言ったけど、あれは全部お母さんたちがそういった方が喜ぶかなと思ったから」
「じゃぁなんで?」
「私の将来だから」
今度ははっきりと自分の気持ちを口にすることができた
口にして初めて気づく。
お母さんとお父さんが考えてくれている将来は確かに安定していて幸せなのかもしれない。
でもそれは私がいきたい人生ではない
私の人生は私が決めたい!!
乙羽さんに今すぐ言いたい。
【それでよくなかった】と。
「じゃぁ天音は何がしたいんだ?」
お父さんはちょっとイライラしているように見えた
「それは...」
「まさかやりたいことがあるわけでもないのに私たちの意見に反対したのか?」
お父さんの圧は強くなる。
でもここで負けてはダメだ
「私は音楽がやりたいです。ギターを弾きながら歌ってたくさんの人を幸せにしたい」
私の言葉に2人は言葉を失っている
「天音、それは本気で言っているのか?」
「天音ちゃん嘘よね。ふざけているんでしょ?今ならまだ聞かなかったことにしてあげるから」
「私は本気だよ」
そして私は2人に微笑みかけた
「そうだ。天音のあのお友達のせいでしょ」
「友達?」
「そう。今日の面談の時に男の子と女の子と少し話したんだけど、なんか二人共学校でイチャイチャしていてみっともないと思ったの」
「はっ?」
私はお母さんが言っている意味がわからなかった。
確かに松岡くんと嶋野さんは仲がいいが、あの場所でイチャイチャしている様子はまったくなかった
「なるほどな。その友達に悪影響を受けてしまったんだね」
「違う」
「じゃぁ明日からは別のお友達と仲良くするといいわ。そしたら天音ちゃんは悪い影響を受けずに済むから」
「それがいいな。私の友人の娘さんも同じ高校に通っていたから連絡しておこう」
「ふざけるな」
私は生まれて初めて両親に向かって怒鳴り声をあげた
「なんだと?」
「天音ちゃん?」
お父さんは今にも怒鳴りだしそうな勢いだった
お母さんは既に泣き出している
「松岡くんも嶋野さんも私の選択には関係ない。これは私自身が決めた道だから。私は音楽が好き。ギターを弾きながら歌うのが好き。それは誰かに影響を受けたからじゃない。私にとって音楽は「希望」だから」
そうだ、音楽は「逃げ道」じゃない音楽は私の「希望」なんだ