おもてなしは日本人の心です7
わたくしに対するリュカの態度もなかなかだと思っておりましたが、ここの主従?の関係も面白いですわね。
ですがそれだけ心を許しているということでもあるのでしょうね。
「まあまあ。ハル様、アンリ様。知らなかったことを教えて頂いて、わたくしとても嬉しかったです。それはレイ様がわたくしに正しい知識を知ってほしいというお心でもありますし、そんなに怒らないで下さいませ」
「……お嬢様がそうおっしゃるのなら」
これくらいにしておきますとアンリ様がお小言を止めました。
おふたりに責められ、すっかり小さくなってしまったレイ様がちょっとかわいらしいなと思ってしまいましたわ。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえました。
「俺も、別に文句を言いたかったわけじゃないぞ!その、そなたの料理はどれも美味であったし、様々な気配りも素晴らしかった」
その音に気付かなかったレイ様が、声を張り上げてわたくしの前にもう一度立ちました。
「この命を助けられたことも、今日のもてなしも、とても感謝している。正直、そなたに対してある程度の警戒はしているが、その心がとても清廉なものであることは分かった」
そして、レイ様は両手でわたくしの手を取り、そのままご自分の額へと導きました。
「ありがとう。感謝している」
レイ様の真摯な言葉と声に、わたくしは魅入られてしまい、しばらくそのまま固まってしまいました。
「……いつまでそうしているおつもりですか?」
突然割り込んできた声に驚いて、ぱっと手を放し反射的に声のした方を見ると、そこにはレオ様が立っていらっしゃいました。
「妹は一応、一応ではありますが、婚約者のいる身の公爵令嬢ですのでね。賓客とはいえ、あまり気安く触れないで頂きたいですね」
そのお隣には、なんとランスロットお兄様まで。
どうやら先程のノック音は、おふたりが来た時のものだっだようです。
……そしてなぜか、おふたりとも笑顔ではありますが、こめかみがぴくぴくと痙攣しています。
「……婚約者がいるのか?」
「え?あ、はい。そうですね、一応」
レイ様の質問に、一応とつけて答えます。
婚約破棄しようと画策中ですとは、さすがに言えません。
「まあ、そりゃそうですよねぇ。これだけの美人で気立ても良くて、様々な才能もおありですもの。ひょっとして、お相手はそちらの背の高いお兄さんですか?」
アンリ様がレオ様をちらりと見ます。
な、なんてことをおっしゃるのですか!
わたくしに対する過剰評価もそうですが、婚約の相手がレオ様だなどとありえないお話ですし、彼にとっては迷惑でしかございません!
「……俺、いや、私ではありません」
丁寧に言い直してはおりますが、レオ様の表情は険しく、眉を顰めております。
わたくしの婚約者だと勘違いされたのがお嫌だったのでしょうか……?
ずきん。
迷惑でしかないと自分でも思っているのに、なぜか胸が痛みます。
「まあその話は置いておいて。どうやら妹の料理はお気に召して頂けたようですね」
痛みに胸を押さえるわたくしを庇うように、ランスロットお兄様が前に出ました。
「おや……米料理だけじゃなくて、あれも作っていたのかい?確か、“おはぎ”といったかな?」
さすがお兄様、机に残っていたおはぎに気付いたようです。
そういえば以前わたくしが作ったものを食べて頂いた時に、なにか言いたそうにしていらっしゃいました。
「妹君が我が国の伝統菓子を知っていることに、驚きました。しかも、この季節の風習までご存知とは。もしや、兄君も?」
先程まで表情豊かだったレイ様が、お兄様を前に、すっと表情を変えました。
「……いや?妹が博識なだけですよ。ああ、別に貴国にスパイを送っているわけではありませんから、ご安心下さいね。恐らくこの国でそんなことを知っているのは、妹だけです。……まあ、国外にいる者は除いて、ですが」
そこでなぜかお兄様はレオ様をちらりと見ました。
「……彼は?」
「セザンヌ王国からの留学生らしいですよ?」
なにやら含みをもたせた言い方のお兄様に、レイ様とレオ様が無言で見つめ合います。
な、なんでしょうこの空気……。
ピリピリとしていると言いますか、そう、まるで三つ巴のような。
「セレナ」
「はっ、はい!?」
突然名前を呼ばれ、びくりとしながら返事をすると、ランスロットお兄様がにっこりと微笑みました。
「お疲れ様。僕たちこれから大切な話があるんだけれど、少し長くなりそうだ。君は明日の宴の練習もあるだろうからね、部屋を用意したから、先に戻ると良いよ」
「あ、そういえば明日の舞では、アンリさんが唄い手を務めて下さるとか……」
さすがに一度も合わせず、出たとこ勝負になるのは避けたいですわ。
「うん、彼女には必要な話が終わったらセレナとの練習に向かってもらうから。先にそっちに向かって、しばらく休んでいて」
有無を言わせない様子のランスロットお兄様に、わたくしはただ頷くことしかできませんでした。
ですが、レイ様の体調が戻った今、責任者であるランスロットお兄様が外交上の話をしたいと思うのは当然のことで、そこに無関係なわたくしが同席するわけにはいきません。
「……分かりました。アンリ様、体調が戻ったばかりで申し訳ありませんが、後程よろしくお願い致します」
「いいえ、こちらこそよろしくお願いしますね」
アンリ様の明るい返事に笑顔を返し、扉の方へと振り向きます。
その際、ちらりとレオ様の方を見たのですが、なお真っ直ぐにレイ様を見つめており、退室する素振りは見られません。
レオ様は、この場に残るのでしょうか?
お仕事の話でしょうに、フェリクス殿下ならまだしも、なぜ?
そんな疑問を残しつつも、わたくしはリュカを伴い廊下へと出ました。
「なんか、怪しい雰囲気でしたね」
「ええ。何事もないと良いのですけれど……」
うしろ髪を引かれる思いではありますが、部屋の前でこうしているわけにもいかず、廊下を歩きはじめます。
不安な気持ちを残しつつ歩いていると、曲がり角を曲がったところで、よく知った方が待ち構えていました。
「待ってましたよ、セレナ様。……少し話したいんですけど、よろしいですか?」
今日はリオネル殿下と一緒ではなく、おひとりで。
「ミアさん?え、ええ。分かりましたわ」
いつもとは少し違う、真剣で硬い表情。
ヒロインからの呼び出し。
これは、もしかして。
母上様、ここにきてわたくし、やはり悪役令嬢としての資質を求められているのでしょうか……?




