名前呼び
夜ーー
鈴香は小さく息を吐いた。
「あのね、友達が今度会おうかって」
「いつ?」
「今スケジュール確認してる」
「わかった」
デートなんて言ったら面倒くさいことになる。
友達と会うことにすれば、それは回避できるはずだ。
(デート、か……。たぶん最初で最後のデートになっちゃうんだろうなぁ)
鈴香は視線を落とした。
数日後ーー
鈴香は家の近くの駅に到着した。
そこで直紀と待ち合わせているのだ。
(服変じゃないよね。怪しまれない程度にオシャレしてきたつもりだけど……)
モカブラウンのメローTシャツにピンクの花柄ロングスカート、白いクルーソックスで、靴とカバンはキャメルカラー。
右手中指には誕生石のサファイアの指輪をしてきた。
バラのデザインで気に入っている指輪だ。
(どこだろう)
キョロキョロしていると、車にもたれてこちらに手を振る男が視界に入った。
おそるおそる近づく。
「白崎さん」
「黒田さん、こんにちは。待たせてごめんなさい」
「いや、今来たとこ」
直紀はほんのり顔を赤くした。
(私服かわいすぎねぇか……?ヤバ……)
「行こっか。乗って」
直紀は助手席のドアを開けた。
「ありがとうございます」
鈴香は助手席に乗り込む。
直紀は運転席に座った。
「運転するんですね」
「うん。職場でも車使うしね」
「へぇ〜」
会話が途切れた。
(職業聞いてこない……?まぁ、いいんだけど)
直紀は深呼吸した。
「ショッピングモールに行こうと思うんだけど」
「ショッピングモールは良く家族と行くんです。ついつい雑貨屋とか見ちゃって」
「良かった。どこ行ったらいいのかなぁって考えたけど、ショッピングモールがいいのかなって」
直紀はほっと息を吐いた。
「lucknumber聴くんですね」
「あぁ、そう最近聴いてて。女子ウケいいのもわかるなぁって」
「すごい女の子に人気ですよね。恋愛ドラマのタイアップけっこうしてるからかな……?」
「リアルな恋愛をテーマにした曲が多いからとか」
鈴香は首を縦に振った。
(このアルバム買っといて良かった〜。話弾んでる!)
「わたし実は普段、GRANROMEOばっかり聴いてて。好きなアニメのタイアップしか聴いてないけど」
「えっ、GRANROMEO!? 俺も! あとで流そっか」
「あるんですか!? 嬉しい!」
(すげぇ偶然。そういうのもかけていいんだ)
直紀はほおを緩ませた。
「あのさ」
「はい」
「あ〜……いや何でもない」
鈴香は首を傾げた。
(何次の約束しようとしてんだよ。今回成功しないと次はねぇだろ)
直紀は表情をくもらせた。
「これからはさ……下の名前で呼んでくんない?」
「え?」
「あんたに名前で呼ばれたいんだ」
信号が赤になり車を止めると、直紀は鈴香を見た。
「……な、直紀、くん……」
鈴香の顔が赤くなっていく。
直紀は目を細める。
「かわいいなぁ、鈴香は」
「えっ」
信号が青になり、車を走らせた。
「あっ、ごめん。名前呼び嫌だった?」
「あっ、いえ! その、すごいナチュラルに呼ばれたから……」
「いっかなぁと思って、嫌だったら言って」
「だ、大丈夫です」
鈴香はうつむいた。
(うわぁ、デートって感じしてきた……!)
直紀はチラッと鈴香を見て、かすかに顔を赤くした。