リュミエール公爵家はこんな家族でしたのね1
その後もリュカは疲れた表情こそしていましたが、足取りはしっかりしていました。
これなら心配なさそうですね。
ふたりでいつものように公爵家の馬車に乗り込もうとすると、何人かの生徒にまたぎょっとした顔をされました。
あまり不躾に見られるのは苦手ですが、ここはセレナの美しさに見惚れてしまっているからだと、我慢ですわね!
昨日までの巻き髪ときっちりメイクも、実はとても凛々しくてかっこよかったのですが、先程ミアさんに指摘されたように、確かに悪女っぽかったのですよね……。
人見知りが原因で表情が乏しく、目つきが悪かったせいもありますが。
自分で言うのもなんですが、誤解されやすいけれど元々セレナは謙虚で優しい性格。
無理にリオネル殿下の好みに合わせなくても、ありのままの姿で十分美しいのです。
まあ、婚約者に少しでも好かれようという涙ぐましい努力は、とても素晴らしいのですけれど。
昨日までのわたくしには申し訳ないのですが、殿下の隣はミアさんにお譲りしたいと思います。
記憶が戻る前も、別に殿下に恋心を抱いていたわけではありませんし、今だってミアさんから奪い返そうと思えるほどの強い想いはありません。
「あーところでお嬢、まさかとは思いますけど、先程の悪役令嬢になるとかナントカってやつ、本気ですか?」
「?もちろんですわ」
公爵邸までの馬車の道中、恐る恐るといった様子でリュカがそう訪ねてきました。
わたくし冗談は言いますが、もし冗談ならすぐに訂正しますもの。
ですが、そうですわね、わたくしの勝手をリュカに押しつけてはいけませんわね。
「リュカは、反対ですの?ならばわたくしひとりで……」
「や、それはないから」
心細く思いながらもひとりで頑張ろうと決意しかけたのですが、それは却下されてしまいました。
「んなことしたら、殺されますよ。まあ、そうじゃなくても見放したりしませんけど……」
殺される?
誰に……そう問いかけようとした時、馬車が静かに止まりました。
どうやら公爵邸に着いたようですし、この話はまた後にしましょう。
先に降りたリュカの手を借りて馬車から降りると、きらびやかな公爵邸の前に、メイドたちが並んで頭を下げていました。
いつもの光景とはいえ、前世の記憶を取り戻した後だと、少しやりすぎでは?と思ってしまいますね。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
普段なら綺麗に揃った挨拶をしますのに、今日はほんの少し戸惑いが混じっています。
登校時にわたくしを見ていなかった方たちでしょうね。
さすがにじろじろ見られることはありませんし、しばらくすれば慣れてくれるとは思いますが……。
「おや、ポールの言っていたことは本当のようだね」
「……ふん、どういう風の吹き回しだ?」
どことなく落ち着かない出迎えにこっそりため息をついていると、エントランスの前に、ふたりの男性が立っていました。
「お兄様方、ただいま戻りました」
「ふふ、僕たちの目を見て挨拶してくれるなんて、珍しいね」
「お前、本当にセレナか?」
そう、彼らはわたくしの兄、ランスロット・リュミエールと、エリオット・リュミエールです。
長兄のランスロットお兄様は、お母様譲りのサラサラの淡い金髪に緑の眼の、一見すると優しい美貌の紳士ですが、中身は公爵家の嫡男らしい頭脳と狡猾さを持ち合わせています。
今年二十三歳になり、今は公爵である父上様について、一緒に仕事をしています。
次兄のエリオットお兄様は、ちょうど二十歳。
エリートとされる王立騎士団に所属していて、わたくしと同じ黒髪と鋭い紫の眼をしており、騎士らしく厳格な雰囲気の持ち主です。
朝はすでにおふたりとも出かけてしまっていてお会いできなかったのですが、どうやら執事のポールにわたくしの変化を聞いて、確かめるためにこうして帰宅を早めたようですね。
「嫌ですわ、少し外見を変えたくらいで大げさな」
微笑むと、おふたりは珍しいものを見たとでも言うかのように、目を見開きました。
「……これはまずいね」
「ああ。即刻、対策が必要だな」
おふたりは顔を見合わせ、目で会話するかのように互いに頷き合っています。
“対策”とは、一体どういうことでしょう?
いくら少しばかりわたくしの様子が変わったからといって、ここまで関心を持たれることはないはずなのですが……。
今までのおふたりは、わたくしに冷たく当たることこそありませんでしたが、特別かわいがる訳でもなく、付かず離れずといった距離感でした。
ああでも、いつも顰めっ面のエリオットお兄様だけでなく、上辺では割と優しく接してくれていたランスロットお兄様も、胸の内ではわたくしを嫌っていたのかもしれませんわね。
昨日までのわたくしは、根は悪くないけれど上手く自分を表に出せない性格で、あまり彼ら好みとも思えませんもの。
弱い者いじめをするような方達ではないので、我慢して家族としてある程度の関わり方をして下さっていたのかもしれませんね。
頬に手をあてて、うーんと首を捻ります。
これからのことを考えると、少しだけでも関係を改善できると良いのですが……。
「……セレナ、いつの間にそんな男を誘うような仕草を覚えたんだい?」
兄弟関係についてあれこれ考えていますと、いつの間にかランスロットお兄様に至近距離から覗き込まれていました。
「……おい、ランスロット。あまり近付いてはセレナが怖がる」
そんなランスロットお兄様に、エリオットお兄様が眉を顰めています。
わたくしを気遣うようなお言葉ですが、珍しいですね。
一緒になってじろじろ見てきたりするのではと思っていたのですが。
「うーん。でも、全然平気そうだよ?外見だけでなく中身も変わったという話だからね、少しぐらい触れても大丈夫なんじゃないかな?」
「!ランスロット!」
エリオットお兄様が止めようとしたのも聞かず、ランスロットお兄様はわたくしの頬にそっと手を伸ばしました。
そして少しだけ指で撫でられたような感覚がします。
「!!!」
それを見て、なぜかエリオットお兄様は驚愕という表情をしたのですが……これは、まさか。
「ず、ずるいぞランスロット!俺だってセレナが怖がるから小さい頃からずっと我慢してたのに!俺にも触らせろ!」
そう言いながらエリオットお兄様は、わたくしの体をランスロットお兄様から奪い取るようにして、自分の方に引き寄せました。
そして、恐る恐るわたくしの頭を撫でたのです。
「本当に触れても怖くないのか……?ああ、やっとセレナを堂々と撫でられる!いつも唇を噛みしめて我慢していたのだが、もうそれも必要ないのだな!」
わたくしの反応を見て嫌がられていないと思ったのか、エリオットお兄様はがばりと抱き着いてきました。
「おい!さすがにやりすぎだろう!」
「ふん。羨ましいからって、必死過ぎて醜いぞランスロット!」
そしておふたりは、わたくしを挟んでぎゃーぎゃーと争い始めました。
わたくしってば、もしかしなくても……
お兄様方に、溺愛、されてましたの?