聖夜のドッキリ!?サプライズとは、こんなに素敵なものなのですね7
「そ、そんなに皆の前でおまえの悪事を披露されたいのか!?えーと……忘れたとは言わせないぞ!おまえ、ミアの持ち物を盗んで、中庭の池に捨てただろう!」
リオネル殿下、頑張って下さいませ。
必死に台詞を覚えたのが丸分かりで冷や冷やいたしますわ。
「違うの、あれはあたしが悪いの!要らない物みたいに置いておいたから、きっとセレナ様は勘違いして……!」
それに比べて必死に殿下に縋りつくミアさんは、悪役令嬢を庇うヒロインの慈悲深さが出ていて素敵ですわ!
「ああ、ミア!君はなんて優しいんだ!」
そう言ってリオネル殿下はミアさんをしっかと抱きしめました。
殿下ったら、ミアさんを褒める台詞はとても上手でいらっしゃるのですね。
その上、しかも可憐で怒った顔もかわいくて意外としっかりしていて……と、台本にない台詞までスラスラと口にしていますわ。
あまりに褒めるシーンが長くて、流石にミアさんも「リオネル、次の台詞!」とこそこそと殿下をせっついています。
「そ、それだけじゃない!おまえはミアを傷つけようと画策しただろう!」
お芝居中であること思い出した殿下は、気を取り直してわたくしに向かってびしっ!と指を差しました。
「なんのことですの?わたくしには身に覚えがありませんわ」
ここはミアさんに負けていられません、扇を口元にあてて表情を隠します。
このあたりで観客となられている皆様のお顔に、嫌悪感が滲み……あら?
気のせいでしょうか、皆様顔を顰めているというより、どうなってしまうのか行く末を見守っているような感じが……。
ちらちらとしか見ておりませんので、そんな気がするとしか言えないのですが、なんとなくおかしい気がします。
「この期に及んでそんなことを!証拠は上がっているんだ、知らぬふりをしても無駄だ!」
あらあら、慣れてきたのかちょっと殿下が楽しそうです。
ですが、ここは自信満々に言って頂かなくてはいけないシーンですもの、結果的にはとても良いですわ。
視界の端でランスロットお兄様とエリオットお兄様がすごい目をしている様子が映りましたが、見なかったことにいたしましょう、次はわたくしの台詞です。
「くっ……!もう誤魔化しても無駄だということですのね……!」
扇をぶるぶると震わせ、隠れているところまで表情を作ります。
観客の皆様もごくりと息を飲んでいるのが、空気で分かります。
「観念しろ!そのような悪事を働くおまえは、私の妃に相応しくない!婚約破棄を言い渡す!」
どやぁ……!という効果音が聞こえてきそうな表情、見事ですわ殿下。
こんなことになるなんて……!とわたくしを憐れむミアさんの表情も完璧です。
ここでわたくしがミアさんに手を上げようとしたところを、殿下が止めて手首を捻り上げて抑えれば、この断罪劇は終わりです。
一度は言ってみたかったこの台詞。
渾身の悪役の魂を込めて、言い放ってみせますわ。
「この……!泥棒猫!!」
きっ!とミアさんを睨みます。
ああ、怯える表情もとてもかわいらしいですわ。
これが終わったら、わたくしもおふたりのように、唯一無二の恋人となれる方に出会いたいものです。
どうかお幸せに。
その胸の内とは裏腹の、憎しみを込めた表情を浮かべ、思い切り手を振り上げます。
リオネル殿下、きちんと受け止めて下さいませね!
