気になる存在
数日後ーー
鈴香はカルテを見た。
(あっ、黒田さんだ)
「アシストお願いしまーす」
ひとりの衛生士がアシストについた。
「案内しよっか」
「はい」
鈴香はカルテを持って、待合室のドアを開けた。
「黒田直紀さーん! どうぞー」
直紀は鈴香に歩み寄る。
「こんにちは」
「こんちは」
鈴香は席に案内した。
エプロンを付け、所定の位置にコップを置く。
カルテを見て、目を見開いた。
(同い年なんだ! 少し年上かと思ってた!)
「アシスト付いて」
「あっ、はい」
ふと彼から香水の匂いがかすかにした。
ドキッ
(わ……! イケメンの匂いがする……!)
直紀は鈴香を見た。
胸ポケットに付いている名札が視界に入る。
白崎鈴香
(これで名前は覚えた)
鼻が2種類の匂いを検知した。
タバコの匂いとムスクの匂い。
彼女がタバコを吸っているように見えないから、タバコの匂いはおそらくこの男性医師からだろう。
ということはムスクの匂いは彼女からしていることになる。
(女子の匂いがする。ヤバいかも)
直紀は小さく息を吐いた。
「お疲れ様でした。本日はこれで終わりとのことです」
「ありがとうございました」
鈴香は直紀を待合室まで見送る。
(はぁ〜。何か黒田さんのときのアシスト緊張する……)
ハンドクリームのムスクの匂いが緊張をほぐしていく。
「アシストありがとう」
「いえいえ」
鈴香は深く息を吐いた。
1週間後ーー
「黒田直紀さーん」
名前を呼ばれて待合室に入っていく。
(今日いねぇのか……白崎さん)
直紀は溜め息をつく。
案内された席に座る。
「前回から変わったことないですか?」
「ないっす」
「じゃあ、お待ちくださいねー」
直紀はスマホを見た。
SNSアプリを開く。
「白崎さーん! すみませーん!」
ピクッ
(なんだ、いるんじゃん)
なぜかほっと息を吐く。
またアシスト?ついてくんねぇかな〜と心の中でつぶやく。
「この患者さん、僕希望みたいなんで」
「わかりました」
(希望……?指名できんの……?)
この歯科医院は何人か医師がおり、スタッフも歯医者にしては多い印象。
(希望ね〜)
振り向くと、ちょうど鈴香と目が合った。
「すみません」
「は、はい。何でしょう」
「指名ってできるんすか?」
「はい。ドクターの指名は可能ですよ」
直紀は首を横に振る。
「医者じゃなくて」
「え?」
「あんたを指名したいんだけど。アシストってヤツ?」
鈴香のまばたきが早くなった。
「え? アシスト、の指名……? えっと……それは……どうなんだろう…。ごめんなさい、わかんないです。初めて聞いたから」
「どした?」
「アシストの指名をしたいって、おっしゃってて……なんか、指名されて……」
「こんにちはー。助手の希望ですか?」
「なんか……この人優しいから。その、指名できんのかなぁって」
「あ〜。じゃあ、できる限りご希望に添えるようにしますね」
(え〜、OKするんかい! うわ〜、プレッシャー)
(適当に理由言っちゃったけど、指名できた!言ってみるもんだな)
鈴香は少し困惑した顔で医師を見た。
医師は目を細める。
急に緊張が押し寄せてきて、鈴香は深呼吸したーー
「初めて聞いたわ。助手の希望」
「わたしもですよ! 緊張で吐くかと思いました……」
「ガチガチだったな」
医師はクスッと笑う。
「今白崎さん、彼氏いるんだっけ?」
「へ!? いないですよ!」
「そっか、良かったな」
医師はニヤニヤしながら去っていく。
(良かったなって何!?)
鈴香はかすかに顔を赤くして、目を泳がせた。
「こんにちはー」
今日でこの歯科医院に来て4回目。
4回とも同じ医師なので、この人がずっと見てくれるのだろう。
「今日、白崎は休みなんですよ」
「そうすか」
「イス倒します」
(毎回出勤とは限らねぇよな。そりゃーそうだ)
来るたびに少しづつ気になる気持ちが大きくなっていく。
「アシストお願いしまーす」
駆け寄ってきた人を見た。
(ちょっと前までこういうギャルばっか付き合ってたな)
でも、どこかしっくりこなくて。
本当は彼女みたいなのがタイプだったのだろうか。
(まぁ、白崎さん、なんか振り向かせたくなるよなぁ。大人しい感じでリードしたくなるというか……なんだろうなぁ)
直紀は治療してもらいながら、ぼんやりと鈴香のことを考えたのだった。