リュミエール公爵家はこんな家族でしたのね3
お兄様達にも驚きましたが、母上様はともかく父上様までわたくしを愛して下さっていたとは。
以前のわたくしも家族の皆も、少しだけ不器用だったのかもしれませんね。
ですが、今のわたくしを愛して下さるかどうかは、分かりません。
如月怜奈としての中身が強いわたくしを、娘だと、妹だと認めてくれるでしょうか?
愛する家族の身体を、怜奈が乗っ取ったのではと考えたりはしないでしょうか?
上手く説明はできませんが、わたくし自身は、セレナとわたくしが同じ人間だということが分かります。
だけど、それを信じてはもらえるでしょうか……?
そう考えると、リュカだって今のところは味方になってくれていますが、本心ではどう思っているのか分かりません。
以前のわたくしもちゃんと愛されていたのだと喜ぶべき時なのに、それと同時に怖くもあります。
急に猛烈な不安に押し潰されそうになり、わたくしは俯きました。
その時、かたかたと小さく震えるわたくしの肩に、いつの間にか隣に座っていたランスロットお兄様がそっと触れました。
「急にどうしたんだい?すごく中身が変わったなと思ったら、またいつものように背を丸めて俯いて」
少しだけ目線を上げると、ランスロットお兄様は穏やかな微笑みを浮かべていました。
「今までちゃんと言葉にしてこなかったから、これからはちゃんと伝えるよ。僕達はいつも君の味方だ。不安なことがあるなら、話してみると良い」
その優しい声に、ほろりと涙が流れました。
これは、記憶を取り戻す前の、セレナの心が流した涙でしょうか。
前世の記憶が戻ったという話を、正直に話しても良いのかは分かりません。
けれど、ずっと黙っているのは、家族を騙しているようでいけないと思いました。
いえ、ただわたくしが耐えられなかっただけかもしれません。
ですから、わたくしは肩に置かれたランスロットお兄様の手をきゅっと握りしめて、口を開いたのです。
前世のわたくしのことも、転生したことも。
何もかも、全てお話しするために――――。
「――――ですから、わたくしはこのように、昨日までのわたくしとはすっかり変わってしまったのです」
ああ、結局全部語ってしまいました。
最初は、お兄様達にただ悪役令嬢になりたいと話すだけのつもりだったのに。
けれど、これで良かったのかもしれません。
いつかは、話さなければいけない時が来るのでしょうから。
もしもここで家族から罵倒されたり泣いて責められたりしても、受け入れないと。
公爵家から追い出されるかもしれませんね。
そうすればリオネル殿下との婚約もなかったことになるでしょうし、回りくどいことをしなくても、殿下はミアさんと幸せになれます。
なれば、おふたりにとっては良いことなのでしょう。
わたくしも、平民になって好きなことをして暮らしても良いかもしれませんね。
実は婚約破棄された暁には、公爵家を出て平民になろうと密かに思っていたのです。
そうなれば、恋愛も自由ですし、もしかしたら運命の人に出会えるかもしれません。
そう考えたら、家族やリュカ達と離れるのは辛いですが、わたくしにとってそんなに悪いことではないはず。
その時期が少し早まるだけのこと、絶交されようと追い出されようと、そのまま受け入れましょう……。
「なんだか良くないことを考えているみたいだけど。セレナ、ちゃんと僕達の方を見てくれないかい?」
ひとり満足してこの先のことを考えていると、ランスロットお兄様から優しく声をかけられました。
その声の柔らかさに驚きつつ顔を上げると、皆の表情は、わたくしが予想していたものとは、随分違っていました。
ランスロットお兄様と母上様は、穏やかな笑みを。
父上様とエリオットお兄様は、泣くのを堪えたような顔をしていました。
「ええっと……あの」
「よく話してくれた、セレナ」
戸惑うわたくしを、父上様が見つめています。
「お前の話を聞いて、その変化に全て納得がいった。だが、前世の記憶が戻ったといっても、セレナはセレナだ。むしろ、こうしてきちんと話をする機会をくれたことに、感謝している」
「そうね、ちょっとした仕草は変わっていないし、色々といらぬことまで考えてしまうところも一緒ね。ふふ、ポールにあなたのことを聞いて、どんなに変わってしまったのかと思ったけれど、安心したわ」
母上様も、そう言ってにこりと微笑んでくれました。
「あなた、まさか私達が元のセレナを返して!なんて怒るのではと思ったのではなくて?馬鹿ねぇ、あなたはあなた。私達のかわいい娘よ」
わたくしを娘だときっぱりと告げた母上様に、お兄様達も頷きます。
「まあちょっと驚きはしたけどね。別に昨日までのセレナが死んだわけじゃない。ちゃんと、セレナ・リュミエールとして生きている。むしろ、背筋を伸ばして、美しさと強さに自信を持った姿を見ることができて、僕は嬉しいんだよ」
「……俺は、記憶を取り戻して色々と混乱もあるだろうに、そうやって人のことばかりを考えるお前は、昨日までのセレナと変わらないなと安心している。昨日今日との学園でのことも聞いている。どうせあの第二王子のことも、身を引こうとか考えているんだろう?」
……いえ、ランスロットお兄様。
セレナが美しいのは元々で、わたくしはただ見せびらかしたかっただけと言いますか……。
そしてエリオットお兄様。
身を引こうとかそういうわけではなく、そもそもわたくしは殿下に興味がないので……。
「そして前世の母君のなんたる高尚なお言葉……。同じ母として、尊敬します!」
あ、母上様、それについては同意ですわ。
前世の母上様は本当に素晴らしい方でしたもの!
うんうんとわたくしが嬉しそうに頷けば、安心したように皆も微笑みます。
少しだけ和んだ空気に、父上様がこほんと咳払いをしてから口を開きました。
「それにしても、父も母もふたりでは、何かと不便ではないか?セレナの呼ぶ、父上様・母上様とは、前世の父君・母君の印象が強いのだろう?私達のことは、以前のように、お父様・お母様と呼んではどうだ?」
「そうね。前世のご両親のこともあるから複雑かもしれないけれど、私達のこともちゃんと家族だと見てくれると嬉しいわ」
「!もちろんですわ!お父様とお母様にも、とても感謝しておりますもの……!」
迷いなくそう言い切れば、おふたりはほっとした表情を浮かべました。
わたくしがそうだったように、お父様とお母様も、わたくしが父母と慕ってくれるだろうかと不安だったのかもしれません。
「もちろん前世の両親のことは、今でも大切に思っています。けれど、お父様もお母様も、お兄様方も。わたくしにとって、とても大切な家族に変わりはありません」
前世の記憶も全て含めて、わたくしだと。
父上様や母上様のことを忘れなくても良いのだと、そう言ってくれました。
そんな人達が、わたくしの家族だなんて。
「わたくし、とても幸せです」
この生を与えて下さった神様に、感謝です。