リュミエール公爵家はこんな家族でしたのね2
お兄様方の不毛な言い争いをとりあえず宥め、わたくしたちは談話室へと移動しました。
家族でお茶を楽しめるようにと、大きめのテーブルの周りにゆったりとしたソファが、四方に置かれています。
そこにどのように座っているかと言いますと……。
「おい、ランスロット。狭い」
「おや、なら君は別のところに座ったらどうだい?」
「どうして俺が!お前が移動しろよ!」
「……お兄様方、わたくしの頭の上で言い争うのはお止めいただけます?」
そうです、わたくしを間に挟んで右側がランスロットお兄様、左側をエリオットお兄様が一脚のソファに座っているのです。
三人掛けのソファとはいえ、わたくしも女性としては背が高い方ですし、お兄様方はそれよりさらに十センチ以上高身長です。
その上エリオットお兄様などは騎士らしくガッチリした体型をしておりますから、正直言って、ぎゅうぎゅう詰めなのですわ……。
そしてそんなわたくし達の状況を、執事のポールはにこにこと、そしてリュカは面白そうににやけ顔で見ています。
それにしてもまさかですわ。
お兄様方はわたくしのことを扱いづらく感じているのだと思っていたのですが、よもや引っ込み思案なわたくしを気遣い、遠慮していただけだったとは……。
思い込みというのは、恐ろしいものですわね。
ですが、これは好機です。
わたくしが立派な悪役令嬢となれるよう、お兄様方に協力して頂けないかとお願いしてみましょう。
未だに君が!お前が!と争うおふたりの間で、すうっと息を吸い、口を開きます。
「お兄様方」
そうひと声発すれば、おふたりはぴたりと諍いをお止めになりました。
「わたくしはお話をしたくてここに来たのですが。そうやっておふたりだけで仲良くされるなんて、悲しいですわ」
頬に手を置き、ふうっとわざとらしくため息をつけば、両隣から慌てた声が聞こえてきた。
「ち、違う!お前をのけ者にしようなんて思ってない!」
「ごめんねセレナ。こうして君と触れ合えるのが嬉しくて、つい独り占めしたくなってしまったんだよ。大人気なかったね」
本当にそうですわ、ランスロットお兄様。
「ならば平等に、こういたしましょう?」
笑顔でぽんっと胸の前で手を打つと、わたくしは腰を上げました。
そして、向かいのソファにひとり、座り直しました。
「こうすればお顔もよく見えますね。やはり話をする時は、相手のお顔をよく見ながらしませんと」
意図せずふたりでソファにかける形になったお兄様方は、不本意そうにしながらも居住まいを正し、わたくしに向き合って下さいました。
……いえ、エリオットお兄様が別のソファに座り直しました。
三人掛けでも、長身の男性ふたりは狭かったのかもしれませんね。
そうして三つのソファにひとりずつ座ったところで、コンコンと扉がノックされました。
誰でしょう……と思っていると、開かれた扉から現れたのは、なんと。
「「父上、母上!?」」
今世の父上様と母上様でした。
「兄妹水入らずのところ悪いが、同席させてもらうぞ」
父上様は、ヴィクトル・リュミエール公爵。
わたくしやエリオットお兄様と髪色や雰囲気の似た、歳を重ねてもなお劣らない冷たい美貌の方です。
青みの帯びた灰褐色の眼は鋭く、冷徹公爵と呼ばれるほどに厳しいと有名なのです。
「ごめんなさいね、私達も話があるの」
母上様は、アンジェリーヌ・リュミエール公爵夫人。
輝くような金髪をゆるめに纏め、煌めく翠の瞳と四十代とは思えない若々しく優しい顔のとても美しい方です。
まあつまり、ランスロットお兄様は母上様似でわたくしとエリオットお兄様が父上様似ということですわね。
「お話、ですか……?」
わたくしもお兄様方に大切なお話があったのに……!と不満な気持ちが表情に出てしまっていたのか、あらあらと母上様がわたくしを窘めました。
「そんな顔をするものではなくてよ。すっかり変わってしまったという話だけれど、相変わらずポーカーフェイスは苦手なのね?」
そう言いながらも、どこか楽しそうです。
どう反応して良いものかと悩んでいると、夫妻は一脚だけ空いたソファに隣り合って座りました。
するといつの間に呼んだのか、メイドが音も立てず入室し、手早く全員分のお茶を淹れて下がっていきました。
おふたりは悠々とカップを手に取り、リラックスした様子でお茶を一口飲むと、徐に父上様が口を開きました。
「それでセレナ。君のその変貌ぶりはどうしたんだ?あの第二王子の節操ない言動のせいか?それとも、女狐のせいなのか?」
まあ、父上様ったら、ものすごく恐いお顔。
これは殿下とミア様の関係をご存知で、わたくしが自暴自棄を起こしたとでもお考えなのでしょう。
王宮からの要請で婚約関係を結んだというのに、公爵家を馬鹿にしているとお怒りなのだと思います。
そして、そんな殿下のお心を繋ぎ止められなかったわたくしに対しても。
冷徹公爵と名高い父上様は、自分にも人にもとても厳しい方です。
心を許した者以外にはとても排他的ですし、利益を見い出せないと分かると、容赦なく切り捨てます。
父上様もお年を感じさせない冴え冴えとした美貌ですが、母上様と違って冷酷さが際立っています。
婚約破棄したいと言えば反対はされないかもしれませんが、悪役令嬢になるというわたくしの計画の味方になっていただくのは、公爵家の利益を考えると難しいですわよね……。
お兄様方のように、実はわたくしを溺愛していた!とかですと、まだ可能性はあるのかもしれませんが、それは万に一つもないでしょうしね。
「あなた。そんな顔をしていては、せっかく目を見て向き合ってくれているセレナがまた怖がってしまいますよ?セレナ、お父様は別にあなたに怒っているわけではないから、大丈夫よ」
母上様が、天使の微笑みでわたくしを安心させようとしてくれています。
若い頃はこの笑顔で何人もの殿方を虜にしていたことでしょうね。
「まあ、あの殿下とご令嬢の頭の悪さには大変お怒りだけれど。もちろん、私もね」
母上様は、今度は目に仄暗い光を灯して綺麗に笑いました。
……中身と外見とのズレが大きくて、この微笑が父上様以上に恐ろしく感じることもあるのです。
母上様は、間違いなく怒らせてはいけない方だと思います。
とここで父上様が、セレナ、とわたくしの名前を呼びました。
はいと返事をして父上様の方を見ると、まさかの光景に、えっ?と思わず驚きの声を上げてしまいました。
「いくら国王陛下からの強い要望があったとはいえ、あんな男をお前の婚約者に据えてしまって……本当に悪かった……ううっ」
なんと、父上様の目からほろりと雫が流れています。
鬼の目にも涙。
父上様を知る方なら、皆様そう思ったかもしれません。
それくらい、わたくしたちも見たことのない異様なお姿です。
「泣かないで、あなた。セレナも心配しないで頂戴。あのクズどもは私達がちゃんと処理……いえ、王宮に苦情を入れておくからね」
そして、先程よりも更に真っ黒い何かを感じる母上様の微笑。
これは、まさか。
まさかまさかの万が一の可能性ですか?
「うむ、それについてはまた話し合おう。セレナは目立つのが嫌だろうからと、お前を大切にする姿を社交界で見せずにいたのも悪かったな。変な気遣いなどせず、大切に思う気持ちをきちんと表現すれば良かった。すまなかった、セレナ」
これは、やはり。
父上様・母上様にも実は溺愛されていたということでよろしいでしょうか……?