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APOLOGY  作者: 内藤晴人


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2/2

再会

 何が起きたのか解らず立ち尽くす事、数秒。

 出入りの人々や警備員の好奇の視線にさらされていることに気が付いた暁龍は、常の如く不機嫌な顔で咳払いをしてから、衆人環視の中ビルの中へと足を踏み入れた。

 職員や見学者、そしてプレス関係者でごった返すロビーを横切り、一番奥にある職員専用エレベーターの前に立つ。

 そして彼がジャケットの内ポケットに突っ込んでいたIDカードを認証器にかざすと、その扉は音もなく開いた。

 隙のない所作でその中へと滑り込み、医務局が入っている階のボタンを押す。

 扉が閉まると同時に、ゆっくりと下降していくことしばし。

 鈍い衝撃が走ると共に箱は停止し、開いた扉の間から味気ない蛍光灯の光が差し込んできた。


 しかし、なんでまたこんな所に。


 未だ納得がいかぬまま、暁龍は目指す部署に向けて歩み始めた。

 長い廊下の突き当たりで、彼は足を止めた。

 医務局。

 どこからどう見ても、そこにはそう書かれている。

 それを何とはなしに眺める事、数秒。

 あきらめたかのように、暁龍は扉を叩き、室内へと踏み込んだ。

 

      ※


 始めに感知したのは、かすかに消毒薬が含まれた気体だった。

 驚いたようにこちらを見つめる職員に、暁龍は先ほどのIDカードを示しながら、自らの『名前』と『所属』を告げた。


「情報局第一捜査室所属、黄暁龍大尉です。緊急の申し送り事項があるとのことで出頭したのですが……」


 カードと顔とを見比べていたその研究員は、暁龍の言葉にあわてて手元の端末を操作する。

 数秒後、良く通る声が暁龍の耳朶を打った。


「帰って早々、お呼び立てしてごめんなさい。こちらへどうぞ」


 聞き覚えのあるその声に暁龍は自らの視覚と聴覚を疑った。

 彼の目前に現れたのは、白衣をまとい、分厚い資料ファイルを抱えた女性だった。


「……アダムス博士?」


 そう。

 現れたのは、かつての『doll開発計画』の一員であるキャスリン=アダムス博士その人だった。

 しかし、その計画から離脱した彼女が何故。

 当然のごとく言葉を失う暁龍に対し、博士は『面会室』と記されている扉を開いた。

 仕方なく会釈を返し室内に入る暁龍に微笑を向けてから、博士は扉を閉め机の上に手にしていたファイルを置いた。


「どうぞかけてちょうだい。待っていたのよ」


 穏やかだが、どこか有無を言わさぬ圧力を感じさせる博士の言葉に、暁龍は観念して腰をおろす。

 そして努めて視線を外しながら口を開いた。


「……驚きました。いつからこちらに?」


 当然な暁龍の問いかけに、アダムス博士はファイルをめくりながら答えた。


「ちょうど貴方がテラに向かった直後かしら。……高度な司法取引の賜物ってやつね」


 少し皮肉ってから、博士は本当に何も聞いていないの? とでも言うように首をかしげた。

 この人事をNo.17は聞いていたのだろうか。

 ならば何故、先ほど報告がなかったのだろうか。

 暁龍は内心舌打ちをしたが、今さら言ってみても仕方がない。


「いいえ……。しかし博士、まさかあの時の話をするために自分を呼び出した訳では……」


「ええ。テラからの申し送りがあったの。貴方がジャックの制止を無視して急に出発したから間に合わなかった、とのことよ」


 言いながら博士は、ファイルを差し出す。

 暁龍はそれを引き寄せると、ざっと目を通した。

 どうやらあの一件の後、ᒍ……ジャックが『消した』と言っていた、彼の『第二の人格』に関する物らしかった。


「読んでもらえれば解ると思うけれど、プログラム消却によって生じた空き領域にシステムが慣れるまで、不具合が生じる可能性があるとのことよ。日常生活にまで支障をきたすようだったら、至急私かジャックに連絡をちょうだい」


 そうですか、と納得しファイルを閉じかけて、暁龍の手が止まる。

 ふと覚えた違和感の正体に気付いた彼は、自分の目の前に座る女性を改めて見つめる。


「あの……博士。……では、自分たちのことを……」


 戸惑い気味の暁龍の言葉に、アダムス博士の顔から微笑が消えた。

 そしてどこを見るとでもなく視線を室内へとさまよわせた。


「……ごめんなさい。知っていれば、あんなひどいことは言わなかった……」


「……は?」


 博士の言葉の真意が理解できず、暁龍は反射的に首をかしげる。

 一方、再びこちらを見つめる博士の顔には、泣き笑いにも似た表情が浮かんでいた。


「普通の『ヒト』でさも、例えば双子や兄弟で比較して見られれば嫌な思いをする物よね。いくら似ていると言っても」


 唐突に投げかけられたその言葉に、暁龍は返答に窮する。

 うつむく目の前の博士に、何と答えて良いか解らない。

 重苦しい沈黙が、室内に流れる。

 だが、それを打ち破ったのは、博士の方だった。


「でもね、でも、貴方は貴方以外の何者でもない。どんなに外見がエドに似ているとしても」


 想定外の言葉に、暁龍は数度瞬く。

 そんな暁龍の視界から逃れるかのように、博士はおもむろに立ち上がった。


「正直、私はずっと逃げていたんだけれど……。これだけはどうしても伝えておきたくて。……ごめんなさいね、忙しい時に呼び出して……」


    ※


「……ずっといたのか?」


 部屋を出るなり、意味ありげな笑みを浮かべている楊香の姿を認め、暁龍は不機嫌そうに言い放つ。

 が、それを意に介することなく彼女は暁龍に並んで歩み出す。


「立ち聞きとは良い趣味をしているな」


「とか言いながら、何だかすっきりした顔してるじゃない」


 鋭い言葉に視線をそらす暁龍に、楊香はくすくすと笑う。


「良かった。やっと吹っ切れたみたいね」


「……かなわないな」


「え? 何か言った?」


「いや、何でもない」


 言いながら暁龍は歩みを早める。


 結局自分の居場所は、ここにしかない。

 けれど、それは『あの人』のコピーとしてではない。

 おかしなことに、それを知らせてくれたのは他でもない、忌み嫌っていた『産みの親』達だったというわけだ。


 いつしか暁龍の顔には珍しく苦笑が浮かんでいる。

 そんな彼を、楊香は不思議そうに見つめていた。

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