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【書籍化&コミカライズ】前略母上様 わたくしこの度異世界転生いたしまして、悪役令嬢になりました  作者: 沙夜
本編

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思い出話に花を咲かせましょう2

* * *


母との思い出は、もうほとんどが朧げだ。


けれど、いくつか印象的だった出来事やとても黒髪の美しい人だったこと、その綺麗な顔に似つかわしくない、意外と豪胆なところのある人だったことは覚えている。


『そなた、そんなことでは嫁の来手がないぞ?せっかく獅子をもじった名を付けたのじゃ。強く、逞しくあれ。ほれ、剣を持って立て』


王妃という地位にありながら女だてらに剣を振るい、幼い頃に懐いていた祖母譲りだという独特の口調も、この国では変わっていた。


『その菓子が気に入ったか?それはの、母の祖母、つまりそなたの曾祖母が教えてくれたものじゃ。祖国の食べ物だそうでの。ほら、頬についておるぞ』


普通高貴な女性は菓子作りなどしないものだが、母は何度か作ってくれたことがあった。


その中でも、一度か二度しか口にしたことのない黒い地味な菓子。


『……おひとつ、召し上がってみます?』


もうほとんど忘れかけていた記憶を思い出させたのは、そう言われて何気なくつまんだもの。


なぜ彼女がと思いつつも、ゆっくりと噛んで味わったその菓子は、懐かしい味がした。






俺の本当の名前は、レオナール・ルクレール。


ルクレール王国の第一王子だ。


そして母はセザンヌ王国の公爵令嬢。


その祖母は熱愛の末にセザンヌ王国に輿入れしてきたという、キサラギ皇国の媛。


とはいっても、俺自身が生まれた時にはその祖母も既に亡くなっていたし、キサラギ皇国民特有の褐色の肌も受け継いではいない。


それに、幼い頃から母や騎士達から稽古を受けた剣術は自分でもそれなりだと自負しているが、魔法に関しては皇国民のように特別優れているわけでもない。


そんなこともあって、あの閉鎖的なキサラギ皇国の血筋だと奇異な目で見られることはほとんどなかった。


まあ曾祖母もその子どもたちも子だくさんだったという話だからな、俺の代までくるとキサラギ皇国の血筋だと知る者はほとんどいないだろう。


それに、母と父はとても仲睦まじく、あんな母ではあったが臣下にも民にも慕われていた。


……それを面白く思わない連中がいたことは、仕方がないと言えば仕方のないことなのかもしれない。


だから俺は国外に逃されたのだ。






母を喪ってすぐ、新たな妃が立った。


それは、母の侍女を務めていた女性で、俺のこともよくかわいがってくれていた。


そしてそれは母の意志を継ぐべく父と結婚して、子どもを産んだ後も変わらなかった。


腹違いの弟ができたことを、素直に喜べるなんて思わなかった。


『あら、しっかり手を握って……。ふふ、お兄ちゃんのことが好きなのね、きっと』


義母の言葉と弟の柔らかな手の感触が嬉しかったことを、今でも覚えている。


母がいなくなった哀しみを少しずつ雪いでくれたのは、そんな家族の温かさだった。


それに応えるように、俺もますます剣術や勉学に励んだ。


尊敬する父や義母、弟に誇りに思ってもらえるような人間になりたかったから。


それをちっとも苦に思わなかったし、むしろ新しいことを学べる喜びも感じていたため、この時の俺は毎日が楽しかった。


だが、そんな平穏な日は長くは続かなかった。


『え……セザンヌ王国へ、留学?』


『そうだ、今このままここにいるのは危険だ。母の生家を頼って、そちらでしばらく精進しなさい』


国王である父は、苦い顔をしてそう言った。


後継者として俺を推す派閥と、弟のリオネルを推す派閥との間が緊張状態にあるとのことだった。


父も義母もなんとか収めようと努めてきたのだが、このままでは民の暮らしにも影響が出てしまう。


その時の義母は身重で、まだ幼いリオネルを遠くへやるのは義母の身体にも影響を与えかねなかったのだ。


『この争いが落ち着いたら、必ず戻れるように私達も努力する。……行ってくれるか?』


拒否するという選択肢は、俺にはなかった。


父も義母も苦しんでいる。


おしゃべりだけは堪能になってきた弟も、まだまだ幼く母の温もりが必要だ。


けれど、俺は。


『……母の育った環境にも興味がありましたし、また新しいことを知る良い機会です。俺は大丈夫です』


半分本当で、半分は嘘だ。


大丈夫なんかじゃない、俺だって怖かった。


けれど……。


『井の中の蛙でいてはならんぞ。広い世界を見ると良い。多くを学び、多くの考えを知り、そなたが是と思うものを選ぶのじゃ』


『いのなかの……?なにそれ、よくわかんない』


まだ喋りの辿々しかった頃にかけられた、母の言葉。


狭い世界でこれが全てだと判断するなということを言いたかったのだと知ったのは、母が亡くなった後のこと。


今思えば、キサラギ皇国という閉ざされた国から飛び出した曾祖母の言葉だったのかもしれない。


その時の俺は、その母の言葉だけを心の支えに国を出た。


だから、胸に響いたんだ。


『新しいものと古いもの、そして国外のものが共存できる国を作れば良いのですから』


違うものだと排除するのではなく、それを受け入れること、そこから新しいものが生まれることだってあるのだと当然のように口にした彼女の言葉が。


多くを学び、多くの考えを知り、自分で選んで創り出す。


自分がこれまでやってきたことが無駄ではないのだと、言ってもらえた気がした。

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