高嶺の花
いつの間にやらあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します!
長らく間が空いてしまいましたが……
レオナール目線のお話です。
どんな小説だったか思い出しながら読んで下さい笑
その時現れたのは、俺が知っているあいつではなかった。
確かに黙っていれば冷たさすら感じるほどの美貌の女だが、くるくるとよく変わる表情におかしな言動をする普段の彼女からは、天真爛漫というイメージしか持たなかった。
それがどうだ、見たこともない衣装に身を包み、化粧を変え表情を消した、だたそれだけで。
俺の知らない、清廉潔白な、穢れなど知らない精霊のように見えた。
面差しは確かにセレナのものなのに、その表情も所作も、彼女のものではない。
セレナはそのまま滑るように歩き、定位置につくと身を伏せて礼をした。
そしてキサラギ王国の使者が唱する唄が始まると、扇を開き、自身も笑んだ。
まるで硬く閉じていた蕾が、綻ぶように。
サクラ、という聞いたことのない名前をキサラギ王国のふたりが口にする。
唄の中にも出てくるサクラとは、キサラギ王国に咲く花なのかと思い至る。
きっと衣装と同じような薄紅色の、愛らしい花なのだろう。
母は見たことがあるのだろうか、見知らぬ異国の花に思いを馳せる。
そうしているうちに一曲目が終わり、拍手を贈る間もなく二曲目が始まる。
いつの間にか手の中にあったはずの扇は木の枝を模した杖のようなものに変わっており、その先にも花が咲いていた。
二曲目もまた花の唄なのだろうか、かわいらしくも気品あるその杖に咲く花は、とてもセレナに似合っている気がした。
まるでなにかを祈るように。
りんと鈴の転がるような音をたてながら踊るセレナは、言葉では表現できない美しさで。
また、その衣を穏やかな春の風のようにはためかせ優雅に踊る姿が、俺の知らない遠くの国に咲き誇る花の精のようで。
手の届かない、高嶺の花だと思った。
「リオネル」
「なんですか?」
「おまえあの宴の時、踊るセレナに見惚れていただろう」
ぶっ!とリオネルが飲んでいた茶を吹き出した。
あの宴から一年。
俺は王太子となり、リオネルは一連の責任を取って王位継承権を放棄した。
それが良かったことなのかは分からないが、ようやく弟のリオネルともこうして心穏やかに話せるようになり、ずっと気になっていたことを聞いてみることにしたのだ。
「ゲホゲホッ!き、急になにを言い出すんですか!?いや、見惚れてなく……はなかったですが、いつの間にキサラギ王国の舞をと驚いただけで、別に他意は……」
まあ見惚れるのも仕方ないよなと思いながらも、あたふたと言い訳のように話すリオネルに、少し面白くない気持ちになる。
「ミア嬢はどう思うのだろうな。恋人がまさか、元婚約者に見惚れていたなんて聞いたら……」
「……王太子殿下ともあろう方が、俺を脅すつもりですか?」
「まさか。ちょっとばかり願いを聞いてほしいだけだが?」
にっこりと笑う俺に、リオネルは嫌そうな顔をする。
こういう時、弟をからかうのは楽しいなと思う俺は、性格が悪いのかもしれない。
だが、何年も離れていた弟とようやく気安い話ができるようになったのだ、兄として少しくらい楽しんでも良いだろう。
「それで?なにをお望みですか?」
眉根を寄せるリオネルは、願いの内容に警戒しているようだ。
まったく、そんなに難しい要望ではないというのに、俺もまだまだ信用されていないようだなとため息をつく。
「そんな顔をしてくても良いじゃないか。なに、簡単なことだ」
にこにこ……いや、にやにやと笑みを零す俺に、リオネルは眉間の皺を深くした。
「“兄上”と呼んでくれないか?あの頃のように」
「……は?」
予想外の願いだったのだろう、一転、リオネルは間抜けな顔で一時停止した。
それがあまりにおかしくて、俺は堪えきれずに吹き出した。
「くくっ、覚えていないかもしれないが、幼い頃は『あにうえー』と言いながら俺のうしろをちょこちょこついて歩いていただろう?王太子殿下、なんて他人行儀な呼び方は止めて、私的な場では兄と呼んでほしくてな」
継承権を放棄して、リオネルなりに一線を引いたのかもしれないが、肉親の情まで切る必要はない。
公的な場ならばまだしも、こうした時にまで他人のように振る舞われるのは、正直言って寂しい。
せっかくセレナやミア嬢が兄弟として向き合う機会をくれたのだ、俺も目を逸らさずに向き合いたい。
「な、ななっ……そんなこと、別に大した話では……」
「そう、大した話ではないから、きいてくれるだろう?」
逃げ道などやらんぞ?と微笑めば、リオネルは真っ赤な顔をして口をぱくぱくと開閉する。
「う、わ、分かりました……」
「そうか!分かってくれたか!では練習してみよう、兄上と呼んでみると良い」
了承してくれたリオネルに、目を輝かせて催促してみたが、また嫌な顔をされた。
「それはまた次の機会に。俺は今から仕事がありますので」
「あ、ずるいぞリオネル!」
そそくさと逃げようとするリオネルを引き止めようと思ったが、耳まで真っ赤になってしまっていることに気付き、今日はこのくらいにしてやるかと手を引っ込めた。
まあ焦らなくても良いか。
時間はいくらでもあるのだから。
「それと、最後に言っておきます」
大人しく見送るかと席を立つと、扉の前でリオネルが振り返った。
「俺が言えることではありませんが……セレナを大切にしてやって下さいね」
思いがけない言葉に、今度は俺が目を丸くする。
「今こうして俺達が話せるのも、キサラギ王国との交流をはじめ国が安定しているのも、兄上が戻って来てくれて王太子となってくれたのも、全部、セレナが運んできてくれた幸運だと思うのです」
今までにない穏やかな声で、リオネルがセレナを語る。
「俺の唯一ではありませんでしたが、兄上にとっては唯一無二の花だと断言できます。確かに俺は、あの宴で踊るセレナに見惚れました。しかし、俺の手には届かない遥か高みに咲き誇る花として、ですが」
そして今度はリオネルが俺を見てにっと笑う。
「高嶺の花を手折った責任は、きちんと取って下さいよ。どうか、幸せに。……本当に俺が言うことではないですけどね」
そしてひらひらと手を振って、リオネルは去っていった。
ひとり残された俺は、ぽかんと口を開けてしばらくそのまま呆けてしまった。
「……興味本位で手折った訳ではないからな、ちゃんと最期まで愛で続けるさ」
様々な覚悟を持って、セレナと添い遂げたいと決めたのだ。
たとえこの先、他の虫達が美しい花に引き寄せられようとも。
「俺も、もっと精進しないとな」
花に嫌われてしまっては元も子もない。
愛想をつかされないよう、これまで以上に励むとするか。
「ん?そういえばあいつ、俺のことを兄上とさらりと呼んでいたな。……ふっ、練習など必要なかったか」
言われた時に気付かなかったくらい、自然に呼んでいた。
今度会った時にも、また呼んでくれるだろうか。
「……なんだか無性にセレナに会いたくなったな。よし、さっさと仕事を終わらせて公爵家に行くか」
仕事をほっぽり出して会いに行っては怒られそうだからなと、真面目な婚約者の顔を思い出し、俺は執務室へと向かったのだった――――。




