春を告げるべく、わたくし舞います!3
「アンリ様、ありがとうございました。長々とお付き合いして頂いて、遅くなってしまいましたわ」
「いえいえ。お嬢様が我が国の舞踊をご存知だと聞いてはいたのですが、まさかあれほど踊れるとは。驚きましたけど、楽しかったです!」
稽古は無事に終わり、わたくし達はレイ様達の待つ部屋へと向かうため、廊下を歩いていました。
レイ様が許可を出して下さって衣装を得ることができましたので、そのお礼のために。
ちなみにアンリ様は花衣と一緒に扇子も転送して下さっており、わたくしは大喜びしました。
もちろん小道具のない踊りもありますし、他にも笠など使うものもありますが、扇子が一番得意ですのでありがたく使わせて頂くことにしました。
アンリ様の唄もとても素晴らしく、綺麗で伸びやかな声はより一層わたくしの心を躍らせてくれました。
ちなみにわたくしの指定した曲はこの世界にはないものだったのですが、アンリ様が覚えるから教えてくれと言って下さり、すぐに覚えて唄えるようになってしまわれました。
曲調が知っている曲に似ているからだとは言っていましたが、素晴らしい才能ですわ。
「これに音楽もあれば完璧なのに。私の声だけなんて、勿体ないです」
「さすがに楽器を送って頂くわけにもいきませんし、弾き手もおりませんから……。そこは仕方ありませんわ」
残念そうなアンリ様をまあまあと宥めます。
「結構遅くなってしまいましたからね、お礼を言ったら屋敷に戻りましょう」
リュカの声に窓の外を見ると、確かにもう夕暮れです。
こんなに長時間アンリ様をお借りしてしまったことのお詫びもしなければと思い歩いていると、レイ様達のいる貴賓室へとたどり着きました。
ノックしようとアンリ様が手を伸ばした時、向こう側から突然扉が開きました。
「――――失礼する、レイゲツ殿。……っ!」
「きゃあっ!」
当然驚いたアンリ様が、ぐらりと体勢を崩してしまったのです。
「っ、あぶな……!」
そう声は出つつも、咄嗟のことにわたくしの手は前にいたアンリ様の方に伸ばすことができませんでした。
倒れる、皆がそう思った時。
「っと、すまない、使者殿」
アンリ様の腰を抱えたのは、レオ様でした。
小柄なアンリ様を支えるのはそう難しくないことだったようで、軽々と抱き起こして立たせました。
「いえいえ。こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
それにアンリ様はにこやかにお礼を言いました。
……なんだか、絵になるおふたりです。
そう思った時、胸がちりっと痛みました。
「?お嬢様?どうかされましたか?」
ぼおっとしてしまったわたくしの顔の前で、アンリ様がひらひらと掌を振りました。
「あ、いえ!アンリ様、お怪我はありませんか?」
「はい、そこのおぅ……兄さんが助けてくれたので、この通り、なんともありませんよ!」
とんとんと足踏みして無傷であることを伝えてくれました。
良かったです、流石はレオ様ですわ。
「?リュミエール公爵令嬢か?どうしたんだ?」
そこへ、レイ様がお部屋の中から顔を出されました。
「あ、ひと言お礼とお詫びを申し上げに参りました。あのような上等な花衣、わたくしなどのために、ありがとうございました」
「ああ、気にするな。そなたはそれだけのことをしてくれた」
素っ気ないようでいて、どうやらレイ様は照れていらっしゃるようです。
その証拠に、耳が少し赤くなっております。
「そして、アンリ様を長時間に渡って引き止めてしまい、申し訳ありません。ですがとても素敵な唄声で、わたくしってばすっかり時間を忘れてしまいましたの」
「まぁ、そんなこと謝らなくて良いのに!本当にお嬢様はかわいらしいわぁ!」
苦笑いを零せば、アンリ様がそう言ってぎゅうっと抱き締めて下さいました。
柔らかい抱擁に、わたくしの頬も自然と緩みます。
「レイ様、ハルも!お嬢様の花衣姿、すっっっごいお綺麗ですからね!しかも舞踊もそんじょそこらの舞い手なんかよりよほどお上手だし!惚れちゃダメよー!」
茶化すようなアンリ様の言葉に、わたくしも思わず笑ってしまいました。
きっと不相応な贈り物を申し訳なく思うわたくしのために、あえてそのような言い方をされたのでしょう。
「それほど大したものではありませんが、心を込めて舞わせて頂きますわ。どうぞ明日も、よろしくお願い致します」
改めてご挨拶をして、そこで使者の皆様とはお別れをしました。
「遅くまで大変だったな。馬車置き場まで送ろう」
「え、よろしいのですか?」
レオ様にもご挨拶をと思ったところで、思わぬ申し出がありました。
わたくしはそのお言葉に甘えて、レオ様と並んで馬車置き場まで歩き始めました。
そういえば先程、レオ様が知らない方の名前を呼ばれていたことを思い出し、折角だからと聞いてみることにしました。
「ああ、あのレイという男、彼の本名らしい」
「まあ、本当はレイゲツ様とおっしゃいますのね」
ひょっとしたらハル様とアンリ様は幼馴染ですから、愛称で呼ばれているのかもしれませんわね。
それなのに知らなかったこととはいえ、さして親しくもない、初対面のわたくしが愛称で呼ぶような失礼なことをしてしまいました。
それにしても、レイゲツ様、ハル様、アンリ様……。
まあ、わたくしってば素敵なことに気付いてしまいましたわ。
「どうかしたか?」
閃いたとばかりに顔を輝かせるわたくしを訝しんだのか、レオ様が顔を覗き込んできます。
ち、近いですわ!
「い、いえ。ちょっと面白いことに気付いたものですから」
「面白いこと?」
もう少し距離を取らなければ、わたくしの体温が大変なことになってしまいます……!
少しずつ横にずれて歩きながら、わたくしの気付きをレオ様にお話ししていきました。
お三方の名前、漢字で令月、春、杏李と表すことができます。
そして彼らの母国は、如月皇国。
如月と令月は旧暦の二月、つまり早春。
そして春、杏、李と全て春を指す漢字で書くことができるお名前なのです。
“令月”は元号を改める際にも、一度注目された言葉ですわね。
流石に日本語の知識だとお話しするわけにはまいりませんから、そういう意味のある言葉があるらしいですよと、ぼかしてお伝えしましたけれど。
「……そうか、そういうことか……!」
「?レオ様?」
何気ない話のつもりだったのですが、レオ様にはなにか思い当たることがおありだったようです。
「セレナ嬢、助かった。……君には、助けられてばかりだな」
助けられてばかりとは、一体どういうことなのでしょう。
意味も分からず困惑するわたくしに、レオ様が苦笑します。
「……もう少し、もう少ししたら、話したいことがある」
「話、ですか?今はできないことなのですか?」
辛そうに笑い頷くレオ様の表情に、わたくしの胸もつきんと痛みました。
「もう、遅いのかもしれない。それは俺が悪い。だが、きちんと伝えたい」
なにを言いたいのかは分かりません、ですがその真剣な心は、十分に伝わってきました。
「分かりました。約束ですね」
少しでも気持ちを楽にして差し上げたい、そう思ってわたくしはにっこりと微笑んだのでした。




