聖夜のドッキリ!?サプライズとは、こんなに素敵なものなのですね5
それからあっという間に一週間が過ぎ去り、ついにクリスマスダンスパーティー当日となりました。
婚約破棄のお芝居については、なかなか言い出せなかった家族にもつい先日打ち明けました。
皆様なにか言いたそうな顔をしていらっしゃいましたが、わたくしの意志を尊重すると言ってくれました。
ランスロットお兄様が『いつでも帰って来ていいんだからね?』と言って下さいましたが、王子に断罪され婚約破棄された娘など、公爵家にとってお荷物でしかありませんもの。
お兄様の気遣いにお礼は言いましたが、当初の予定通り、正式に婚約破棄が整い次第わたくしは公爵家を去ります。
そしてわたくしは平民となって、自由な生活を楽しむのです。
仕事を見つけて、新しい友人を作って、そして素敵な恋も見つけましょう。
全て予定通り、わたくしが望んだままです。
「その割には顔、暗いですよ」
「まあリュカ。ちょっと緊張して寝不足なだけですわ」
パーティー用のドレスに着替え侍女に髪を整えてもらっているところに、リュカの言葉が胸に刺さります。
「はぁ……。そんな顔するくらいなら、馬鹿馬鹿しいお芝居なんてやらなきゃ良いんですよ。お嬢が幸せになれるってんなら分かりますけどね、結局全部損するのはお嬢だけな感じで、胸糞悪いです」
「そ、そんなこと言わないで下さい。大丈夫です!緊張しているだけで、わたくし今からわくわくしておりますから!楽しみですのよ、平民ライフ!」
そんな風になだめても、リュカの顰めっ面は治りません。
どうやら今日のリュカは機嫌が悪いようです。
朝からずっとムスッとしていますし、言葉もいつも以上に悪いです。
「大体あのヘタレは一体なにしてんだよ……」
「はい?へたれ……さんとは、誰のことですの?」
突然知らない名前が出てきて誰かと聞き返したのに、リュカはなんでもないですとそっぽを向いてしまいました。
リュカはリュカなりに、わたくしを心配してくれているのでしょう。
「リュカ、ありがとうございます。あなたがわたくしの侍従になってくれたこと、本当に感謝していますわ」
まだ怜奈の記憶を思い出す前、リュカと出会った時のことを思い出します。
今以上に口が悪くて、人嫌いの猫のようだったリュカ。
けれどその瞳の輝きがとても強くて、美しくて。
『あなた、私と一緒に来ない?』
思わずそう言って服の裾を掴んだのでしたわ。
これまで色々と心配も迷惑もかけてしまいましたわね。
それもあと、今日一日だけ。
「今日、わたくしが無事成し遂げて帰って来たら、笑って下さいね。やりましたね、お嬢!って、いつもみたいに」
鏡越しにかけた言葉に返事は返ってきませんでした。
でもリュカなら、わたくしの望みを叶えてくれるはずです。
なんだかんだいっていつもそうでしたから、最後の今日の我儘もきっと。
「さてお嬢様、出来上がりましたよ!とおっっても美しいです!まるで夜の女神様みたいです!!」
侍女の声に、静かに立ち上がって姿見の中の自分を見つめます。
黒から濃紺、藍、紫と続くグラデーションの美しいドレス。
所々に金と銀の輝きが散りばめられていて、露出が少ないにも関わらず、肢体の美しさをとてもよく見せてくれています。
化粧は元々のくっきりとした顔立ちを際立たせ、紅も自然な色ではない、赤いものを乗せました。
豪奢に纏めた髪も、ドレスや化粧の雰囲気にとても良く合っています。
いかにも悪役!という迫力満点ですわね。
「……夜の女神様というより、女版魔王様降臨!って感じじゃありませんか?」
「やだリュカってば、素敵!それ採用!」
思わず口を出したリュカに、侍女はキラキラと目を輝かせます。
この発言、そしてわたくしの注文にしっかりと応えてくれたことを考えると、どうやらこの侍女は悪役系迫力美女がお好みのようです。
まあ日本舞踊や演劇でも、悪者の役が好き、演じていて楽しい!という方もいらっしゃいますものね。
そう考えると、悪役令嬢も悪くありませんわ。
確認を終えたわたくしは、鏡に向かって思い切り笑い、そして表情を引き締めました。
「さあ、では参りましょうか、リュカ」
今世、一番の大舞台へ。
「それにしても、本当に悪役令嬢を演じるつもりなんだね」
「ふん。悪役だろうがなんだろうが、今宵のセレナよりも美しい令嬢なぞ会場にはいない。それは断言できる」
「おや、それについては同意見だよ。変な虫まで寄って来ないか心配だね」
「そんな虫は俺がたたっ斬ってやる」
「……あの、お兄様方。狭くはありませんの?そして物騒なお話は止めて下さいませ」
会場の学園へと向かう馬車の中。
進行方向の席には、わたくしを真ん中にして、右側にランスロットお兄様、そして左側にはエリオットお兄様が座ってらっしゃいます。
……ぎゅうぎゅう詰めで。
ちなみに向かいの席には悠々とリュカがひとりで座っています。
どう考えてもふたりずつで座るべきですのに、わたくしの隣に座るのは俺だ僕だと、お兄様方が争いになられたのです。
結果、このような席となってしまいました。
……あら?この配置、いつかの時もありましたわね。
ああ、わたくしが前世の記憶を思い出したと告白した時です。
つい数ヶ月前のことですのに、ずいぶんと昔のことのように感じられますわね……。
「良いじゃないか。こうして君と馬車に乗るのも最後になるかもしれないんだから」
そう言われてしまうと、もう拒否することなどできません。
仕方ないです、もうすぐで到着しますし、ここは我慢いたしましょう。
「ランスロット、おまえ……。よくもそんなことをいけしゃあしゃあと言えるな」
「ふふ、駄目だよエリオット。セレナとリュカはなにも知らないんだから」
いたずらに笑うランスロットお兄様とげんなりした様子のエリオットお兄様のやりとりに、わたくしとリュカは顔を見合わせて首を傾げました。
「まあとりあえず、僕達も君のお芝居を楽しみにしているよ」
「気に入らんこともあるが、まあおまえのためならば我慢しよう。しっかりやって来い」
なんでしょう、おふたりがとても協力的ですわ。
邪魔しかねないのではと思っていましたのに、意外でした。
ふたりの態度に目を丸くしていると、馬車がゆっくり止まりました。
「さあ着いたよ、今日の舞台に」
ランスロットお兄様が馬車の戸を開け、エリオットお兄様とふたり、先に降りました。
わたくしをエスコートしようとしてくれているのを見て、そっと腰を上げます。
「…………ですよ」
降りる直前、リュカが何事かを呟きました。
「今日のお嬢、特別綺麗ですよ。悪役令嬢だろうが平民になろうが、俺はずっとあんたについていきます。だから、思いっ切り悔いのないように、やってきて下さい」
仕方ないなと言わんばかりのリュカに、目を見開いて驚いた後、おかしさが込み上げてきて自然と笑顔になりました。
「ありがとう。行ってきます!」
優しく背を押され、わたくしはお兄様方の手を取りました。
ここからのわたくしは、セレナでありセレナではありません。
今日、リオネル殿下に思い切り断罪され、婚約を破棄されるために来た悪役令嬢。
「参りましょう、お兄様」
悪女の仮面を被って、わたくしは一歩踏み出しました。




