聖夜のドッキリ!?サプライズとは、こんなに素敵なものなのですね4
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無理に笑顔を作るセレナになにも言えないまま、レオナールはその背を見送った。
その時、少し離れた場にいたリュカに呆れたような視線を向けられた気がしたが、それにもやはりなにも言えなかった。
ふたりの姿が見えなくなり、はあっと深いため息をついてベンチに座り込んだ、その時。
「ヘタレね」
耳元でそんな声が響いて、レオナールは跳び上がった。
「な、ななな!ブランシャール男爵令嬢!?」
「あーあ、続編のヒーローがまさかこんなヘタレだなんて。ガッカリだわ」
突然背後から現れたミアに、レオナールは座りながら後ずさりをした。
そんなレオナールをよそに、どかりと隣に座ったミアは、じろりとこの国の第一王子を睨んだ。
「どうですか?あたしが言ったこと、当たってたでしょう?」
「……確かに、セレナ嬢はここから離れようとしているように見えた」
数日前、実はミアはレオナールの元を訪れていた。
そしてセレナが自分たちのために悪役令嬢となって、リオネルに婚約を破棄されるつもりでいるのだと告げた。
王子と公爵令嬢との婚約を破棄するためには、それ相応の理由がないといけない。
だからセレナの悪行を断罪するというお芝居を打つのだと。
あんな女に王子妃は務まらないと周囲に思わせるのだと。
しかもそのためのシナリオは、セレナが考え提案してきたものだと、台本まで見せてレオナールに伝えたのだ。
「しかし、そんなお芝居を誰が信じるんだ?セレナ嬢の学園での評判はすこぶる高い。おまえ達の妄言だと言われるのが関の山だろう」
「言ってくれるわねこのヘタレ……」
誰がヘタレだ!とレオナールは即座に返した。
しかし自分でもセレナ相手に上手くやれていない自覚があるので、その言葉はものすごく胸に刺さっていた。
けれど自分は自分で、慎重にいきたいと思っているのだ。
どうとも思っていない女達相手とはわけが違うのだという、自分のこの複雑な気持ちも分かってほしい。
「あたしだって今はもうそんな結末、望んでないわ。セレナ様ひとり悪役にして、自分達だけ幸せになろうだなんて」
少し前まではそうだった。
ここはゲームの世界で、周囲の人間はゲームの登場人物。
モブや悪役がどうなるかなんて、興味なかった。
好感度を上げるためにどう動いて良いかは熟知しているし、こんな人生イージーモードだと思っていた。
でも、違った。
ここは現実で、人には感情がある。
リオネルも、ゲームの中のリオネルじゃない。
優しいだけの彼じゃないことを知った。
それでも彼を支えたいと思ったし、一緒に生きたいと思った。
自分達を冷めた目で見てきた令嬢達のことを知らんぷりしてきたが、お菓子作りの一件以来、少しずつ話すようになった。
踏み出す勇気がなかっただけで、互いに歩み寄れば仲良くなれるのだと知った。
ああ友達ってこんなだったなあって、温かい気持ちを思い出した。
そして悪役令嬢のはずのセレナには、助けられたこともあったし、その予想のつかない言動に惹かれることも多く、今は友達になりたいとまで思っている。
「でもねぇ、だからってこんなヘタレにセレナ様を任せるのも心配なのよね……」
「おい、色んな意味でどういうことだ」
第一王子相手に遠慮なく暴言を吐くミアに、レオナールはこめかみをぴくぴくさせた。
しかし、この女はなにかを知っている。
認めたくはないが、セレナのことについて、少なくとも自分よりも。
「レオナール第一王子殿下」
ミアはきっと鋭い視線をレオナールに向けた。
「あたし、みんなで幸せになりたいと思ってるんです。その中には、セレナ様ももちろん入ってる。あの人が平民落ちしてみんなと離れ離れになることを本当に望んでいるわけじゃないってこと、分かってますよね?」
その真剣な眼差しに、レオナールも神妙に頷く。
自分のことをどう思っているかは置いておいて、彼女が親しい友人や家族とまで別れたいと思うわけがない。
彼女は優しいから、きっとそうすることが最善だと考えたのだろうけれど。
「見たところ、殿下はセレナ様のことが好きみたいですけど。セレナ様のこと、ちゃんと幸せにできますか?今のこの状態で王太子となることを決意したあなたと一緒になるということは、きっと相当な苦労をするはずです」
確かにそうだ。
ただでさえ王太子妃という立場は、多くのことを強いられる。
その上、まだ自分はなんの功績も後ろ盾も持っていない。
その妃となる女性の苦労は、並大抵のものではないだろう。
『大丈夫ですわ、レオ様』
あっけらかんと、なんでもないことだというように笑う、セレナの姿が頭をよぎる。
こんな俺でも彼女となら乗り越えていける、彼女の笑顔を守りたい、共に支え合っていきたいと思ってしまったから。
「……絶対に幸せにするという約束はできない。なにを幸せと感じるかは、その人によって違うから。けれど、彼女に幸せだと思ってもらえるように努力はするし、俺が原因で彼女を悲しませることはしない。それだけは誓える」
というか、振られる可能性もあるから、不要な約束かもしれんがな。
半ばヤケクソにそう継ぎ足すレオナールに、ミアは一拍おいた後、大爆笑した。
「あはははははは!そうね、そうですよね!妃になってもらえると確信しているような勘違い野郎じゃなかったことだけは褒めてあげます」
きゃはははは!と、なおも笑いを収めないミアに、絶対に褒めていないだろうとレオナールは胡乱な目をした。
なぜ俺はこんな虚しい話をしなくてはいけないのか。
むしろ俺があいつを幸せにできなくて、誰が幸せにできるって言うんだ?くらい言ってやれば良かったのか。
いや俺はそんな自信家ではないし、むしろ俺じゃなく、それこそキサラギ皇国のレイゲツや、あのリュカという侍従の方が余程彼女を幸せにできるのではないかと悩みすらしている。
しかし、そうは思うのだが、諦められないのだ。
彼女に側にいてほしい。
彼女と共に歩みたいと、望んでしまったから。
「はーもうおっかしい……。見た目は俺様キャラなのに、中身は全然違うのね」
やっと落ち着いたらしいミアの目には、笑いすぎて涙すら滲んでいた。
見た目との違いがどうとか、そんなこと放っておいてほしい。
フェリクスにも『そんな女には困ってませんみたいな顔してるくせに、意外と純情だよね』と言われた。
俺だって別に好きでこんな見た目をしているわけじゃない。
レオナールが変な敗北感に必死に堪えようとしているところを見て、ミアは今度は穏やかにくすりと笑った。
「でも、あなたのそういうところ、嫌いじゃありませんよ。なんだかセレナ様とお似合いな気がしてきました」
あのちょっと暴走気味なセレナに、これからも振り回されると良い。
きっと彼なら、仕方ないなと笑ってどこまでも付き合って、そして周りの人を笑顔にしていけるだろう。
「さて、それではあたしからの提案です。まあ、もうすでに何人かの協力者達からは了承を得ているので、殿下に拒否権はありませんけどね」
にっこりと、とても良い笑顔で迫るミアに、レオナールは拒否権がないのは提案とは言わないぞ……と呟くことしかできなかった――――。
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