春を告げるべく、わたくし舞います!7
「大変失礼致しました。暗殺者達の侵入を許してしまうとは……」
「いえ、忍びたちはどこからでも侵入してきて、それを防ぐのはかなり困難なことですから。それに元々奴等の狙いは私、巻き込んでしまい申し訳ない」
この世界にも忍びがいらっしゃいますのね。
陛下の謝罪にレイゲツ様も申し訳無さそうに答えます。
あの後、無事に暗殺者……忍び達を迎え討ち、別室にて仕切り直しとなりました。
「それはそうと……レオ殿は、昨日の私の問いの答えが分かったようですね」
レイゲツ様がちらりとレオ様に目を向けます。
「……ここで、話しても?」
「ええ、どうぞ」
今室内には、キサラギ皇国のお三方の他に、両陛下とリオネル殿下、そしてフェリクス殿下、ランスロットお兄様とわたくし、最後にリュカがおります。
ハル様とアンリ様はともかく、他の者に聞かれても良いのかとレオ様が確認をとりました。
「昨日私はそなたに言ったな。私の正体を暴いてみろと。そして本名を明かした。私のレイゲツという名前を知り、そなたはどう推理した?」
しかしレイゲツ様はそれをもろともせず、早く答えてみろとでも言いたそうな余裕の表情です。
「……昨日、セレナ嬢に聞いた。レイゲツとキサラギとは、同じ意味を持つのだと」
そういえばその話をした時、レオ様の様子が変わりました。
わたくしの戯れの話などに、一体なぜと思ったのですが……。
「どちらも二月、早春を表す言葉だとか。俺、いえ私はある人物に聞いたことがあるのです。キサラギ皇国の皇族は、その名に国を背負っていると」
それは、まさか。
しかし当事者のレイゲツ様は、それを聞いてもなお、無表情です。
「幼い私はその意味がよく分からなかった。皇族が国を背負うというのは、どの国だって一緒だろうと。けれど、違った。その言葉通り、皇族には国名と同じ早春――――二月を表す言葉が名付けられるという意味だったのでしょう」
レオ様が真っ直ぐな眼差しを向けると、そこで初めてレイゲツ様の口の端が少しだけ持ち上がりました。
「そして同行していたおふたりの名前。ハルとアンリ。彼らの名前もまた、春にちなんだ言文字に変換できるとセレナ嬢は言いました。……皇族の従者を代々務める一族は、皇族に近しい、春に関係する名前を持つらしいですね」
ぱっとハル様とアンリ様の方を振り向くと、わたくしの視線に気付いたおふたりは、にっこりと微笑まれました。
「それも一族からふたりも側に置くことを許されている。……あなたは、キサラギ皇国の皇太子、もしくは、かなり皇位継承順位の高い皇子なのではないですか?」
レオ様が出した答えに、レイゲツ様は満足そうに微笑んだ後、ゆったりとした動作で両陛下の方へと向き直りました。
「改めて、ご挨拶申し上げます。わたくしはキサラギ皇国皇太子、レイゲツ・キサラギ。正体を隠してこの国に滞在していたこと、深くお詫び申し上げます」
それまでとは違う空気を纏ったレイゲツ様は、皇太子の名に相応しい気品さで以って礼を執りました。
レイゲツ様がキサラギ皇国の皇太子だったとは……。
レオ様のお話を聞きながらまさかと思いはしましたが、本当に?
