侍従のひとりごと2
本日二話目の投稿です。
まだお読みになっていない方は前のお話からどうぞ(*^^*)
「その後、自分はいつも愚鈍で兄達のようになんでも上手くできない公爵家のお荷物なんだと落ち込むお嬢を見て、俺が怒ったんだよな。そんで、そんな俺を何故かランスロット坊っちゃんが気に入って孤児院から引き取ってくれた、と」
懐かしい記憶だ。
それにしても助けてくれた公爵家のお嬢様に怒りつけるなど、当時十六歳だった俺、命知らずだな。
普通なら即座に首を切られている。
物理的に。
公爵家に来てくれたら孤児院への援助を惜しまないというランスロット坊っちゃんの言葉に乗せられて、俺はお嬢の侍従になることを決めた。
孤児院は一応世話になった場所だし、勤めている大人もさほど悪い人間じゃなかったからな。
なにより、なにもできない俺が残るより、リュミエール公爵家の援助を受ける方が余程チビ達のためになる。
……そうやって援助に目がくらんだこともあるが、あの優しいくせに自信のないお嬢をなんとかしてやりたいという気持ちもあった。
「結局前世の記憶を取り戻したことで、今や天然爆発最強の、誰もが認める立派な王太子妃になっちまったんだけど」
自分を含めた限られた人にだけしか心を開かなかったお嬢。
そんな彼女が変わってしまって、喪失感がなかったとはいえない。
俺はきっと、彼女にとって自分は特別な存在なのだと、仄暗い優越感に浸っていたのだ。
自信を持てと叱責しながらも、自分の手の届くところにいつまでもいてほしいと思っていた。
だから、どこかへ飛んでいってしまいそうな今のお嬢を、最初は認めたくなかったのかもしれない。
「いつの間にかそんな気持ち、なくなってたけど」
あの頃のお嬢とは違う、そう考えて一歩引こうとした。
けれど、できなかった。
何気ない仕草。
他人のことばかり考える癖。
その優しさ。
それらは全て、あの頃と同じで。
それでいて目の離せない言動に、惹かれずにはいられなかった。
いつの間にか、心から彼女の幸せを願うようになった。
「まあ、俺が幸せにしてやる!と言えなかったところは、自業自得だよな……」
けれどこれで良かったのだと思う。
俺では彼女をあんな風には愛せなかった。
黒髪で鋭い雰囲気を持つ、意外にも繊細な心の持ち主である王太子殿下を思い出す。
弱いところを見せ、互いに支え合える、そんな比翼連理のふたり。
「あのパーティーの夜、坊ちゃん達にドッキリ仕掛けられた時は、一瞬本気で殺意が芽生えたけどな」
なにがあってもお嬢について行こうという俺の決意をからかいやがって。
公爵令息相手にそう思ってしまうあたり、結局今でも命知らずなところがあるということだろうか。
まあ今となってはそれも笑い話だけどな。
はははと乾いた笑いを零すと、扉の外からぱたぱたと小走りする音が聞こえた。
「またあのお嬢は……」
はしたないと自分で言いつつも悪気なく繰り返す主人に、はあっとため息をつく。
元気なのは結構だが、なんだか嫌な予感しかしない。
「りゅ、リュカ!大変ですの!レオ様に……レオナール様に浮気疑惑が浮上しましたのっ!!!」
勢いよく開かれた扉から現れたお嬢の口から出たのは、そんな言葉。
「……は?」
思わず怪訝な顔をする俺のことなどお構いなしに、お嬢はそのまままくし立てる。
「お付き合いを始めて二年半、婚姻の契りを交わして早三ヶ月、ここに来てまさかの悪役令嬢……じゃなかった、悪役王太子妃の出番ですの!?」
……まだ悪役令嬢を引きずってやがる。
「けれどわたくし、もうレオナール様を諦めることなどできませんわ!」
「あのー」
「一生支え合い、添い遂げると神前でも誓いましたし」
「もしもし?」
「それに……もうヒロインにだって譲れませんもの!」
「人の話を聞け!」
さすがにイラッとして一喝すると、お嬢はぱちくりと目を瞬き、やっと俺の方を見た。
