まさかヒロインと悪役令嬢が同郷だなんて!?1
ミア様に廊下で呼び止められたわたくしとリュカは、すぐ側にあった屋内庭園へと移動しました。
ランスロットお兄様も話が長くなると言っておりましたし、アンリ様がいらっしゃるまで時間がかかるはず、少しくらいなら大丈夫でしょう。
「……そこの侍従は、できれば席を外してほしいんですけど」
「それは無理ですね。俺は護衛も兼ねていますので」
ミア様からの要望を、リュカはばっさりと切り捨てました。
そんなにはっきりと言わなくても……と目で訴えましたが、リュカはこちらを見てもくれませんでした。
なんだか健気なヒロインに立ちはだかる悪役みたいでしてよ。
はっ!わたくしが立派な悪役令嬢になれそうにないと心を挫いたから、リュカが代わりに?
「なにぶつぶつ言ってるんですか。っていうか、そこはお嬢がヒロイン、俺がヒーローポジションでしょうよ!んで、そこの男爵令嬢が悪役。どう考えたってそうでしょ」
わたくしとしたことが、思っていたことがすっかり口に出てしまっていたようです。
「ですが傍から見たら、ひとりのか弱い令嬢をふたりで寄ってたかっていじめる現場のようではありませんこと?」
なにしろわたくし、長身ですしキツめの容姿をしておりますから……。
対してミアさんはというと、小動物のような可憐な容姿をしています。
侍従とともに、「わたくしの婚約者に気安く近付かないで下さいます!?」と脅している図に見えると思うのですが……。
「……否定はできません」
やはり。
「どうしましょう、リュカ。わたくしやはり悪役令嬢を諦めない方向でいった方が良いのでしょうか?」
「いや、だから向いてないって何回も言ってますよね?」
「ちょっとあんた達」
こそこそとわたくしとリュカが話していると、ヒロインとは思えない程の底冷えのする声をミアさんが発しました。
「黙っていれば訳のわかんないことばっかり言って……。あたしを放ったらかしにして、イチャイチャしてんじゃないわよ!」
イチャイチャ?
ぱちくりとリュカとふたり、目を丸くしてしまいます。
「あの、ミア様。これはただリュカが侍従らしからぬ言動でわたくしを貶しているだけで、決してそういう意図はございませんのよ?」
「というか、いつもあの第二王子とイチャイチャしてるやつにだけは言われたくないんですけどね」
確かに……!とわたくしが衝撃を受けていると、目の前でミアさんがふるふると震え出しました。
「なによっ!?あたしとリオネルのこと、馬鹿にしないでよね!!」
そう叫んだのを皮切りに、ミアさんはまくし立てるように思いの丈を吐き出し始めました。
「せっかくリオネルを攻略して、これからだって時に、あんたの人が変わって……それからよ、おかしくなっちゃったのは!」
わなわなと身体を震わせ、その目には涙が滲んでいます。
「悪役令嬢なのに、無駄に綺麗だし、なんでもできるし、その上性格まで良いなんて反則じゃない!あんた、どうせあたしと同じ転生者なんでしょ!?」
「てん、せいしゃ……?」
ミアさんの叫びの中に思いもよらない言葉が出てきて、目を見開きます。
「お嬢、下がって」
それに警戒したリュカが、わたくしを庇って前に立ちました。
そんなわたくしたちを睨み、なおもミアさんが口を開きます。
「ほら、やっぱり!ここが乙女ゲームの世界だって知って、破滅フラグを折ろうとしてるんでしょ!?けど、お生憎様。リオネルはあんたのことなんて、ちっとも好きじゃないから!」
「乙女ゲーム……。破滅フラグ……?」
そういえば以前に同じようなことを聞かれた覚えがあります。
あの時もなんのことか良く分かりませんでしたが、さらに新しい単語が増えてしまいました。
「なによ、今更知らないフリしても無駄なんだからね!いくら善人ぶっても、あんたは悪役なの。悪役は悪役らしく、シナリオ通りざまぁされて退場しなさいよ!」
シナリオ?ざまぁ?
分からないことが増える一方なのに戸惑いの表情を見せると、ミアさんはそのかわいらしい顔をぐしゃっと酷く歪めました。
「もう、止めてよ!お願いだから、あたしからリオネルを奪わないで!あたしを、これ以上惨めに、醜くさせないで!!」
心からの叫び。
ミアさんはわたくしにそれをぶつけると、足元から崩れ落ちてわああ!と泣き出してしまいました。
リュカも戸惑っているのでしょう、わたくしをミアさんに近付けまいとする背中が迷っているのが分かります。
そんなリュカの腕にそっと触れ、顔を見合わせました。
「ミアさんと、話をさせて下さい」
「ですが……」
「大丈夫です」
なおも迷うリュカににっこりと笑い、わたくしはその背中から離れました。
泣き崩れるミアさんに、一歩一歩静かに近付きます。
ミアさんが言っていたこと、正直半分以上はよく分かりませんでした。
知らない単語も多かったですし、感情に任せた叫びは支離滅裂なところがあります。
けれど、これだけは分かりました。
彼女は、ミアさんは。
リオネル殿下のことを、心から愛している。
「顔を上げて下さい」
ミアさんの前に立ち、しゃがんで目線を合わせます。
務めて穏やかな声で。
怯える彼女を怖がらせないように。
そんなわたくしの意図を察したのか、ミアさんは恐る恐る自身の顔を覆っていた両手を放しました。
「ああ。そんなに目を擦って、手で押さえつけるから、真っ赤になってしまいましたわ」
さすがヒロイン、泣き顔も愛らしいです。
けれどわたくしは、リオネル殿下のために必死で頑張る表情や、喜んでもらえるだろうかと期待と不安に満ちた表情、ぷりぷりと怒った元気なお顔の方が、何倍も素敵だと思います。
「もう少し、ちゃんとお話しましょう?わたくし達、恐らくですけれど、お仲間なのですから」
涙に濡れた柔らかな手を握り、優しく微笑みかけます。
やっと出会えたんですもの。
わたくしと同じ、転生者。
そしてわたくしが憧れる、本当の恋を知った人。




