まさかヒロインと悪役令嬢が同郷だなんて!?3
泣くまいと歯を食いしばっているのでしょうか、少し震えながら俯くミアさんに、わたくしは静かに語りかけました。
「……わたくし、羨ましかったのです」
意外な言葉だったのでしょう、ミアさんは顔を上げると、目を見開きました。
「わたくし前世では、恋愛というものにちっとも縁がなかったのです。けれど、父上様と母上様はとても仲睦まじくて、憧れていました」
まあ、父上様は幼い頃に亡くなってしまったのですがと苦笑いすると、ミアさんの眉が少し下がりました。
「母上様から父上様の話を聞く度に、幼いわたくしは、恋とはなんて素敵で、綺麗で、尊いものなのでしょうと思っていました」
けれどある日、母上様は目をキラキラさせるわたくしに向かって、呆れ顔で言ったのです。
『でもねぇ、良いことばかりではないのよ。彼を想うばかりに、自分が醜く思えてしまう時もあったもの』
自分が嫌いになりそうな時もあったわと、母上様は顔を歪めていました。
『でも、それでも良いと言ってくれたの。いつも飄々としている私が、自分のことになると冷静じゃいられなくなってしまうのが、嬉しいんですって。今でも信じられないわ、全く』
そう言って笑う母上様の目の奥には、父上様を想う気持ちが溢れていました。
「綺麗事だけではない。泣き叫ぶことも、苦しむことも、みっともないこともある。それでも、相手を想う気持ちに嘘も偽りもないと胸を張れるのなら、その気持ちは本物なのでしょう」
諦めたくないと、みっともなく縋り付いたって良い。
相手を思い遣る気持ちが根底にあって、それを相手が受け入れてくれるのなら。
「そんな風に、誰かを愛し、愛されることができたミアさんが、わたくしは羨ましい。ああ、でも人様を陥れるようなことはいけませんよ?人を不幸に導く行いは、いずれ自分にも返ってきますからね?」
好きなんだから仕方ないじゃない!となんでも正当化して良いわけではありません。
それはただの自分本位、我儘だと母上様もおっしゃっていました。
「……それって、なにげに以前のあたしの行いを咎めてるわけ?」
「そうですわねぇ。けれど、今は違いますでしょう?」
ゲームではなく現実なのだと思い知り、これで良いのだろうかと迷うようになったミアさん。
わたくしが以前のセレナだった時のミアさんの行いは、褒められるものではなかったかもしれません。
ですが、やり直す機会くらい、あったって良いじゃありませんか。
「とはいっても、被害に合ったのはわたくしぐらいですもの。そのわたくしが許すのならば、良いのではないでしょうか?」
手を頬に添えて、こてんと首を傾げます。
「わたくしだって、自ら望んで悪役令嬢になろうとしたぐらいですし」
「は?」
わたくしの言葉に、ミアさんはぽかんと口を開けました。
「わたくし、ミアさんから奪い返そうとするほど、殿下のことを好いてはおりませんもの。むしろ、わたくしを虫のように扱う、ええと、すっとこどっこいなどと一緒になっても、先が知れるというものですわ」
せっかくですから、悪役令嬢らしく意地悪な言い方をしてみましょう。
「こんなに優秀で高貴なわたくしに目もくれないなんて、どこかおかしいのではなくて?そんな男など、こちらから願い下げですわ」
ふいっと高慢ぶって顔を背けてみます。
あら?今日はなかなか良い調子ですね。
「そんなリオネル殿下など、ミアさん、あなたに熨斗つけてお返ししますわ!」
決まりましたわ!と得意げにミアさんを指差します。
無理をして悪役令嬢になるのは止めようと決めた矢先ではありますが、必要ならば今のように演じてみても良いのではないでしょうか。
「ふっ、ふふふっ」
一拍のち、目を丸くして聞いていたミアさんが、急に吹き出して笑い始めました。