失敗は許されませんわよ!という気持ちを込めてミアさんの頬を打とうとした、その時。
「止めろ。そんな力で叩いたら、君の美しい手が傷つく」
わたくしの手を止め……いえ、包み込んだのは、リオネル殿下ではない、別の方の大きな手でした。
背後からすっぽりと抱き締められるようにして、体ごと大きな腕に包まれてしまいました。
一体誰が……と思うことなく、わたくしにはその声だけで、わたくしの手を握るこの手が誰のものなのかが分かってしまいました。
「レオ、様……?」
「遅くなってすまないな」
思わず、わたくしの悪役令嬢の仮面は剥がれ落ちてしまいました。
ただただ予想外の出来事に呆然とするだけで。
手も表情も、すっかり力が抜けてしまいます。
「婚約破棄と言ったな、リオネル」
そんなわたくしの体をしっかりと支えて、レオ様はリオネル殿下を正面から見据えました。
「ならば俺にも、セレナ嬢に求婚する権利があるということだ」
きゃああっ!!とご令嬢方から黄色い悲鳴が上がります。
「自分の浮気を棚に上げ、荒唐無稽な罪を擦り付けるようなおまえは、セレナ嬢には相応しくない」
そう言うとレオ様は、わたくしの正面に移動すると、なんと足元に跪いたのです。
「私の本当の名は、レオナール・ルクレール。このルクレール王国の第一王子です。セレナ・リュミエール公爵令嬢。どうか私の妃となって頂きたい」
優しい表情と、真っ直ぐな言葉。
思わぬ告白に、わたくしの目からはぽろりと涙が零れました。
「わ、わたくしは悪役令嬢ですわ!」
「ああ、友人のために喜んで悪役になれる、とんでもないお人好しだがな」
「そ、それに婚約破棄されたばかりの身ですし!」
「おまえに非はないだろう。リオネルのことは気にするな、俺が兄としてこれからきっちり躾ける」
「ええと、第一王子妃など、わたくしには務まりませんわ!」
「王子妃教育もほぼ終え、学園の成績も優秀。魔法や武芸も嗜み、最近キサラギ皇国との外交にも一役買ったおまえが務まらないのなら、誰が務まるというんだ?」
つ、次から次へと……!
即座に言い返してくるレオ様に、次の言葉が出てこなくなります。
「……っ、ですが、わたくしは悪事を働いて……」
「悪事?そんなもの、おまえがしたところを誰が見たって言うんだ?」
レオ様が横をちらりと見ると、周囲の皆様が揃ってふるふると首を振ります。
「おまえがしたのは、良かれと思ったことだけだろう?自分の心のままに、そして誰かを思い遣る気持ちをもって」
エマ様やジュリア様、ヴィクトリア様のお顔が見えます。
この数ヶ月で親しくなったご令嬢達も、温かい笑顔を浮かべています。
「わ、わたくし……でも、心から愛し愛される恋をしたいと思って……」
「それについては、おまえが俺を好きになってくれたら解決だな。俺のことなど嫌いだ、恋愛対象にならないと言われたらそれまでだが」
レオ様はどこか達観したような表情をされました。
なにかあったのですか?と聞けるほど、今のわたくしに余裕はありません。
「そん……ませ……」
「どうした?さすがにこの公衆の面前で振られるのはキツいからな、せめて考えさせて下さいとか、断り以外の言葉ならいくらでも聞くぞ」
声を詰まらせるわたくしを、レオ様が立ち上がって覗き込みます。
「そんなこと……心にもないこと、言いませんわ。わた、わたくしは……あなたのこと……」
ぽろぽろと流れる涙を必死に止めようとしますが、上手くいきません。
「擦るな、傷付く」
優しい掌の温度を頬に感じて、またじわりと涙が滲みます。
好きです。
囁くような、掠れた声でしか伝えられなかったこの言葉が、あなたに届いてほしい。
そう願って視線を上げれば、驚いたような顔が目に入ります。
ああ、良かった、伝わった。
それが嬉しくて泣きながら微笑むと、まるで顔を隠されるように抱き締められました。
「〜〜っ、その顔は、反則だ!今はまずいから、後でふたりきりになってからにしてくれ!」
ぎゅうっとその広い胸に閉じ込められながら見えたレオ様の耳は、真っ赤で。
ああこれは演技ではなく、レオ様の本心なのですねと、ほっとして抱き締め返したのでした。




