春を告げるべく、わたくし舞います!1
和解した後、ミアさんはそろそろ帰るわとおっしゃって席を立ちました。
その頃には、憑き物が取れたようなすっきりしたお顔をしていらっしゃいました。
『最後に言っておくけど、リオネルのこと、すっとこなんとかって言ってたけど、そんなことないんだからね!』
そう言って扉を勢い良く閉めて去る姿には、わたくしもリュカも笑ってしまいましたわ。
殿下のことが本当にお好きなのだなと、嬉しくて。
それにしても、ミアさんの前世が英国の女の子だったとは驚きでした。
先日の試験でのダンスもお上手でしたし、お国柄なのかもしれませんね。
学園で令嬢達には眉を顰められていましたが、話しかけてくる令息達と気さくにお話されていたのも納得です。
あんなに殿下のことを想ってらっしゃるのに、他の方にも好意を振りまくことをするかしらと、ずっと不思議だったのですよね。
英国人は社交的な方が多いと聞きますし、しかし令息達と親しげにする一方で、相手の感情を読むのが得意なだけに、遠巻きにする令嬢達とは不必要に関わらなかったのが、逆に変な憶測を読んでしまったのかもしれません。
結果、令嬢達の中ではミアさんが様々な男性に言い寄っているように見えてしまったのですね。
人との関わりとは、本当に難しいものです。
「それにしても、あの男爵令嬢もお嬢と同じ転生者なんて、驚きました。俺、どっかでお嬢は頭でも打って訳分かんねぇこと言ってるだけかもなと思ってたんですけど」
「……リュカ、それは思っていても口に出すものではないのでは?」
まったくもう……とため息をつき空になったティーカップを机に置くと、掛け時計に目をやります。
「それにしても遅いですね」
わたくしの考えを読んだリュカが、そう言ってカップを片付け始めました。
そう、ここでアンリさんを待つようにとランスロットお兄様に言われましたが、話が長くなるとはおっしゃっていましたが、いくらなんでも遅くはないでしょうか。
わたくしは良いのですが、お疲れのアンリさんに負担がかからないでしょうか……?
「そういえばお嬢、そのドレスで踊るおつもりで?」
「あ、そういえば……。わたくしとしたことが、なにも考えておりませんでしたわ!」
「ご心配なく!そちらは私が用意させて頂きましたから!」
どうしましょうと青ざめていると、明るい声が扉の開く音と共に響きました。
アンリ様です。
「大変お待たせ致しました。もう、男共の話が長くて長くて。いやぁ、お嬢様ったら大変ですね」
「?」
大変とはどういう意味なのでしょう。
首を傾げましたが、秘密とばかりにアンリさんは悪戯に笑うだけで、すぐに話を変えられてしまいました。
「それで、お衣装ですよね。大丈夫ですよ、私が本国から取り寄せますから!」
「本国からって……それは……」
どうやってという意味と、そんなことやって良いのかという意味で尋ねると、アンリさんはこれまたうふふと微笑まれました。
「おう……じゃなくて、レイ様から許可を得て、本国から送ってもらうことにしたんです。せっかくだから、伝統衣装で舞うところを見たいということで、本来なら国外の方に贈るなんてこと絶対にしないんですけど、お嬢様は特別ですから!」
恩義に厚いというキサラギ皇国の方ですから、此度のことの感謝を伝えるという意味もあるのでしょうね。
しかし、宴は明日。
こんな急に、どうやって……。
「ふふ。魔法ですよ、ま・ほ・う!」
ああ、なるほど。
……いえ、ちょっと待って下さい。
そのような魔法など、聞いたことがありませんけれど!?
「まあ、使えるのはキサラギ皇国でも屈指の魔術師だけですからね。でもお嬢様も恐らく使えるようになると思いますけど。レイ様を治してくれた時のこと、ハルに聞きましたよ?」
治してくれた時のことって……。
「もう本国の者には伝えてあって、準備もできているとのことなので、ここで出しますね。では、始めます」
話についていけず呆気にとられているわたくしとリュカをそっちのけにして、アンリさんは魔法陣を描き始めました。
「!あれは……」
「うわ、なんだあの複雑な文字……」
リュカが顔を顰めるのも当然でしょう。
魔法陣には、今までわたくし以外の方が書いているのを見たことがない、漢字仮名交じりの日本語がいくつも書かれていきます。
アンリさんは、“ルクレール王国”、“キサラギ皇国城”、“服”、と必要な情報を書き並べています。
そして仕上げの文字は。
「空間移動」
達筆とは言えずとも、アンリさんらしいかわいらしい文字で締め括りました。
そして描いた魔法陣から現れたのは、桜色を基調とした、着物とほとんど同じに見える、花柄の服。
「お待たせ致しました。これが我が国の伝統衣装、“花衣”です」
「とても、美しいですわ……」
その名に相応しい、まるで満開の桜のような衣装です。
そしてとても高価そうなのですが……こんなものをお借りしてしまって、よろしいのでしょうか?
「ちなみに、こちらはお嬢様への贈り物だということですので、気兼ねなく袖を通して下さいね」
なんとまあ。
大切な伝統衣装、お借りするだけだと思っていたのに、太っ腹というかなんというか……少々行き過ぎてはいないでしょうか?
「お嬢のしたことが、向こうにとってそれだけの価値があるということでしょう。遠慮しなくても良いんじゃないですか?」
リュカは遠慮しなさすぎではなくて?
じとりと見つめましたが、早く受け取って着てみて下さいよと言われてしまいました。
まあ確かに時間もありませんし、ドレスで踊るのもなと思っていたので、大変ありがたいことではあるのですが。
「侍従のお兄さんの言う通りです!ささ、早速着てみましょう!」
アンリさんは半ば強引にわたくしの腕を引き、どこからかパーテーションを出してきてリュカとの間に仕切りを作りました。
「一応護衛も兼ねてるんで、退室はせずにここでのんびり待ってますね〜」
どかりとソファに腰を掛けた気配がしました。
「リュカ、あなた……」
すっかり傍観することに決めたリュカに呆れながら、こうなったらなるようになるでしょうと、わたくしは大人しく、着物らしき服に袖を通すことにしたのでした。




