聖夜のドッキリ!?サプライズとは、こんなに素敵なものなのですね3
「怒られて、泣かれた」
「おこ……?泣……?」
予想外の答えに、中途半端なオウム返しをしてしまいました。
よくよく話を聞くと、どうやら幼い頃に慕っていた兄が急にいなくなってしまったことで、色々拗らせてしまったようなのです。
まだ物心ついたかつかないかの年齢で、ショックを受けたのは当然でしょう。
その上第二王子を担ぎ上げようとする輩に、兄上は本当はあなたを嫌っていただの、信頼を得てから裏切るつもりだっただの、良くないことを吹き込まれたのでした。
確かに、状況から考えて疑心暗鬼になるのも仕方ありません。
そうして自分にチヤホヤしてくるだけの連中に囲まれて育ってしまったのです。
それはちょっと、その……、よろしくない育ちをするやもしれませんわね。
「俺が戻らないならいずれとは思っていたが、自分は王位を継ぐことに固執しているわけではない、だが俺がひょっこり帰って来ていたくせに、知らせもくれなかったし他人のふりをしていたことは許せない。……などと言っていたな」
「まあ……。リオネル殿下もレオ様がお兄様だと気付かなかったのですから、お互い様なのではありませんか?」
「幼い頃の朧げな記憶しかなかったのだから仕方ないだろう、便りのひとつもくれなかったし、会いにも来てくれなかったんだから、全部それは俺のせいだ!……と言われた」
どうやら相当兄馬鹿を拗らせたようです。
わたくしのお兄様達もなかなかだと思っておりましたが、まさかこんな身近にそんな好敵手がいらっしゃったとは。
「父も義母も、子育てには少し失敗したかもなぁと言っていた……」
陛下、王妃様……。
分からないものですわね、国をよく治めている賢王でも、子育てに悩むのですから。
毎日お子様に向き合っている世のお母様方は偉大です。
「そんなあいつの心を解してくれたのが、ブランシャール男爵令嬢だったのだろう。彼女だけが、『あなたはどうしたいの?』と、あいつ自身の気持ちがどうなのかを聞いてくれたと言っていた」
リオネル殿下は、その立太子を望む派閥から耳障りの良い言葉だけを囁かれ、殿下はこう思いますよね、こうしたいですよねと勝手に決められてきたのだそうです。
そんな中、真っ直ぐ自分を見てくれるミアさんに惹かれた気持ちはよく分かります。
それにミアさんは本当に心からリオネル殿下のことを想ってらっしゃいますからね、その心が届いたこと、とても素敵だと思います。
「ふふ、リオネル殿下は素直になれていないようですが、ご家族とは和解したということですのね。おめでとうございます」
臣下や国民がレオ様の存在に納得するかは別ですが、とりあえず第一段階は突破したと考えて良いでしょう。
リオネル殿下が王太子とならないのであれば、男爵令嬢という下級貴族の出であるミアさんとの婚姻についても、許しても良いのではという声が出るでしょうし。
そして、そんなリオネル殿下とミアさんのためにも、わたくしはやはり悪役令嬢となるべきですね。
リオネル殿下も、ミアさんという素敵な女性と結婚し、和解したお兄様のレオ様とも協力して、きっと後には良い王弟殿下となられるでしょう。
わたくしとは相容れないままでしたが、根は悪くない方ですから。
そのためにも、ミアさんと打ち合わせた通りに、クリスマスダンスパーティーで婚約破棄を言い渡されましょう。
だから、きっとレオ様とこうしてお会いできるのも残りわずか。
もしかしたら、これが最後かもしれません。
そう考えると、胸がきゅっと痛み、目頭が熱くなってきてしまいました。
「なあセレナ嬢、俺と……」
「申し訳ありません、レオ様。わたくし急用を思い出してしまいましたわ」
涙目を隠すために、少しだけ視線を逸らして。
レオ様がなにか言いかけたのを遮って、わたくしは席を立ちました。
「レオ様、お礼を言いたいとおっしゃいましたが、わたくしには不要ですわ。今までのレオ様の努力と、お人柄あってこその結果ですもの。これからキサラギ皇国とも関わりを持つことになるかもしれませんし、どうか頑張って下さいませね」
滲みそうになる涙をこらえて、無理矢理笑顔を作ります。
アンリ様とお手紙のやり取りができるようになればとのお話をしたものの、キサラギ皇国の皆様とお会いする機会は、恐らくもう二度とないでしょう。
それに、エマ様やジュリア様、ミアさん。
この世界のお父様、お母様、お兄様方やリュカ、少しだけ仲良くなれた侍女達とも会えなくなります。
悪役令嬢を目指すと決めた時は、こんな気持ちになるだなんて思いもしませんでした。
それだけこの世界で大切なものを作れたということでもありますが、こんなことなら皆様と親しくしなければ良かったのかもしれないと、一瞬だけそう思ってしまいました。
けれど。
それでもやはり、今までの大切な出会いをなかったことにはしたくはありません。
いつの間にこんなに我儘になってしまったのでしょう。
「わたくし、いつまでもレオ様を応援していますわ」
できることなら、あなたの側でそうしたかった。
ですが、一週間後にわたくしはリオネル殿下の婚約者ではなくなります。
そして、貴族ではなくなります。
この学園にも、通えなくなります。
あなたとの接点が、なくなってしまうのです。
離れたくないと、素直にそう言える関係だったら良かったのに。
「慌ただしくて申し訳ありません。ご機嫌よう、レオ様」
せめて、あなたの記憶の中で少しでも綺麗な自分でいたくて。
泣いて縋りたい気持ちを押し殺して、わたくしは笑顔で別れを告げました。




