春を告げるべく、わたくし舞います!5
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歓迎の宴が開かれている広間には、キサラギ皇国の使者三人の他に、ルクレール王国の国王夫妻とその第二王子であるリオネル、そして此度の歓待の全権を請け負ったリュミエール公爵家嫡男ランスロット、両国と親交のあるセザンヌ王国からの留学生であるフェリクス第三王子が共に会食の席にいた。
そしてその中に、訳の知らない者が首を捻る参加者がひとり。
レオ・アングラード、フェリクスと共にセザンヌ王国からやって来た留学生だ。
同じく訳の知らないリオネルはレオが同席することに眉をひそめたが、国王夫妻である両親が許したのだ、反対などできなかった。
この男には、学園でのダンス試験で恥をかかされた苦い思い出がある。
しかも同じく当事者であった己の婚約者、セレナがこの後舞を披露することになっている。
なにか企んでいるのでは、そう考えるのも最もなことだった。
セレナといえば、真に愛するミアと結ばれるためにも、早く婚約を破棄したい相手。
そのために、周囲にセレナが王子妃に相応しくないと働きかけてきたのだが、最近それも上手くいっていない。
それどころか、昨夕そのミアが――――。
「それでは、リュミエール公爵令嬢、セレナ嬢の舞をお楽しみ下さい」
リオネルが考えに沈んでいると、不意にそんな言葉が広間に響いた。
ついに、お出ましか。
キサラギ皇国の伝統舞踊に心得があるとの話だったが、一体どんな舞を披露してくれることやら。
もしもここで失態を犯したら。
王子妃に相応しくないと父と母に訴える、絶好の機会になる。
それなりの舞でそれなりに使者達を満足させられたなら、それはそれで国の利になる。
どうなっても自分には都合が良い。
さて、では高みの見物といこうか。
そう考えを纏め、リオネルは顔を上げて婚約者の方を向いた。
衣装まで贈られたと聞いたが、きっとあの女には似合わない。
みっともない姿ならば鼻で笑ってやろうと思ったのに。
「まあ……まるで、春を司る女神のようね」
王妃の言葉に思わず頷いてしまうような、圧倒的な美しさ。
鬱々しいと思っていた黒髪が艶やかに映え、そのきりりとした眼差しからは、何物にも穢されることはないという気高さを感じる。
見たこともない衣装に身を包んだセレナは、だた凛としてその場に佇んでいるだけなのに。
そんなセレナは中央まで歩くと、滑らかな動作で身を伏せ、手をついて礼をした。
ただそれだけで、そこにいる全ての者の視線を集めたのだ。
〜♪
そこに、不意に聞き慣れない唄声が響いた。
今回の唄い手を務めるという、使者の女の声だった。
その不思議な旋律を合図に、セレナはまず扇子を開いた。
まるで硬く閉じていた蕾が花開くかのように、ゆったりと、綻ぶように。
それに合わせて、彼女自身も笑んだ。
すっと立ち上がると、しなやかに身を翻し、手首を返して扇子を美しく魅せ、まるでその掌から花びらが舞い上がるように振る。
ゆったりとした曲なのに、優雅な動きに合わせて、花衣の上から羽織った衣がまるで羽のようにふわりふわりとはためいた。
それは、まるで穏やかな春の風を表現しているようで。
見ている者たちは、ほおっと感嘆の息を漏らした。
「春、桜の唄か」
「彼女は、完璧に我々の意思を理解し、素晴らしい形で返してくれようとしていますね」
黙って舞に魅入っていたレイゲツの呟きを拾い、ハルもまた喜色を浮かべた。
彼女が何者なのか、なぜキサラギ皇国のことにこんなにも詳しいのかは、分からない。
けれど、彼女の存在があったからこそ、自分達は一歩踏み出そうと決断することができた。
永く他国との交わりを極力拒んできた我が国も、変わらねばならないという思いを掻き立ててくれた。
「しかし、そうした政治的な意味合いを別にしても……見事な舞だ」
涼やかなレイゲツの目元が和らぐ。
いつか聞いた、キサラギ皇国の至宝の舞姫。
彼女の舞も、このように美しかったのであろうか。
あの高位貴族らしからぬ気さくさも、おっとりとした立ち振る舞いも、良い意味で今の彼女からは感じられない。
目の前でふわりふわりと舞うのは、桜の精そのものだった。
アンリの唄が少しずつ消えていくのに合わせて、桜の舞姫も曲の始まりと同じように礼をした。
その余韻に浸るかのように、しばし拍手をするのも忘れていたことに気付いたレイゲツは、はっとして手を打とうとした。
その時、二曲目が始まった。
いつの間にか扇子は消え、代わりにセレナの手の中にあったのは、花の枝を模した長い錫杖。
あの花は、梅だろうか。
花とともに先端に施された鈴の音が、唄と溶け合って耳に優しく響く。
早春とはいえ寒風の吹く中で凛と咲く梅の花とセレナは、とても似ている気がした。
ルクレール王国の第二王子、すぐ側に座っているリオネルとの話を耳にしていたレイゲツは、ちらりと彼の方を見た。
目の敵にしている婚約者、しかしこの美しさを前にしてすっかり見惚れてしまっているようだ。
だがそれも無理はない。
自分達だけでなく、国王夫妻や実の兄であるリュミエール公爵令息、ひいては護衛の騎士達まで虜にしてしまっているのだから。
そんな観客達のことなどお構いなしに、しゃららんしゃらんと鈴の音を転がしてセレナは錫杖を振り舞っていた。
まるで踊りながら魔法陣を描いているかのようだと、唄いながらアンリも思う。
ただ上手いだけじゃない。
魅せ方も、演じ方もよく知っている。
昨日の練習でセレナの実力を知ったつもりでいたが、本番でこれは予想以上だった。
まさか国外にこんな逸材がいたとは……と鳥肌を立てた。
そうして多くの者の心を奪ったセレナは、最後は静かに礼をして、もてなしの舞いを終えたのだった。
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