思い出話に花を咲かせましょう5
父と義母と話をつけ、そして彼女の兄であるランスロット殿にも正体を明かした後、そろそろオカユとかいう料理を振る舞っている頃かと思いふたりで使者達の部屋を訪ねると、扉を開いた瞬間目に飛び込んできたのは、驚きの場面だった。
『ありがとう。感謝している』
セレナ嬢の目の前に立ち、その繊細な手を握って自身の額に寄せる、レイという使者の姿だった。
俺もランスロット殿も、しばらく固まってしまうくらいに驚いた。
その後に湧き上がってきたのは、苛立ち。
『……いつまでそうしているおつもりですか?』
大切な賓客だ、努めて笑顔を作ったつもりだったが、こめかみがぴくぴくと痙攣していたと思う。
そしてそれは隣のランスロット殿も同じだったようで、怒りが隠し切れていなかった。
そんな俺達の醸し出す空気に気付いているのかいないのか、レイ殿はセレナ嬢に婚約者がいるという言葉に反応した。
アンリという女性の使者に、お相手は俺かと聞かれた時に違うと答えるのは、正直ものすごく嫌な気分だった。
セレナ嬢も沈んだ表情をしており、弟と上手くいっていないことを憂いたのかもしれなかった。
そんな妹の様子を気遣ってか、ランスロット殿が料理のことへと話を変えた。
あれは、以前食べた……。
おはぎ、というのか。
ランスロット殿が含みを持たせたことを話すと、レイ殿の視線が俺へと向けられた。
『セザンヌ王国からの留学生らしいですよ?』
分かっているくせに、どうやらセレナ嬢とは違い、この公爵家の嫡男はなかなか良い性格をしているらしい。
しばらく三人で睨み合っていると、不意にランスロット殿がセレナ嬢に退室を促した。
予想外の光景にすっかり忘れてしまっていたが、本来の目的は使者達と話をすることだ。
本題に入らねば。
心配そうな様子のセレナ嬢のことは気になるが、今はこちらを優先させるべきだ。
控えめな音を立てて扉が閉じられると、レイ殿の雰囲気が一変した。
『それで?大切な話とはなんですか?』
丁寧な口調だが、その声には覇気のようなものを感じる。
彼は、只者ではない。
『……私はレオナール・ルクレール。この国の、第一王子です』
『それはそれは。わざわざ挨拶に出向いて下さり、感謝致します』
恐らく小細工など通用しない。
恩人であるセレナ嬢に対する態度とは、全く違う。
疑いの目、試してやろうという表情をしている。
キサラギ皇国の者は、恩義に厚い一方でとても慎重で疑い深い性格をしている。
そして礼節と誠実さを重んじる。
恐らく彼もまた、下手に隠し事をしたりすると即座に俺を切り捨ててしまう気がする。
『僅かではありますが、キサラギ皇国の血も引いております。あなた達が墓参りに行った媛君の、子孫です』
そこでぴくりとレイ殿の表情が変わった。
『成程。腹違いの第二王子との後継者争いを避けるために、セザンヌに逃されていたのでしたね。さて、それを我々に告げて、どうしようというのです?』
逃げた先まではそう知られていないはずなのに、そんな情報まで掴んでいたのかと舌を巻きつつ、ここで引くわけにはいかないと気を引き締める。
『……もう、逃げるのは終わりにした。あなた方とこうして出会えたのも、なにかの縁。キサラギ皇国に、俺の立太子を後押ししてほしいと思っています』
俺に交渉できる材料は、ほとんどない。
彼らの気を引く事ができるのは、唯一俺の中に流れるキサラギの血。
『今の俺は、ほとんどなにも持っていない。しかし、守りたいものができたのです。もしあなた方が、この先ルクレール王国と繋がりを持とうとするなら、どうしたって次代の王が愚王であってほしくないと思うはずです』
そこでレイ殿は眉間に皺を寄せ、話の先を促した。
キサラギ皇国が恩を感じて多少なりとの親交を持とうとするだろうという意味もあるが、俺は親族に聞いたことがあった。
キサラギ皇国は、閉鎖的な考えの者ばかりではないのだと。
彼らが見せるちょっとした姿からは、この国に興味を持っているように感じられた。
『ですから、今すぐにでなくても良いのです。この滞在中、そしてこれからの私を見て、親交国の王太子に相応しくないと思われたなら、仕方がありません。しかし、そうでないのなら』
共に、国を良い方向に導けるような繋がりを持ちたい。
互いの良いところを認め合い、新しいものが生まれるかもしれない。
古き良きものと新しいもの、そのどちらも大切にしていきたい。
『私は、曾祖母の愛した国と、話がしたいと思うのです』
これが、俺が交渉できる全て。
『……ふむ。第一王子殿下のお考えは、良く分かった』
それまで黙って耳を傾けていたレイ殿が、ここでようやく口を開いた。
『それについては要検討、とだけ伝えておこうか。それとひとつ、私からの課題だ』
そうして彼は、自分の本当の名はレイゲツだ、帰国までにその正体を暴いてみろと変な課題を出してきた。
その上、幾分口調が横柄なものになった気がする。
なんのことだかさっぱりだったが、今になって考えると、その態度すらも課題のヒントだったのだなと思う。
まあ、俺がその答えに気付けたのは、セレナ嬢のおかげなのだが。
その後は別の話題になった。
セレナ嬢の婚約者とは誰だだの、相手を連れて来いだの、彼女ならキサラギ皇国に来ても良いだの、ほとんどがセレナ嬢の話題なのに、俺とランスロット殿は苛々していた。
大した意味はないとか言っていたが、確実に興味を持たれている。
アンリという使者がにやにやと俺達のやりとりを眺めているのに気付いたのは、少し時間が経ってからだった。
まあこちらが素直に伝えた分、彼らも一歩歩み寄ってくれたのだろうとは思うので、喜ばしいことなのだろうが。
しかしよく考えてみれば、レイゲツ殿と俺は遠い親戚にあたるのだ。
もし俺が王太子として認められたなら、彼とももっと話をしていきたい。
互いに王と皇帝となった時に穏やかな関係を持てると良いなと、そうなれるようにこれから努力しなければなと、また新たな決意をしたのだった。
* * *
なんとか過去を含めたレオ目線の話、終わりました。
セレナが踊っている場面など、宴の間のレオの心情については、番外編で書けたらなぁと思っています。
需要があれば……笑




