春を告げるべく、わたくし舞います!4
「リュミエール公爵令嬢、ご用意はできましたでしょうか?あと一時間程で始まりますが」
王宮のある一室、わたくしの準備部屋として用意されたその部屋の扉の外から、確認の声がかかりました。
「はい、もうじきに終わりますわ。ありがとうございます」
扉に向かってそう答えれば、また後程お呼びしますと返ってきました。
「あとはここに髪飾りを……はい、できました!」
「素晴らしい出来だね。セレナ、立って見せてくれるかい?」
「正面から見なくてもその美しさは分かるがな」
支度を手伝って下さった王宮の侍女が髪結いの完成を告げると、なぜかこの場にいるふたりのお兄様方がそう声を上げました。
ランスロットお兄様はまだ分かります、ですがなぜ、エリオットお兄様まで?
その疑問にお兄様は、宴の警護役を奪い取ってきた!とあっけらかんと答えました。
ならば今はお仕事中なのでは……?という視線を送れば、支度の完成を見届けたらすぐに行くからと焦っておりました。
お仕事に穴を空けないのであればそう目くじらを立てるつもりはありませんが、人様に迷惑をかけないようにはして頂きたいものです。
それを言うなら、ランスロットお兄様も今はこんなところでゆったりしている場合ではないのでは?と思わなくもありませんが。
どうやら午前中の内に準備は万端にしてきて、最終の確認作業ももう全て終えてきたらしく、お父様にも許可を得てきたとのことでしたので、わたくしがどうこう言うことはできません。
むしろ、わたくしがきちんと今日のもてなしをこなすまで大事ないか見守ることも、大切な役目だとまでおっしゃいました。
まあ確かに、わたくしが粗相をしてキサラギ皇国の方々のお怒りをかっては事ですからね。
ですが、レイ様ならば怒るというより呆れながら『いいか、それはだな……』と理路整然とご教示下さる気もしますが。
そんな姿が容易に想像できて、思わずくすりと笑みが零れてしまいました。
「おや、緊張はしていないようだね。いつものドレス姿も美しいが、その贈られた花衣姿もとても似合っているよ」
「いやしかし、美しすぎはしないか……?悪い虫どもが寄って来ないか心配だ」
「まあ、それは言い過ぎですわ。ふふ、ですが本番前にこうしてお言葉をかけて頂くことができて、嬉しかったです。そろそろ始まるとのことですし、お兄様方もどうぞお仕事に行って下さいませ」
ふたりとも妹馬鹿ですからねと、背後でリュカが呟いておりますわよ?
そんな和やかなひととき、突然ドンドンと扉が叩かれました。
「誰だ一体……」
「おまえを呼びに来たのだが?」
エリオットお兄様が苛つきながら扉を開けると、そこにいらっしゃったのは、エマ様の婚約者であるライアン・フーリエ様でした。
「隊長が大激怒している。さっさと来い、この妹馬鹿。ああリュミエール公爵令嬢、兄君をお借りしますよ。お支度中、大変失礼致しました」
笑顔ではありましたが、大変お怒りなご様子でフーリエ様はエリオットお兄様を引きずって行かれました。
エリオットお兄様に対する評価がリュカと一緒だったことに、ちょっぴり笑いそうになったのは秘密ですわ。
「やれやれ、では僕もそろそろ行こうかな。あんな風に部下に来られては大変だからね。ああそれと、頼まれていたものはもう用意してあるよ」
さすがのランスロットお兄様も、苦笑いで席を立ちました。
お願いしておいた小道具もすぐに準備して下さったとのことで、お礼を言います。
その上昨日は国王陛下への伝言も速やかに行ってくれましたし、今日の舞いへの許可も頂けました。
さすが、お仕事が早くていらっしゃいますわ。
「ではね、向こうで君の可憐な舞を楽しみにしているよ。君のおかげで、色々と面白いことになりそうだしね」
そう言うとお兄様はさっさと出ていってしまいました。
「坊っちゃんのあの台詞、なにかありそうですね」
リュカもなにかを感じ取ったらしく、眉間に皺を寄せています。
昨日のレオ様のこといい、わたくしの知らないところで色々と事が進んでいるようですね。
ですが、今日わたくしがやるべきことは心を尽くして舞うこと、それだけです。
それに、きっと最後にはきちんとお話ししてくれるでしょう。
「なにがあったとしても、わたくしはわたくしのやるべきことをやるだけですわ」
わたくしができる精一杯を。
舞に乗せて、伝えるだけです。
「こちらでお待ち下さい」
案内係に誘導され、宴が開かれている広間の続き部屋へとやって来ました。
隣では、両陛下とともに使者のお三方が会食をされているはずです。
はじめは十数名の要職についている貴族も参加する予定だったらしいのですが、キサラギ皇国側が少人数でとお断りしたようですね。
それでも責任者のランスロットお兄様や、双方と親交のあるセザンヌ王国のフェリクス殿下はご一緒されているはずですが。
あとは警護役にエリオットお兄様も、恐らく。
わたくしとしては、気心知れた方が多くて緊張も和らぐというものですが。
それでもやはり、本番前のこの時間は鼓動が鳴り響いてしまうものですね。
けれど、このぴりりとした緊張感が、懐かしい。
「お時間です。よろしくお願いします」
案内係の声に、そっと一歩を踏み出します。
この扉をくぐったら、わたくしは演者。
『背筋を伸ばして、顔を上げて。この瞬間だけは、あなたは舞の中の登場人物になる。なりきるのではなく、なるのです』
セレナでもなく、怜奈でもない。
春を告げる、花の精になる。
「……表情が、変わった」
リュカのそんな呟きも、わたくしの耳には届きませんでした。




