*セレナの小悪魔計画*後編
*書籍発売記念SS*後編
前編をまだご覧になっていない方は、ひとつ前に戻って下さい。
「ここがレオナール様の自室ですか……」
「散らかっているからな、あまりジロジロ見ないでくれ」
どことなく気恥ずかしい気持ちになりながらも、目をキラキラさせるセレナ嬢に、愛しさが込み上げてくる。
普段自分が寛いでいる自室に恋人がいる。
これはなかなかにグッとくるシチュエーションだ。
「では我々は外に控えております。扉は少しだけ開けさせて頂きますので。王太子殿下、タガが外れないように気を付けて下さいね?」
「……余計なことは言わなくて良いから、さっさと行け」
俺の心を読んでいるのか、なんとなく楽しそうなリュカにそう告げ、侍女達も下がらせる。
婚約中とはいえ、俺達はまだ未婚の男女。
完全な密室でふたりきりになるわけにはいかない。
にまにまとするリュカを追い出し、ふうっと息をつく。
セレナ嬢に視線を移すと、なぜか彼女は固まってしまっていた。
「……とりあえず、座ろうか」
「は、はははははい。失礼致しますわ」
隣にと促しソファに掛けてくれたものの、不自然に距離をとられてしまった。
や、やはり俺がなにかしたのか……!?
ショックを隠しきれずに青い顔で僅かに俯くと、そんな俺に気付いたセレナ嬢が心配そうに覗き込んできた。
「レ、レオナール様?ご気分でも悪いのですか?」
あ、手。
大丈夫ですかと腕にそっと触れてくれたセレナ嬢の手は、いつもの温かさだ。
……とりあえず嫌われているわけではなさそうだなと、気を取り直すことにした。
「……セレナ嬢、俺に、なにか言いたいことでもあるのか?」
「え」
勇気を出してそう聞いてみると、セレナ嬢はまたもやピシッと固まってしまった。
やはりダメかと思ったその時、セレナ嬢の耳が赤くなっていることに気付いた。
よく見れば、その頬も。
じっと見つめていると、その朱がどんどん広がっていく。
「も、申し訳ありません……。その、き、緊張してしまいまして……!」
緊張?
ひょっとして、セレナ嬢も俺の私室だと意識して……。
「せっかくサプライズで敬語をなくしてお話ししようと思いましたのに!こんなに緊張するなんて……!わたくし、小悪魔失格ですわ!!」
「……は?」
予想外かつ、意味不明な言葉ばかりがその形の良い唇から紡がれ、俺は目を点にしたのだった。
「―――つまり?普段とは違う口調で俺をドキドキさせたかった、ということか?」
「お、おっしゃる通りですわ……」
緊張のあまり思わず暴露してしまったがために、ふたりの友人とのやり取りから全てを説明する羽目になってしまったセレナ嬢ががくりと項垂れた。
なんだ、俺が気に障ることをしたわけではなかったのか。
少しの安心の後、ちょっと意地悪をしてやろうかという悪い気持ちが芽生えた。
「―――それで?どんな言葉でドキドキさせてくれるつもりだったんだ?」
一気に距離を詰め、セレナ嬢の耳元で囁く。
「!!!レ、レオナール様!?」
パッと耳を手で覆い、真っ赤な顔で振り向いたその顔は、いつもの余裕綽々とした表情とは全く違う。
あわあわと慌てる彼女が、とてもかわいらしい。
「まあ、確かに?恋人が自分にだけ違う面を見せてくれるというのは、とても心地良いものかもしれない」
くすくすと笑い、じっと見つめる。
早くやってみてくれと、言葉には出さずとも伝わったのだろう、セレナ嬢は口をもごもごと動かし始めた。
「っ……今日、は、意地悪だわ」
やんわりと敬語をなくしてきた。
「まあな、たまにはね」
それで?と続きを促す。
「っ!わ、わたしは、いつもの優しいレオナール様が好きなのに」
「うん?こういう俺は、嫌いか?」
少しむくれたように話すセレナ嬢に、わざとらしくそう尋ねてみる。
「っっっ!もう!そんなわけないじゃないですかっ!ちょっぴり意地悪なレオナール様も、す、素敵に見えてしまって!困っているのですわっ!」
