*セレナの小悪魔計画*前編
*書籍発売記念SS*
本日発売です!よろしくお願いします(^^)
後編は今日の夜投稿予定です。
きっかけは、エマ様の些細な言葉でした。
「セレナ様って、本当に綺麗な言葉遣いですよね」
いつものように、学園のカフェテリアでジュリア様と三人、お茶を楽しんでいた時に、話の流れでそう言われたのです。
「そう、でしょうか?」
「そうですよ!侍従の方にも丁寧な言葉遣いをされますし、品の良さが際立ちますよね!」
「確かに、そうですね。私も家族や使用人には砕けた言葉遣いになりますが、セレナ様はどなたに対してもそうなのですか?」
エマ様だけでなくジュリア様にもそう言われ、そう言われてみればと考えます。
―――と言いますか、これは前世からの口癖のようなものです。
幼い頃から丁寧な口調を心掛けるようにと母上様から躾けられてはいましたが。
ですが、いつからだったでしょうか?
あれは確か、母上様に――――。
「セレナ様?」
「あ、ええ。申し訳ありません、ぼおっとしてしまいましたわ。そうですわね、わたくし、基本的にはどなたに対してもこの口調です。もう癖のようなものでして」
飛びかけた意識を戻して、おふたりに答えます。
するとエマ様がうーんと唸りながら首をひねってしまいました。
「それって、王太子殿下とふたりっきりの時もそうなんですか?」
「え、エマ様!?」
予想外の問いかけに、ジュリア様は慌てふためき、わたくしは目を見開いてしまいました。
そんなプライベートなことを……と嗜めるジュリア様と、えー良いじゃないですか!と興味津々なエマ様を、私は固まったまま眺めます。
確かにわたくし、レオナール様とふたりの時も皆様と一緒の時も、どちらもいつも通りですわ。
はっとして石化を解いたわたくしは、小声ながらも前のめりでおふたりに尋ねます。
「あの!皆様、そこはやはり、恋人とふたりの時は砕けた口調になるものなのでしょうか……?」
恥ずかしながら恋というものをするのはレオナール様が初めてですから、皆様の“普通”が分かりませんわ!
「そうですね、私も婚約してしばらくはずっと丁寧な口調を心掛けていたんですけど……。少しずつ距離が近付いてからは、砕けた話し方になることも増えましたよ。ライアン様も、リラックスしている時はそんな感じです」
まあ……!
さすが婚約期間六年のエマ様ですわ!
そうなんですのね、あの紳士的なフーリエ様もエマ様とおふたりの時はお寛がれますのね!
「その、私はまだお互いに丁寧な話し方をすることが多いです。ですが、その……」
「なんですか!?恥ずかしがっていないで、教えて下さいよ」
もじもじと言いよどむジュリア様に、エマ様が続きを促します。
「ええと……ふたりきりの時に、“様”を付けずに愛称で呼んでほしいと、言われました……」
まあ……!!
真っ赤な顔で教えて下さったジュリア様、とてもかわいらしいです。
「素敵ですねー!フェリクス殿下、いつも穏やかな雰囲気ですけど、恋人にはそんな甘いことも言うんですね」
エマ様も頬を染め、ほおっとした表情をしています。
そうなのですね、そういう恋人だけの“特別感”があると良いのですわね。
そういえば前世のドラマや恋愛小説にもありましたわ。
そういうのを使い分けて男性を虜にさせる女性のことを、確かあのように言うのでしたわね!
「――――話は分かりましたわ」
ひとつの決意をしたわたくしは、ぐっと拳を握り締めました。
「わたくし、今回は“悪役令嬢”ではなく、“小悪魔”を目指しますわ!」
「へ?小悪魔?」
「セ、セレナ様?“悪魔”だなんて、不吉ですわよ?」
そんな驚いた表情のおふたりに、わたくしはにっこりと微笑みました。
少し離れた席から、「またろくでもないこと思い付きやがって……」というリュカの呟きが聞こえましたが、わたくしは聞こえないフリをしたのです。
* * *
「セレナ嬢?どうかしたか?」
「い、いいいいいえ?どうもいたしませんわ!」
王太子となってから数カ月、今日は月に数える程しか持てないセレナ嬢との王宮での茶会の日なのだが、どことなく彼女の様子がおかしい。
そわそわしていたり、なにかを言いたげに口を開いたかと思うとぐっと堪えて口をつぐんだり。
普段ならば、庭園の花が綺麗ですねなどと始まり、学園での友人達の話を嬉しそうにしてくれるのに。
ひょっとして、俺がなにかしてしまったのだろうか。
心当たりはないものの、明らかにいつものセレナ嬢ではないことで、俺が原因ではないだろうかと不安が襲う。
ちらりとうしろに控えるセレナ嬢の侍従・リュカの方を見てみるが、素知らぬ顔をしている。
彼の落ち着いた様子から見るに、深刻なことではなさそうだが――――。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「まあ!ありがとうございます。お茶を入れるのがお上手ですのね、良い香りが立って、とても美味しいです」
おかしな空気を察し気を利かせた侍女達が、お茶の入ったポットを持ってセレナ嬢に話しかけた。
しかし侍女達に対してはいつもの丁寧な対応だ。
柔らかい笑顔を向け、お礼を言い、親しげに話している。
―――ということは、やはり原因は俺か?
悶々としていると、ふうっと息をついたリュカから、意外な提案をされた。
「王太子殿下、お嬢様は少しお疲れの様子です。どうでしょう、殿下の私室で、ふたりきりでお話を楽しまれては?」
にっこりと笑むリュカ、なにか企んでいるのか?
しかし、その言葉にハッとしたセレナ嬢は諸手を挙げて賛成した。
「そういたしましょうレオナール様!わたくし静かなところでゆっくりしたい気分ですわ!」
「あ、ああ。分かった、構わない」
全く疲れているようには見えないセレナ嬢を伴い、首を傾げながらも俺は自室へと向かった。




