まさかヒロインと悪役令嬢が同郷だなんて!?2
ぐすぐすと涙のなかなか止まらないミアさんの背中を、そろそろと撫でてあやします。
こうしていると、頼りないというか少し幼さを感じますね。
「ここだと人目についてしまいますし、ランスロットお兄様が用意して下さったお部屋に行きましょうか。リュカ、温かいお茶を用意してくれる?」
「……分かりました。部屋に着いたら、その辺りにいる侍女に頼んでティーセットを用意してもらいます」
ミアさんの様子を見て、リュカもため息をつき渋々ながらも了承してくれました。
「ミアさんも、よろしいですか?わたくしにつかまって下さい」
すっかり大人しくなったミアさんも、こくりと頷きわたくしの手にひかれながら歩いてくれました。
途中、侍女や衛兵にぎょっとした顔をされましたが、特別止められるようなことはなく、リュカが頼んだティーセットも、戸惑いながらも用意しに行ってくれました。
そうして部屋に入り、ソファに向かい合うようにして座ります。
丁度その時ティーセットも届き、侍女にお礼を言ってリュカに淹れてもらうことにしました。
どういう状況なのか気になる様子でしたが、侍女はそのまま退室してくれ、わたくし達三人だけになりました。
「まずはお茶を飲んで落ち着いて下さいませ。リュカは普段こんな感じですが、お茶を淹れるのはとても上手なんですよ」
「ひと言余計ではありませんか?はぁ。まあ、とりあえずどうぞ」
リュカはわたくしの軽口に応えながら、先にミアさんの前にティーカップを置きました。
きちんとミアさんをお客様として扱ってくれているのに、こっそりと微笑みます。
ミアさんを警戒してはいるようですが、なんだかんだいって泣いている女性に厳しくはできないですし、わたくしの意思を尊重して下さっているのですよね。
ミアさんはそんなティーカップをじっと見つめた後、そっと手に取り、お茶を口に含みました。
「ほんと、美味しい……」
どことなく頬に赤みが差したことにほっとして、わたくしもお茶を頂きます。
「今日も美味しいわ。さすがリュカですわね」
わたくしたちからの称賛に、そーですかとリュカは素っ気なく返しました。
場が和んだところで、わたくしはゆっくりと口を開きます。
「ミアさん、先程のお話ですが……」
「待って」
どのように切り出しましょうかと考えながら紡いだ言葉を、ミアさんが遮りました。
「その前に、ひとつ聞かせて。……あなた、転生者なんでしょう?」
敬語が抜けて、令嬢らしからぬ雰囲気になったミアさん。
恐らく、こちらが彼女の“素”なのでしょう。
真っ直ぐにわたくしを見つめてくる瞳。
意を決したように尋ねてくる姿から、きっと本音で話し合いたいと思って下さっているはずです。
「……はい。確かにわたくしは、ここではない、別の世界で、別の人間だった記憶を持っております」
ですから、わたくしも。
誠実さを以て、答えなければいけませんね。
「といいましても、それを思い出したのはつい数ヶ月前の話ですわ。先程ミアさんがおっしゃっていた、わたくしの“人が変わった”という、その時期だと思います」
「じゃあ、ここが乙女ゲーム“時空を超えて〜真実の記憶〜”の世界だってことも、知ってるの?」
「……随分と大仰な名前ですね。ええと、以前もそのようなことを聞かれましたが、乙女ゲームとやらにつきましては、わたくしよく分かりません。信じて頂けるかは分かりませんが、本当です」
そう……とひと息つくと、ミアさんは前世の自分のことをお話して下さいました。
前世でミアさんは、エミリア・スミスという英国の女の子だったそうです。
享年十五歳。
十三歳で発症した難病を抱えており、病気になってからは一年の半分以上はベッドの上だったといいます。
そのため、学校にもほとんど通えなくなり、友達も減ってしまった。
そんな彼女を楽しませてくれたのは、本やアニメ、ゲームだったのです。
特に日本のものが好きで、部屋には海外語訳されたものがズラリと並んでいたのだとか。
そして亡くなる前に夢中になっていたのが、これまた日本の作品の乙女ゲーム、“時空を超えて〜真実の記憶〜”、通称“時空メモ”でした。
乙女ゲームとは、物語のヒロインになって、攻略対象と呼ばれる数人の男性の中から好みの方を選び、疑似恋愛を楽しむものらしいです。
そんな素敵なゲームがあるなら、わたくしも嗜んでみたかったですわ!と少し興奮したのは秘密です。
前世のミアさん……エミリアさんは、本当にこのゲームが大好きで、何度も何度もプレイしていました。
その中でも、攻略対象のひとり、そう、リオネル殿下が彼女の“推し”だったそうです。
そうしてゲームを楽しみながら、日々弱っていく身体と戦っていたのですが、十五歳のある日、風邪をひいたことがきっかけで病状が悪化、還らぬ人となったのです。
それを思い出したのは、一年半程前、丁度学園に編入してきた時のことでした。
「……別に、前世に未練なんてないわ。友達もほとんどいなかったし、あたしが死んでも、悲しむ人は少なかったでしょ。唯一未練があるとしたら、日本で発売されていた“時空メモ”の続編を楽しみにしていたのに、その発売前に死んじゃったってことぐらいで」
なんでもないことのようにおっしゃっていますが、その目には寂しさが浮かんでいます。
どことなく前世のわたくしと重なる部分があって、胸が痛くなりました。
「だから、あたしはこの世界に転生して、大喜びした。必死になってリオネルにアプローチしたわ。少しずつ、彼も私に心を寄せてくれるようになって。嬉しかったし、幸せだった。それなのに……」
ミアさんはわたくしを見て、ぐっと続きを飲み込みました。
わたくしが、そのミアさんの幸せを脅かした。
そう、言いたかったのでしょう。
「最初は、ゲーム感覚だった。でも、今は違うの。ちゃんとリオネルの良いところも悪いところも分かっていて、彼が好き。悪役令嬢のことも、そういう立ち位置のキャラだからって、何も考えずに断罪しようとしてた。でも……それが正しいことじゃなかったって、今は思ってる」
俯きながらも、ミアさんはぽつほつと今の考えを話してくれました。
別に友達なんかいらないと思ってたけれど、わたくしとクッキーを作ったことはとても楽しかったこと。
ゲームとは違う方向に話が進んでいて、ああここは現実なのだと思い知ったこと。
わたくしのことは嫌いではないけれど、それでもやはりリオネル殿下のことは譲れないし、諦められないこと。
「あんたからしたらこんなの我儘だってこと、分かってる。王宮が決めた婚約を、そうそう簡単に破棄することなんてできないってことも。だけど、それでも、あたしは……」
ぐっと膝の上の手を握りしめるミアさんの目には、涙が滲んでいました。