「ふっ、も、おかし……。ノシ?がなんだかよく分かんないけど、あんたが、殿下に興味が無いのはよく分かったわ。あと、すっとこ?なんとかってなによ」
突然のわたくしの告白に、ミアさんの不安はすっかり引っ込んでしまったようです。
代わりに目に滲んだのは、おかしさと、安堵から来る涙。
「まあ、熨斗はご存知ありませんでしたのね。それは失礼致しました。“願ったり叶ったりだ”という意味ですのよ。それとすっとこどっこいとは、“大馬鹿者”ということですわ」
そういえば前世は英国の方でしたわね。
そんな言い回し、知らなくても当然です。
「ですから、一緒にわたくしと殿下が円満に婚約破棄できるよう、考えませんこと?国は違えど、広い意味では前世は同郷。協力し合うのは、なんらおかしいことではありませんわ」
ぽすりと、ミアさんの隣に腰を掛けます。
こんな風に、もっと早く話をすれば良かったのかもしれませんわね。
「……ごめん」
「はい?なんですか?声が小さくてよく聞こえませんでした」
「だから!ごめんなさいって言ってるの!その、あたしの我儘でたくさんあんたには迷惑をかけたもの。ちゃんとそれが、自分にも返ってきたわ」
照れくさいのか、頬を染めて顔を背けようとするミアさんの、なんてかわいらしいことでしょう。
「ふふ、はい。謝罪はちゃんと受け取りましたわ」
十五歳で亡くなって、前世を思い出して一年半ですか。
今のミアさんはわたくしと同じ十八歳ですが、没前数年はほとんどベッドの上にいたといいましたし、少し幼く感じたのも納得ですね。
けれどその分、素直さと潔さもある。
「同郷のよしみで、仲良くして下さいませ。ヒロインと悪役令嬢が仲良くなる話だって、あっても良いではありませんか」
「あたしと仲良くなりたいだなんて、あんたって本当に前向きね。……でも、悪くないわ」
やっとこちらを向いてくれたミアさんの表情は、不本意そうだけれど、どこか嬉しそうでもありました。
うふふと微笑む私に、釈然としない複雑な顔をしましたが、それがまた愛らしく見えます。
「……正直、俺は納得いかないこともありますけどね。でも、お嬢がそれで良いなら、俺がとやかく言うことじゃないですから。この先の、ブランシャール男爵令嬢の振る舞いをよぉく見させて頂きますよ」
最後にはリュカも、そう言ってお茶のおかわりをカップに注いでくれました。
そうしてこの日、わたくしには新しいお友達が増えたのです。
「ところでミアさん、その“時空メモ”?というゲームでは、わたくしがどのような扱いになってミアさんとリオネル殿下が結ばれますの?」
温かいお茶をゆったりと頂きながら、不意に気になったことをミアさんに尋ねます。
「ああ、婚約破棄イベントのこと?えっと、確か――――」
ゲームの内容を思い出しながら、ミアさんがそのシナリオを教えてくれました。
「――――それ、採用いたしましょう!」
「「はい!?」」
わたくしの決定に、ミアさんとリュカが声を上げました。
「目指せ婚約破棄イベントですわ!ヒロインも無事にお仲間になったことですし、わたくしもう一度悪役令嬢に挑戦してみますわ!」
「はああ……こうなったらもうなに言っても無駄だな。坊っちゃんに怒られるのは、俺か……?」
「ちょ、あんた、話聞いてたの!?平民落ちしちゃうのよ!?」
平民?望むところですわ!
あ、でも。
朱の混じった、黒髪の彼の姿が脳裏を横切って、一瞬だけ心が揺れました。
もう、会えなくなる?
ああでも彼は、国外からの留学生です。
いずれ、自分の国に帰るお方。
溢れそうになる想いを無理矢理自分の中に押し込めて、顔を上げて、笑います。
「監督兼悪役令嬢を、わたくし立派に務め上げてみせますわ!ふたりとも、お力を貸して下さいませね」
そしてわたくしは、悪役令嬢に返り咲くことを決意したのです。




