春を告げるべく、わたくし舞います!2
用意して下さった服を広げてみると、やはり着物とほぼ同じ形、舞妓がよく着ているイメージのある、裾引きの型のものでした。
キサラギ皇国では、その上からまるで天女の羽衣のような透けた布を纏うようです。
着方も着物と同じなのでひとりで着ることもできましたが、なにぶん時間がありませんので、手伝うというアンリ様のお言葉に甘えて、ふたりでドレスを脱いでいきます。
着物を着るのにも時間がかかりますが、ドレスの着脱も大変なのですよね……。
このコルセットを外したときの開放感は、着物の帯を解いた時の開放感に似ています。
「わ、これを取ってもすごい細腰ですね。それなのにお胸はある……」
「ちょっ……アンリ様!リュカがいることを忘れないで下さいませ!!」
女子特有の話題になりましたが、さすがにリュカの前でするのは恥ずかしく焦って止めようとしたのですが、パーテーションの向こう側のリュカは笑うだけで、気にしないで下さい〜と言ってきました。
いくらなんでも気にしないのは無理ですわ!
「それにしても、あんな瞬間的に物を移動する魔法が使えるなら、あの深手を負った使者の方もすぐにキサラギ皇国へ送ったら良かったんじゃないですか?」
わたくしに気を遣ったのか、リュカがアンリ様に向けて話題を振ってきました。
「うーん、移動できる大きさとか重さにも限度があるんですよ。今の私では、自分の身体くらいの大きさまでで、重さは十kgぐらいが精一杯ですね」
襦袢を着たわたくしに花衣の袖を通しながら、アンリ様が答えます。
「それに結構魔力も消費するので、そう何回も使えないんです。さすがに薬くらいは送ってもらいましたけど、毎日の食料までは魔力が足りないし、ましてやレイ様自身を送るなんて、そんなことできる魔術師本国にもいません。あ、ちなみに今は魔力満タンでしたし、花衣も十kgまではいかないので大丈夫ですよ!」
「なるほどね」
リュカも納得していますが、そういう不便さもあるのですね。
手際良く花衣の襟を合わせ腰紐を縛りながら、アンリ様はその後も色々と教えてくれました。
実はアンリ様とハル様はご姉弟で、幼い頃からレイ様をお守りしていたのだそうです。
また、排他的なイメージを持たれているキサラギ皇国ではありますが、いつまでもそれではいけない、諸外国との繋がりを深めて、国同士の発展を図るべきだとの意見も近年多くなってきているのだとか。
レイ様達もそういう考えでいらっしゃるようで、どの国と交流するか見極めは必要だけれど、少しずつ自分達から歩み寄る努力をしたいと思っているようです。
「その“どの国と交流するか見極める”中に、ルクレール王国も入っているのですか?」
「私からはっきりとした言葉は差し上げられませんが、助けを求めたくらいですからね。そして、この国に予想よりはるかに大きな恩ができた。そういうことです」
つまり、“是”ということでしょう。
そして今回のことで、その対象として選ばれる可能性も高い。
ルクレール王国からしたら、願ってもないお話でしょうね。
それにしても、それだけの恩を感じたというのであれば、やはりレイ様はかなりの高貴な方か、もしくは要職に就かれているということでしょう。
アンリ様とハル様がご姉弟ということには驚きでしたが、幼い頃からお守りしているということは、レイ様がそれだけ身分の高い方だということでもあります。
……というか、そんなことをわたくし達に話してしまって良いのでしょうか?
なんとなくですが、彼らが何者であるかを隠そうとしている気がしていたのですが。
そんな疑問を持ちながら帯を締め始めたアンリ様をじっと見つめていると、その視線を感じて顔を上げ、にこりと微笑まれました。
「どうせ明日には知るところになるでしょうから。少しヒントを出しただけです。ご心配なく」
なるほど、明日の宴で色々と分かることがありそうですね。
その話はさておき、わたくし気になることがあるのですが。
「あの……ハル様とご姉弟とおっしゃっていましたが、アンリ様はおいくつなんですの?わたくしてっきりハル様よりアンリ様の方が年下かと……」
「まあ!嬉しいこと言ってくれますねぇ。私、もうすぐ二十五になります。ハルは三つ下、ちなみにレイ様は五つ下ですよ」
なんとまあ、まさかレイ様が一番年下だったのですか。
あのようにおふたりからお叱りを受けていたことを思い出すと、なるほど最年少者だったのですね。
「ところで、その、おふたりのご関係は……」
そこでわたくしは最も聞きたかったことに切り込むことにいたしました。
ハル様とご姉弟ということで、ひとつの可能性が消えたので、もうひとつの可能性について聞きたいのです!
「うーんっ!よいしょっ!うん?関係、ですか?」
わたくしの背中で最後に帯をぎゅっと締め付けながら、不思議そうにアンリ様が聞き返してきました。
恋愛ものの定番カップルには色々ございますが、幼馴染や主従ものというものもございますでしょう!?
ハル様との幼馴染ペアという可能性が消えた今、レイ様との関係が大変気になります!
「その、レイ様と幼い頃から一緒にいらっしゃって、恋心が芽生えたりとか……」
直接的な言い方はできず、どきどきしながらそう問うてみると、予想していたような照れた様子ではなく、焦りを帯びた返事が返ってきました。
「ち、違いますよ!?大丈夫です、私とどうこうっていう以前に、レイ様には将来を約束した人も、本国に想う人もいませんから、安心して下さい!」
「ええっ!そうなんですの!?まあ……それは残念でしたわ」
「え?残念?」
わたくしの言葉に、アンリ様はどういうことかと戸惑いの反応を見せました。
「もしそうなら、いつから恋を自覚したのかとか、どんな時に想いを通じ合っているのかなど、色々とお聞きしたかったのですが……」
「あーすいません使者殿、うちのお嬢はそういう恋愛話が大好きでして。自分がどうとかいう話にはかなり鈍感ですよ」
リュカがそう付け足すと、帯を締め終えたアンリ様は目に見えてがっかりされました。
「なぁんだ、ちょっとは脈があるのかと思ったのに……」
「脈?」
「いえ、なんでもないです。はい、着付け終わりましたよ!どうです?」
「あ、え?……まあ、これは」
話に夢中で鏡を全く見ていなかったことに気付き、そう言われて初めて自分の姿を見ると、そこには見慣れた前世の着物姿の自分とは全く違う、凛としたセレナの姿がありました。
艷やかな黒髪がとても映えており、まるで……
「花の精のようですね!」
思ったことをアンリさんに言われ、自分に見惚れていたことに少し恥ずかしくなってしまい、苦笑いを返しました。
けれど、この花衣の色や柄、そして先程のお話を聞いて、なにを舞おうか決めることができました。
「うお。お嬢、めちゃくちゃ似合ってますよ」
パーテーションを取り払われ、リュカにもそうお褒めの言葉を頂きました。
この、背筋がしゃんと伸びる感覚も、久しぶりですね。
「アンリ様、本当にありがとうございます。では、お疲れのところ申し訳ありませんが、少々お稽古にも付き合って頂けますか?」
明日の宴での、わたくしなりのおもてなしを差し上げるために。