「重ねて、この場を借りて感謝を申し上げたい」
そう続けたレイゲツ様は、驚きのあまり声も出ないわたくしの方へと振り向きました。
「怪我の治療、母国の料理に舞踊というもてなし、その上暗殺者から命まで助けられた」
そしてそのまま、わたくしを見つめながらゆっくりとこちらへ歩いて来ます。
「そして我が国への造形深く、こちらの贈り物の意図を読み取り、国同士の繋がりを深めるべく、舞にのせて返事をするという情緒も持ち合わせている」
ああ、あの桜色の衣装は、やはりなにかしらのサインだったのですね。
レイゲツ様はわたくしの前でぴたりと止まると、まるで眩しいものを見つめるかのように一瞬目を眇めました。
「……亡くなった媛君は、舞の名手としても名高く、かつその高貴な身分をひけらかすことのない、気さくで清廉な心の持ち主だったと聞く。きっと、そなたのような美しい媛だったのであろうな」
信じられない思いで呆然と立っていると、レイゲツ様はその場で跪きました。
「最上級の感謝を。我がキサラギ皇国は、そなたへの恩を決して忘れない。そなたに出会えて、本当に良かった」
そう言ってわたくしの手を取り、その指先に唇を寄せました。
その口づけの意味は、賞賛と感謝。
一国の皇太子殿下が、たかが貴族令嬢に行うにはあまりに過ぎた行為です。
まるで他人事のようにぼおっと一連の動作を眺めていると、レイゲツ様のうしろでハル様とアンリ様も同じようにして跪いているのが見えました。
「や、やり過ぎではないか!?」
そこへ、リオネル殿下が声を上げました。
「その女……いえ、セレナは私の婚約者です。あまり馴れ馴れしくしないで頂きたい。それに、彼女が国に尽くすのは当然のことであって、今回のことも別に特別なことでは……」
「リオネル」
「お黙りなさい」
レイゲツ様へと向ける言葉を、陛下と王妃様がぴしゃりと遮りました。
まあ、殿下はわたくしが呆然としているのを見て、助けようとして下さったのでしょうか。
嫌いな女のことを婚約者だと発言するのも、気が進まなかったでしょうに……。
さすがヒーロー、器が大きいですわね。
わたくしはリオネル殿下の発言をそう解釈したのですが、なぜかレオ様やランスロットお兄様はじめ、室内の全員がリオネル殿下に敵意の目を向けております。
あら?わたくし解釈違いでしたかしら?
「……レオ殿、どうやら私はあなたと手を組むという選択肢を取るしかないようだ」
「はあ……ここまで馬鹿だとは……」
「ある意味事がスムーズにいって良かったですけどね」
レイゲツ様とレオ様、フェリクス殿下が謎のやり取りを始めました。
どうやら両陛下やランスロットお兄様にも話が通じているらしく、頷いたり、ため息をついたりしています。
わたくしだけ置いてきぼりにされている気が……。
多少疎外感を感じてしまいますが、政治的なお話であるならば、たかだか一介の貴族令嬢に漏らすわけにはいかないでしょうし、仕方ありませんわね。
「もういいわリオネル。後で話をしましょう」
空気が変わったところで、王妃様がリオネル殿下に退室するようにと促しました。
「なっ、なぜです!?そんな、得体のしれない他国の留学生を残して、王子の私が……」
「リオネル」
なおも食い下がろうとするリオネル殿下を、陛下がぎろりと睨みました。
「後で説明すると言っている。良いから、出ろ」
その有無を言わさない迫力に怯み、リオネル殿下は不本意そうなお顔をされながらも大人しくご退室されました。
な、なんでしょうこの空気……。
ひとりだけ話がよく分かりませんし、いたたまれませんわ。
「セレナ嬢には明日にでも俺から説明する。今日はもう疲れただろうから、帰ると良い」
わたくしを気遣って、レオ様がそうお声がけ下さいました。
それに両陛下やランスロットお兄様も頷いて下さいます。
「そうだな。ああ、それと我々は明日この国を立つ。できれば見送りに来てもらえると嬉しいのだが」
そしてそう言って下さったレイゲツ様とは明日の約束をして、退室させて頂きました。
本当なら、レオ様に先程助けて頂いたお礼と、不甲斐ない姿を見せてしまったことを謝りたかったのですが……。
明日、お見送りの後にでもきちんとお伝えさせて頂きましょう。
説明するとおっしゃっていましたし、少しくらいなら話す時間があるでしょう。
「お嬢、どうしました?疲れたでしょうから、早く帰りましょう」
後ろ髪を引かれる思いではありましたが、リュカに返事をして後に続きました。




