春を告げるべく、わたくし舞います!6
はぁ……はぁ……。
久しぶりの舞いに、胸踊りすぎて息が上がってしまいましたわ。
最後の礼をしたは良いのですが、少しだけこのまま休んで息を整えて……。
「――――っ、素晴らしい舞いだった」
静寂の中、上げられた声の持ち主はレイ様……いえ、レイゲツ様でした。
ふっと頭を上げれば、会食の席に座る皆様が目を輝かせて拍手を贈って下さっています。
まさかリオネル殿下とレオ様までいらっしゃったとは予想外でしたが……。
この高揚感、達成感も久しぶりですね。
舞っている途中のことはあまり覚えていないのですが、この様子では粗相はしなかったようです。
安心感からふっと脱力してしまったわたくしの元へ、レイゲツ様がゆっくりと歩いて来ました。
?どうしたのでしょう。
ああ、早く立たなくては、失礼ですね。
けれどわたくしの足は力が入らず、目の前に立ったレイゲツ様を見上げることしかできませんでした。
そんなわたくしをじっと見下ろすと、レイゲツ様は徐ろに跪きました。
「「!レイ様……!」」
ハル様とアンリ様の驚く声が聞こえましたが、わたくしはただ呆然とその様子を見つめるだけになってしまいました。
「今回の舞い、とても見事なものであった。どちらも春を題材としたものだったな。しかし今の季節は秋。それにはなにか、理由が?」
わたくしに目線を合わせて下さったのだと思い至ると、このままの体勢では申し訳ないと思いつつも、早く答えなくてはという気持ちが勝ってしまい口を開きました。
「――――春を、告げたかったからですわ。キサラギ皇国と、ルクレール王国の間に」
わたくしの言葉に、レオ様は肩を揺らしたのが見えました。
「アンリ様からお聞きしましたの。キサラギ皇国にも、諸外国との親交を深め、互いに発展したいというお考えの方が増えているのだと」
そう、国と国との繋がり。
それは、人と人との繋がりにも似ている。
「もちろん一朝一夕でどうにかなるお話ではありません。様々な事情もおありになるでしょう。ですが、わたくしは思うのです。国外に愛し合う人ができたのに、国の事情でその方と結ばれることが難しい場合は、諦めないといけないのでしょうか、と」
セザンヌ王国へと嫁いだ媛君。
多くの反対を押し切り、真実の愛で結ばれた。
けれど、知れずその恋を諦めた人も多いのではないでしょうか。
「納得できる理由があるならば、諦めもつくかもしれません。けれど、“キサラギ皇国民は、その文化や技術を秘匿とするために、他国の者と結ばれることを認めない”と言われてしまうのは、あんまりですわ」
だって、媛君は幸せだったのでしょう?
それでいて、今でも母国の方々に忘れられず愛されている。
そして、キサラギ皇国とセザンヌ王国の親交も続いている。
「混ざり合うことで、新しいものが生まれることだってありますわ。けれど、古き良きものを忘れる必要もありません。新しいものと古いもの、そして国外のものが共存できる国を作れば良いのですから」
例えば、わたくしの前世住んでいた日本。
超高層ビルの側に、由緒正しき伝統建築物が建っていて、海外からの観光客でごった返しているなんてこと、ザラにありましたもの。
「一期一会と申します。この偶然とも言える出会いが、両国の架け橋となることを祈って。互いの国の春を願って、舞わせて頂きました」
錫杖を両手で握りしめて、梅の花を掲げます。
永い冬に負けない花。
そしていずれ、暖かい桜の花開く季節が巡りますように。
わたくしがこの舞に込めた意味は、これが全てです。
そう言って最後にレイゲツ様の目をしっかりと見て微笑みました。
瞳の中にわたくしを映したレイゲツ様は、そのまま目を見開いて唇を震わせました。
「――――レイゲツ殿」
そこへ、いつの間にか近づいて来たレオ様の声が響きました。
「あなたは――――」
「レイゲツ!覚悟!」
レオ様がなにかを言おうと口を開いた時、その場に相応しくない怒声が響き渡りました。
天井から落ちてきたいくつもの黒い影、そしてレイゲツ様に迫るきらりと光る刃物を、わたくしは咄嗟に手にしていた錫杖で受け止めました。
「レイ様!」
「くっ!曲者か!」
アンリ様とハル様の焦った声が聞こえますが、この舞踊用の錫杖では強度が……え?
いえ、刃物に負けてはおりません。
「よく受け止めたね、セレナ。彼から暗殺者に狙われているという話を聞いていたからね。こんなこともあろうかと、特別製にしておいたよ」
「ランスロットお兄様!?くっ……」
とはいえ、男性の力に勝てるほど今は力が……!
「ぎゃあっ!」
「セレナ嬢、大丈夫か!?」
わたくしと対峙していた黒ずくめの男が突然倒れたかと思うと、レオ様が剣で切り払って守って下さいました。
けれど、つんとした鉄の匂い。
背中から赤黒いものを流して倒れる黒尽くめの男。
その姿に震えるわたくしの手を見て、レオ様が顔を顰めました。
「……っ、すまない」
苦々しい声で呟くと、まだ残っている暗殺者達の方へと振り返り、応戦しに行ってしまわれました。
わたくし、せっかく助けて下さったレオ様に、お礼も言わず、なんてこと……!
怖がっていてはいけません、わたくしが武術を嗜んでいたのは、こんな時のためでもあるのですから。
『女だけだとなにかと物騒だからね。護身できるようにしておきなさい』
母上様がわたくしに施してくれたものを無駄にするわけにはいきません。
躊躇いなく暗殺者達を弑することはできなくとも、守ることはできるはず。
「レイゲツ様、わたくしから離れないで下さいませ!」
「そなた、武術にも心得が……?」
「ありがとうございました、お嬢様。私達も一緒におりますので!」
ハル様とアンリ様も駆けつけて下さり、またここにはランスロットお兄様やエリオットお兄様、フーリエ様など国内でも指折りでしょう達人達が揃っております。
奇襲に驚きはしましたが、遅れはとりません。
錫杖は薙刀とは勝手が違いますが、それでもある程度の攻撃を防ぐくらいはできます。
この両国にとって大事な席を台無しにするなど、許しません。
誰もがその一心で、剣を、槍を、魔法をふるい、戦ったのです。




