03
アリアは、いつもボロボロの侍女の服を着ていた。
他の侍女が捨てたものを、こっそり拾って修繕しているのだ。そうしないと、衣服も手に入れられなかった。
今、身につけているものは、ほとんどが拾い物だ。従者に支給されていたマントも、王宮への返書を入れた鞄も。
身なりについてはもう慣れっこだ。マントに着いたフードを被れば、誰もアリアと気づかない。石を投げたり罵倒されることもない。
本当にどうして、いつからなのだろうか。
嫌われる理由がわからないまま、アリアは日々を生きる。
特に今日は、なぜか気分が落ち着かない。
ゆっくり歩きつつ耳を澄ませると、土を踏む、草を擦る音が後ろからついてくる。
何かがついてきている。
なぜなのか見当もつかない。
ともかく先を急ごうと駆けだした瞬間。
「聖女様の祈りが届かないのは、おまえのせいだ!」
突然後ろから声がした。
後頭部に鈍い痛みがぶつかってきた。
よろめきはしたが、大切な手紙を落とすわけにはいかない。
手紙の入ったカバンを大事に抱えてうずくまる。
すると、第二、第三の痛みが降ってくるのがわかった。
慌ててその場を離れると、ガツンガツンと地面にぶつかる金属音。
振り向くと、神官や町の人が大勢、木の棒や石、鍬や鋤といった農作業道具を手に手に、アリアへ一心の怒り、恨みつらみを向けていた。
アリアの心が騒めく原因がようやく理解できた。
殺気だ。
「!? 皆様、どうしたのですか!?」
「あんたのせいなんだよ! 聖女様が祈っても一向に国はよくならねえ!」
「双子の姉が妨げになってるって聖女様は言っていたぞ!」
「悪魔だっ!」
「悪魔を倒せ!」
「ま、待ってください! 何か誤解があるようですが、私は――」
「御託はいい! 聖女様を苦しめる悪魔を倒せ!」
「聖女様の力を奪う悪魔め!」
説得を試みようとしたが、アリアの声が全く聞こえていないようだ。
――何よ……何でなのよ?
アリアは蹲ったまま、そっと手に砂を握りしめる。
人々が彼女を叩き潰そうと各々の手に持つ物を振り上げた。
アリアは握る砂を周囲にぶちまけた。
砂埃で視界を奪われた者たちを尻目に、素早く駆けだす。
もう後ろは振り返れない、とにかく逃げろと本能が告げる。
このままでは殺されてしまうとまで確信していた。
どこでもいい、逃げなければ。
以前から感じていた。
——私は、この国そのものから嫌われている。
人々から嫌われる本当の理由など、考える暇などなかった。
アリアは、とにかく死にたくない一心で森に逃げ込んだ。
無我夢中で走りに走って、周りが闇に包まれてきていることにも気づかなかった。
さすがに息が続かず、大きく吸い込もうとした最中、飛び出ていた木の根に躓く。
「きゃあっ!?」
軽いアリアは、ポーンと弧を描いて地面を転げる。
もともと古い侍女の服がとうとうビリリと破れてしまった。
服の裂ける音が自分の悲鳴に聞こえて、思わず身を固くする。
そして初めて周りの雰囲気の違いに気付いた。
――え? ここ、いつもの森じゃないわ……
空に月がほんわか地を照らす。光に対して影は真っ黒な闇で、木々の影も森の道すら見えなかった。
途端に震えが身を襲う。
この心の底が冷え込むような震えは、なんだろう。
わからない。
分からないが、見当はつく。
以前、読んだ本に書いてあったのだ。
目的もなく森を走ると、魔族の森に惑わされると。
「どうしよう、もしかして、魔族の森に迷い込んだ……?」
洩れた言葉に、そうだと言いたげな木々が風に揺れる。
間違いないと、草木の茂みから紅い瞳がいくつも現れる。
フォレストウルフだ。
名の通り、魔族の森に棲む狼型の魔物で、集団で獲物を狩る。
これも、魔族に関する本に載っていた。覚えた知識が初めて役立った。
そして最後の役立ち知識になったことだろう。
再び走り出すアリア。
本来なら眼の前で走り出すのはエサになりにいく行為だが、囲まれてしまう前に逃げなくてはいけないのも生きるための行動だ。
切れ切れの息で走るが、魔物の方が何倍も速く狡猾だった。
やがて囲まれたアリアは、せめて自分の意識のないところで食われてしまいたいと、目の前をうっすら滲ませながら願った。
いや、頭では覚悟をした振りはできるが、気持ちは、本音は違う事を叫んでいた。
——もうやだ……
誰でもいい……助けて……
お願い……助けて!
身体が空気を欲しがって、何度も大きく呼吸をする。
意識がぼうっとしてきて、目がかすんでくる。
魔物たちの唸りが強くなる。
――もう、ダメ! 殺される!
しかしどうしたことか。
一向にウルフたちが襲ってこない。
襲われないならそれに越したことはない。が、なぜだろう。
魔族の森の瘴気だろうか、頭がクラクラして、判断が鈍ってきた。
――今のうちに……逃げないと……
突然、ウルフの慌てふためく鳴き声が響く。
アリアは、残る意識で力を絞って視界を広げる。が、足元の力が抜けてしまい、その場に倒れてしまった。
――逃げ……な……と……
ぼんやりする視界の中、もふもふした感覚が全身を包み込む。
力の入らないまぶたを押し上げるが、半分も開かない。その中で、薄っすらと黒い毛が、尻尾のようなものが揺れていた。
フォレストウルフの毛は深緑である。
では、黒い尻尾は――。
アリアはそのふかふかしたものが何なのか、考える前に意識がするりと離れてしまった。
次に目覚めたのは、見知らぬ場所のベッドの中であった。
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