思い出話に花を咲かせましょう6
レオ様は、自分の生い立ちや王太子を目指すと決意したこと、そしてわたくしがいない間にレイゲツ様達と話したことなどをお話しして下さいました。
「…………」
「セレナ嬢?……そうだな、すまない。急にこんなことを言われても困るな」
「いえ、違うのです!」
寂しそうな顔をして体を引こうとしたレオ様の袖を、きゅっと摘んで引き止めます。
困った訳ではなく、わたくしは……!
「申し訳ありません、まさか四つも年の離れた大先輩だとはつゆ知らず!」
「……は?」
焦ったわたくしの発言に、レオ様は目が点になってしまいました。
「いえ、わたくしレオ様もフェリクス殿下も十九歳だと思っておりましたの。少し年上、くらいの感覚でおりましたので、その、今まで少々馴れ馴れしくしてしまって、ご不快な思いをされてはいないでしょうか……?」
まさか二十歳を越えた大人の男性だったなんて!
前世基準ではありますが、未成年と成人とでは随分違った印象になりますもの。
ああでも、確か前世では十八歳から成人扱いに変わったのでしたわ。
いえ、それでもお酒は変わらず二十歳からでしたし、やはり大違いですわ!
「ええと、俺の話を聞いてまず思ったことがそれなのか?」
「ええ。わたくしったら、今まで大変な失礼を」
戸惑うレオ様を見ていると、逆にこちらは少し冷静になってきました。
ああそうですわ、きっとレオ様は年の差なんて気にしない類のお方なのですね。
ですがわたくし前世の記憶が戻ってからというもの、長幼の序というものが気になって仕方がないんですの。
やはりお年を召された方にはそれなりの敬意を払わなければいけませんし……。
「みっともないとか、今更そんなこと言っても遅いとか、そんなことは思わなかったのか!?」
「はい?そんなこと思うわけありませんわ」
レオ様ったら、なんてお門違いなことをおっしゃるのでしょう。
「むしろ、幼い頃にそのような環境におかれましたのに、捻くれることなく真っ直ぐご成長なされて、素晴らしいと思いました。自分の不遇を人のせいにする者、逃げるだけで考えることすら放棄する者、そんな人間も多いのですよ」
わたくし前世では、日本舞踊で様々な演目をこなしてまいりました。
日本舞踊とは、能や歌舞伎の影響を濃く受けて生まれたものですが、その中には歴史上の人物が出てくるものも多く、愚かな帝や権力者が出てくるものもあります。
ですが、レオ様はそんな物語の愚者達とはまるで違いますわ。
「これではいけない、どうすれば良いのかと自問自答しながら迷って、なにがいけないのです?それに、レオ様は変に虚勢を張ることも、本当の心を偽ることもしておりません」
レイゲツ様にだって、事実を正確に話さなくても良かったはず。
自分はなにも持っていないと認め、正直に明かすことができる人間は、どのくらいいるものなのでしょう。
レイゲツ様は、言い訳などせず、ただ真っ直ぐに助けを求めたレオ様の誠実さを気に入ったのではないでしょうか。
「きっと、前王妃様やセザンヌのご親戚達がとても良い方ばかりだったのですね。ご友人のフェリクス殿下も、とても素敵な方ですもの。“類は友を呼ぶ”と申します。レオ様のお人柄こそが、素敵な方々を惹き付けたのだと思いますよ」
もしも傲慢な人間だったら。
自分の立場だけを主張し、驕り高ぶる人間だったら。
努力することを怠る人間だったら。
皆様は、レオ様を助けようと思われたでしょうか?
「うーん、やはり前王妃様の教育が良かったのでしょうね!お亡くなりになってからも、時折その言葉を思い出していたとおっしゃっていましたね。きっと天から見守って下さっているのでしょう」
穏やかな秋の空を見上げます。
夏の真っ青な空のような清々しさはありません。
けれど、豊かな実りを願うような優しさに溢れています。
「……しかし俺は、母上が言っていた“井の中の蛙”でしかなかったと自分で思っている」
「まあ、なぜそう思うのです?」
「結局、狭い世界でしか物事を見れなかったからだ」
お前のような深い知識も持っていないしなと、どこか自嘲めいてレオ様が答えます。
まあ、レオ様ってばそんなに俯いて。
わたくしの知識など、前世の記憶があるから知っているというだけのものばかりですのに。
「“井の中の蛙 大海を知らず”ですか。わたくしが知っているその言葉には、続きがあるのです」
体格の良い男性が背を丸めて落ち込んでいる姿がかわいらしいだなんて、第一王子殿下に対して失礼ですわね。
けれど、この人の助けになりたい。
励まして差し上げたいという、優しい気持ちにさせてくれる方です。
「“されど空の深さを知る”。だからこそ、ひとつのことを深くまで知れることができる。真っ直ぐに見つめることができる。その志の高さを感じることができる。色んな意味に取ることができますね」
この空はどこまで深いでしょうか。
淡い色合いの空は、どこまでも優しい。
「そしてあなたは逃げたとおっしゃいましたね。それでも、その狭い井戸から出る勇気をお持ちでした。高く跳ぶためには、ぐっとしゃがみ込む必要があるのです」
しゃがみ込んで、それでも井の中から出ない選択肢もあった。
けれどレオ様は、そこから出て新しい世界を知り、新しい自分を作っていこうと決心されたのです。
「その心が高潔であることを、わたくし達は知っています。どうか怖がらないで下さい。あなたの周りには、たくさんの人がおりますわ」
まだなにも持っていないのならば、これから築き上げれば良い。
周りに助けてくれる人がいれば、それは叶うはず。
ひとりの力でできることなど、そう多くはありません。
その誠実さを忘れなければ、あなたは人に愛され、助けられる国王になれるはず。
「きっと前王妃様……お母上も、天からあなたを助けて下さいますわ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。……え、きゃっ!」
感謝の言葉に笑顔で返せば、その逞しい胸に体を引き寄せられました。
「あ、あの!レオ様?」
「頼む、しばらく、このままで」
びっくりしてもぞもぞと体を捩ると、耳元で微かに震える声がしました。
……泣いていらっしゃるのでしょうか?
微力ではありますが、わたくしの言葉が少しでもレオ様のお心を慰めることができたのなら良いのですが。
それにしても、時々母上様の言葉を思い出すなんて、わたくしとレオ様は似ていますわね。
お互い、素敵な母に恵まれました。
縋るように、けれどわたくしを壊さないようにと優しく抱き締めるレオ様に、わたくしも大人しく待つことにしました。
肩越しに見える秋の空は、とても美しく。
リオネル殿下のこともありますし、これで一件落着とはいかないはずです。
恐らくこれから冬の時代が来るでしょう。
けれど、その先には温かな春が来ることを信じて。
「大丈夫、レオ様にならできるはずです」
その時、あなたの側にいられないということだけが、心残りではありますけれど。
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。
やっとレオの気が済んだところで……
お知らせです。
ちょっと本職などお仕事の都合もあり、明日より毎日の更新が難しくなりそうです。
でも、ラストまであと少し!と踏んでおりますので、なんとか最後まで書き上げたいとは思っております。
これからゆっくり更新になるかもしれませんが、お待ち頂けるととても嬉しいです(T_T)




