思い出話に花を咲かせましょう3
セザンヌ王国に渡ってからは、様々な驚きと発見の日々だった。
国の外に出たからこそ見えるものも多かった。
母はキサラギ皇国の媛が嫁いだ公爵家の、直系の娘だった。
母の生家の者たちもとても良くしてくれたし、母同士が従兄弟だという、同い年のセザンヌの第三王子とも馬が合った。
親族と接することや生家で過ごすことで、あちらこちらで母の気配を感じることもできたし、友人もそれなりにできたから、寂しさをあまり感じなくなった。
そういう意味ではここに送ってくれた父に感謝したい。
公爵家の人間は、基本的には穏やかな気性の者が多い家系で、俺のこともずっとここにいても良いと言ってくれた。
無理をして後継者争いをする必要はないと。
しかし、中には母のような過激……いや感情豊かな者もおり、その親族達は第一王子は俺だぞとルクレール王国に抗議すればよい!と憤慨していた。
俺はどちらの選択肢も与えてくれる親族の態度が、とても嬉しかった。
そうしていつしか、考えるようになった。
俺はこの先、どうしたいのだろうかと。
ルクレール王国の第一王子であることを主張し、王太子となるべく国に戻るのか。
もしくは王位は諦め、弟の補佐役として国を守るのか。
それとも、母国に混乱を招くようなことはせず、このセザンヌ王国で穏やかな暮らしを続けるのか。
『たわけめ、自分の頭で考えんか。人に決められなければ動けぬような男になるなよ』
もう十数年前、そんな風に母に怒られたことがあったような気がした。
父と義母からも、後継者についての争いは随分落ち着きを見せてきたが、追い出しておいて無理矢理連れ戻すようなことはしない、意志を尊重すると言われている。
ならば、今のルクレール王国の現状を自分の目で見て、決めたいと思った。
遠くから見えるものもあるが、近くでしか見えないものもある。
『国とは人じゃ。そなたも一国の王子を名乗る者ならば、ゆめゆめ忘れるでないぞ。そなたの一挙一動で民の人生がまるっと変わってしまうのじゃ。思慮深くあらねばならん』
もう朧気だと思っていた母の言葉が、最近になって突然こうやって思い起こされることがある。
それは天から俺を見守ってくれている母からのメッセージなのかもしれない。
それにしても、感情の起伏が大きい母には言われたくはないと反論したくなる台詞だ。
そう考えると、自然と吹き出してしまった。
自分が立場を主張することが国を乱すことになるのならば。
レオナールという名を、もう二度と使わないことも覚悟しなければ。
そうして俺は、公爵家の分家の姓を借りて、レオ・アングラードとしてルクレール王国へ還ることを決めた。
『あれ、知らなかったのかい?私も一緒に行くんだよ?嬉しいだろう』
公爵家の力を借りて、ルクレール王国の学園に留学することになった。
出立の二日前、友人であるセザンヌ王国第三王子のフェリクスがそんなことを言い出した。
ちなみに俺は今年二十一歳になるが、留学という名目で特別に編入させてもらうことになっていた。
どうやらフェリクスも同じ手を使って編入するつもりらしい。
突拍子もない発言に、なにを馬鹿なと顔を顰めれば、フェリクスは婚約者の母国を知ることも大切なことだからなどと言う。
ただ単に愛しの婚約者と過ごす時間を増やしたいだけだろうと呟くと、あははと曖昧に笑われた。
『まあまあ。それを否定はしないけれど。でもね、君が心配なのもある』
友人からの思わぬ言葉は嬉しかったが、それを素直に表に出すことはできず、好きにしろと素っ気なく返した。
『それに、君があちらに残るつもりならば、お相手も探さないといけないからね。君は顔が良いから嫌というほど向こうから寄ってくるけれど、誰も相手にしていないだろう?そういう免疫も見る目もないだろうから、僕がきちんと精査してあげるよ』
『余計なお世話だ』
イラッとしてそう答えたものの、フェリクスの言うことは正しかった。
もしも王太子となることを決意するならば、それなりの縁談が必要だ。
自然、学園に通う令嬢達が候補となる可能性もある。
『異母兄弟も、同い年の婚約者がいるんだろう?』
『興味ないな』
そう言ってはみたものの、弟のことが気にならないわけがなかった。
どのように育ったのだろう、幼い頃に別れてしまったから随分変わってはしまっただろうが、会いたい。
また兄と呼んで慕ってもらえる日が来るのだろうか。
兄貴面するなと言われてしまうかもしれない。
そもそも、兄だと名乗らずに終わる可能性だってある。
願わくばあの頃のまま、父や義母に愛されて元気で素直に育っていてほしい。
複雑な思いを持ちながらも、そう思わずにはいられなかった。
期待と不安が入り交じる中ルクレール王国へと帰還して一ヶ月、俺は未だに決断できずにいた。
というのも、弟のことがあったからだ。
どうやらあの素直でかわいらしかった弟は、随分甘やかされて育ったらしく、傲慢とまではいかずとも、少し奔放さが目についた。
婚約者であるリュミエール公爵令嬢ではなく、ブランシャール男爵令嬢にかなり入れ込んでいたのだ。
確かにブランシャール男爵令嬢は小柄で庇護欲をかき立てるかわいらしい風貌をしている。
それに対してリュミエール公爵令嬢は長身に少しキツめの顔立ち、恐らく好みの問題があるのだろうが、弟はこの婚約に不満を持っているようだった。
だからといって、王族と公爵家の婚約をそう軽くみてはいけない。
それがなぜ分からないのだと思わず深いため息が零れた。
『随分とお悩みだね。まあ、あんな様子じゃ仕方ないか』
フェリクスが窓の外へとちらりと視線をやった先には、ブランシャール男爵令嬢と仲睦まじくおしゃべりを楽しむ弟の姿があった。
『不肖の身内を持つと、苦労するねぇ。けれど、そろそろ気の迷いでは済まされなくなってきたよ。リュミエール公爵令嬢に対して、不満をぶつけ始めたらしい』
なにをやっているんだあいつは……とまた深いため息が零れた。
『公爵家を本格的に怒らせる前に、どうにかしなくてはね。というか、これはもう君が継ぐしかないんじゃないか?』
他人事のように言われてまた眉を顰めたが、確かにこれでは俺の意志がどうこうという話ではない気がする。
しかし、俺こそ王子としての責任を放棄しているから人のことは言えないな。
せめて公爵令嬢との関係がなんとか改善されれば良いのだが……。
恋をしろとは言わない。
互いに尊重し合える間柄になれば。
それが、王族の婚姻に求められるものなのだから。
では自分はと考えて、そこで思考を止めた。
まさか自分に限って恋に溺れることはないだろう。
この時は、そう思っていたから。