「良いですか、冷静になって下さい。あのへたれ……こほん、一途な王太子殿下が浮気など、できるわけがないでしょう」
努めて静かな声で諭すように言えば、そうですわよね……とお嬢も少し冷静さを取り戻して来たようだ。
それでなぜ浮気だなんだという話になったのかと聞けば、王太子殿下の執務室を訪ねた際、驚かせようとそっと扉を開いた時に見てしまったのだという。
殿下にしなだれかかる、同じくらいの背丈の美女を。
「遠目で、しかも横顔だけでしたが、とてもお綺麗な方で。わたくし気が動転してしまって……」
「へえ。王太子殿下と同じくらいの背丈の美女ねぇ」
そう強調すると、はたと気付いたお嬢が顔を上げた。
「190センチ程もある殿下と同じくらい、ですか?」
「わ、わたくし確認して参りますわー!!」
慌ててUターンするお嬢を、やれやれと追うことにする。
扉を開けて廊下に出ると、そこにはお嬢付きの侍女と王太子妃執務室担当の護衛の姿があった。
「冷静に状況を把握されるなんて、さすが王太子妃殿下の専属侍従ですね」
「暴走した王太子妃を止めるのはリュカ様にしかできないと、もっぱらの噂ですよ?」
にこにこと俺を見つめるふたりに、眉根を寄せる。
「だからですか、王太子妃関係の面倒な仕事が俺に回ってくるのは……」
正解!とふたりが声を揃える。
「ってかリュカ兄のその丁寧語、慣れねぇや」
「本当、気持ちわるーい!」
イラッとして、きゃははと笑う侍女の頬をつねる。
「ちょっ、痛い!もう、リュカ兄止めてよ!」
「あのクソ貴族に蹴られた時よりも痛くねーだろうが」
先程思い出していた記憶の中のチビと、目の前の侍女の顔を比べる。
「その怒った時の顔、ちっとも変わってねーな」
「うるさいわよ!セレナ様にはいつまでも変わらない私に安心するって褒められてるんだから、ほっといて!」
まあ随分と時が経ったものだと思う。
あの時のチビ達が、孤児院を巣立ってリュミエール公爵家で見習いの騎士と侍女となり、今や王太子妃付きとなったのだから。
お嬢が公爵家の使用人に遠巻きにされていた時も、このふたりは味方だった。
まだまだ未熟で側にはいられなかったが、陰ながらお嬢を守っていた。
「へいへい。とりあえずお嬢を回収してくる。どうせ長身の美女とやらも、フェリクス殿下のイタズラだろうしな」
昨日隣国から訪問してきた王太子殿下の友人の姿を思い浮かべる。
どことなくランスロット坊っちゃんと同じ匂いのするフェリクス殿下のことは、少々苦手だ。
「そうっすね。午後から孤児院の訪問でしょ?ほら急いでよリュカ兄」
「うるせぇ!部屋番のくせに俺を顎で使うな!」
「はいはい、専属侍従様。よろしくお願いいたします〜」
覚えておけよと舌打ちしてその場を離れる。
今日は久しぶりにあの孤児院を訪問する。
あれ以来、リュミエール公爵家の援助のおかげで、孤児院の子どもたちは不自由なく暮らしている。
「またガキどもにまとわりつかれて髪が乱れそうだな……」
まあそれも仕方ないなと苦笑いを零す。
今となっては大切なあの場所には、今もたくさんの子ども達がいる。
先日ついにガキどもからおじさんと呼ばれてショックを受けた。
「まあそれだけ時が流れたってことだな」
いつまでも変わらないものがあり、変わっていくものもある。
けれど俺達は今を生きているし、後悔はしていない。
「お嬢、殿下、誤解は解けましたか?」
王太子殿下の執務室の扉を開ければ、花のように笑うお嬢がいた。
あなたの言う通りだったわ!と嬉しそうな彼女を見ることができるだけで、俺の胸は温かくなる。
これからも、ずっと。
あんたはずっと、俺の前では“お嬢”でいてくれよな。
フェリクス殿下が悪戯で女装してレオナールに迫ってみた……という設定です。
多分セレナに見られていたことも計画のうちだったはず……。




