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104話

「普通」という定義とはなんだろう。

世の中の「普通」は耳が聴こえる。目が見える。手足が動く。

おそらくこれが世の中の「普通」なのだろう。

しかし私にとっての「普通」はきっと世の中の「普通」とは違う

私は生まれた時から耳が聴こえない。両親は私に乙羽おとはという名前を付けてくれた。両親には聞いたことがないが、もしかすると両親は私に音楽が大好きな子に育ってほしいと思ってつけてくれたのかもしれない。

もしそうだとすると両親の想いはむなしく、私は音が聞こえない子供として生まれてきた。


昔は補聴器をつけていると変に目立ち同年代の子供から変な目でみられることもあった。

それが最近では若い子でもワイヤレスイヤホンを使うようになり、補聴器をつけていてもイヤホンをつけていると同じようにみられるから変な目でみられることはなかった。

音が聞こえない私にとって周りの音がどのように聞こえているか気にならないかといえば嘘になる。気にはなるが、聞こえないものを嘆いても仕方がない。



ある日、私は両親がみていたMrs.GREEN APPLEのライブをみたときに衝撃を受けた。

音楽番組は特にみることは少なかったかが、Mrs.のライブをみているとボーカルの人の歌で聴いているお客さんは笑顔に担っていたり、大号泣していたりしていた。

その映像は私にとってはある意味衝撃的な映像だった。

この時に初めてこのお客さんにはどのような音が聞こえているのだろうと疑問に思ったし、このボーカルの方はどのような声で歌っているのかなと思った。


これがきっかけになり私は歌も音も聞こえないが音楽を聴いている人の表情を観るのが好きになっていた。

音楽を聴いている人の表情は様々だ。楽しそうにしている人、泣きながら聴いている人、身体全部で楽しさを表現している人、頭を前後左右に振っている人。本当にいろいろの方がいて音楽のジャンルによってお客さんの表情が違うのも面白いなと思った。気づけばyoutubeでライブ動画を見る機会が増えていた。

次に私は音は聞こえないが、「歌詞」に興味を持つようになった。

前にHYのボーカルの仲宗根泉さんは「Song for...」は自分の体験談から書いた歌詞という記事を読んだことがある。

数えきれない数の歌があって、その歌には絶対に音と歌詞がついている。

私は音は聴こえないが、歌詞で音楽を楽しんでいるのだ。

たまに自分で歌詞を書いてみたりすることもある。でもこの書いた歌詞が歌になることはないが。



そんなある日、私は帰宅していると道に人だかりができているのをみつけた。

何かやっているのかなと覗いてみると、女性がギター1本で歌っているようだった。

もちろん私にはこの女性が何を歌っているのかはわからない。

ただ、この女性の歌を聴いている人たちの顔がすごく幸せそうに見えた。

路上ライブは今までもみたことがあるが、興味本位で立ち止まったり、少し馬鹿にしているような表情をしている人もいた。でもこの女性の歌を聴いている人たちの表情は全然違った。

馬鹿にしているような人はいないし、純粋にこの女性の歌に聞き惚れているような印象だった。

ふとこの人の歌を聴いている人たちの表情をみているとMrs.のライブの時のお客さんの表情を思い出した。

そうか、本当に素敵な歌な歌は聴いている人がこんな素敵な表情になるんだと改めて知った。


「歌を聴いてくださりありがとうございます。まだまだ実力不足な部分はありますが一生懸命歌います。次で最後にしようと思うんですが何かリクエストがある人はいますか?」


その女性が何かを言っているのはわかったが、言葉の全部を読むことはできなかった。

私たちろう者は「口話」といって相手の口を読むことを練習したりする。

早口だったり、マスクをしていたりすると読めないことはあるが、人の会話を断片的に読むことはできる。

おそらくあの女性は「リクエスト」といったと思う。

他のお客さんも携帯で曲名を調べている人や、隣のお友達と話している人もいる。

私は歌詞をみていてすごく素敵だなと思った曲を思い出して、この曲をこの女性が歌うとお客さんはどのような表情をしてくれるんだろうと思い、咄嗟にバッグからスケッチブックを取り出してペンで歌手の名前と曲名を書いた


【川崎鷹也の君の為のキミノウタ】


大きな文字で書いた後に、女性の方に一か八かでアピールしてみる。

するとたまたま私の目と女性の目があったような気がして女性は私に少し微笑んだような気がした。

そして女性はおそらく歌詞と音を携帯で確認した後に歌い出した。

結果は私が思っていた以上のものだった。

女性が歌を歌い終わると聴いていた女子高生は泣いていたり、サラリーマンのおじさんも少し呆然としていた。

その表情をみて私は確信をした。この人の歌はきっとすごいと。


ライブが終わって立ち止まっていると

女性が私に話しかけてくれた。

私もそれを内心待っていたが、どうしても話せない私からコミュニケーションをとるのは難しい。

特に初対面だとどのようにふるまっていいのかいまだにわからないことがある。


「今日はありがとうございました」


私は笑顔で頷いた


「今日のライブどうでしたか?」


次の言葉私を読み取ることができなかった。

すると女性は不安そうな顔をしたので咄嗟に携帯を取り出し文字を打ち、女性に見せた


【すいません。私は耳が聞こえなくて。先ほどは口が読めませんでした】


「こちらこそすいません。つい早口になってしまって」


女性は次に先ほどよりもはっきりと口を動かしてくれて読み取れた

私はまた携帯に文字を打つ。

この文字を打つ間が嫌な人もいるかもしれないと思い、文字を打ち顔をあげると女性は笑顔で待っていてくれた。

それから携帯と口話で話を続けた。


【帰宅途中にあなたがライブをたくさんの人が聞いているのを見かけて立ち止まってました】


「ありがとうございます。私の歌はどうでしたか?」


【ごめんなさい。私は音が聞こえないので、あなたの歌は聞こえてはいないんですが、あなたの歌を聞いている人たちの顔を見れば素敵な歌だったのがわかります】


「初めてそんな風に言ってもらえました。すごく嬉しいです」


【本当のことを言っただけです。あなたのお名前は?】


普段は初対面の人の名前を聞くことはないが、私はこの女性の名前を知りたいと思っていた

そして女性も携帯を取り出して文字を打ち出した


【私の名前は桐生天音です。他の人には本名は言っていないので内緒でお願いします】


【天音さん。素敵なお名前です。私の名前は斎藤乙羽といいます。天音さんの名前は秘密にしておきます」


私は鼻に手を当てて「内緒」というジェスチャーをすると桐生さんは微笑んでくれた

その笑顔は本当に素敵だった。

次の桐生さんの文章は私も驚いた


【斎藤さん連絡先を交換しませんか?】


まさか桐生さんの方から連絡先を聴いてくれるとは思っていなかったから

私は即答した。


【もちろん】


私に歌が上手でめちゃくちゃ可愛いお友達ができたのだった。

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