もう限界!というほどに、セレナ嬢は先程以上に顔を真っ赤にさせて、口調も元に戻してしまった。
けれどそんな姿も愛おしくて。
「ははっ、悪い。普段は俺の方が振り回されているからな、こんな機会はなかなかないと思って、意地悪が過ぎてしまった」
悪いと口にしながらも全く悪びれない様子の俺に、セレナ嬢はぐぬぬと悔しげな表情をする。
「もう……。せっかくのわたくしの小悪魔計画が、台無しですわ……」
少しずつ頬の火照りも落ち着いてきたセレナ嬢が、はあっとため息をつく。
油断しているところに悪いけれど、先程の話を思い出した俺は最後にもうひとつだけ意地悪をすることにした。
『ふたりきりの時、名前だけは“様”を付けずに愛称で呼んでほしいと、言われました……』
確かルノワール侯爵令嬢がそんなことを言っていたのだったか。
フェリクスの真似をするのはいささか不本意だが、たまには勉強させてもらおう。
セレナの愛称となると、セラ、セナあたりか。
しかし、前世の彼女の名前の面影がなくなるのはしっくりこないな。
まあ愛称にこだわらなくても良いかと、いつもの名で、敬称を無くして呼ぶことに決める。
どんな顔をするだろう。
また林檎のように真っ赤になるのだろうか。
彼女をそんな表情に変えられるのは俺だけなのだろうと、変な優越感が湧いてくる。
いけないと分かっていても、それが心地良くて。
自然と口元が緩んでしまう。
「それで?意地悪な俺のことも好きだと言ってくれるのか?セレナ」
やわらかな頬に触れ、やんわりと自分の方にその小さな顔を向けさせる。
美しい紫の瞳に自分にだけが映されると、大きな目がさらに見開かれた。
我ながら悪い顔をしているのだろう。
そっと頬を撫で、親指で柔らかな唇に触れる。
レオと呼ばれていた時も嬉しかったけれど。
レオナールと、本当の名がその唇から紡がれるのが、俺は好きだ。
だからもっと、名前を呼んでほしい。
「〜〜〜っっ!!ふ、不意打ちは反則ですわ!レオナール様!!」
こんな風に、怒って呼ばれるのも新鮮だな。
まるで悪戯の成功した子どものように、俺は笑ったのだった。
* * *
「ふう……今日は、散々でしたわ……」
その日の夜、ベッドに横になったわたくしは今日の出来事を思い返しておりました。
わたくしの小悪魔計画が、すっかりレオナール様にひっくり返されてしまいましたわ……!
とんだ一日でしたと、ため息をつきます。
「……そういえば、母上様も確か……」
前世の、ぼんやりとした記憶を思い起こします。
『丁寧な言葉は、色々なものを隠すことができます。悪意も、好意も。そんな仮面を外して、今まで見せることのなかった部分をさらけ出し、ありのままの自分を好きだと言ってもらえる相手に出会えると良いですね』
「……まさか、レオナール様にあんな一面があるとは、驚きでした」
今日の至近距離から感じる吐息と声と体温を思い出して、また顔に熱を持ちます。
けれど、そんな彼のことも好きなのですから、これがきっと母上様の言っていた、ありのままの姿を愛するということなのでしょう。
「わたくしよりも、レオナール様の方が小悪魔に向いておりますわね」
これから先、わたくしの心臓は保つのでしょうか……?
エマ様とジュリア様に今日のことをなんとお話ししましょう?
わたくしは新たな問題に、頭を悩ませるのでした――――。
ということで書籍一巻発売しました、よろしくお願いします(*^^*)
また、最近新しいお話も始めましたのでご紹介を……。
前世は保育士、今世は悪役令嬢?からの、わがまま姫様の教育係!?〜姫様のお世話で手いっぱいなので、王子様との恋愛はまた今度!〜
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もしよろしければ、ご覧になってみて下さい♡




