おもてなしは日本人の心です6
突然のお三方の声に、わたくしと侍女、リュカの三人はびっくりして肩を跳ねさせてしまいました。
「火の入り加減も、玉子の半熟具合も完璧だ……」
「この漬物ともよく合う」
「かぼちゃもほくほくですぅ」
もぐもぐと噛み締めながら、それぞれに称賛の言葉を口にしてあっという間に盛り付けた分を平らげてしまいました。
「あ、えっと、おかわりもよろしければ……」
「「「頂きます!」」」
さっと三つのお椀が差し出されました。
本当に仲が良さそうで何よりです……。
「はううぅ〜とっても美味しかったです!」
「お口に合ったようで良かったですわ。たくさん召し上がって頂けて、わたくしも嬉しいです」
お三方はよほど米料理に飢えていたのか、ものすごい勢いで食べ続け、いただきますから僅か十五分程で、すべて綺麗に平らげてしまいました。
しかし、アンリ様の満足気な表情からは心から美味しいと言って下さっているのが分かり、とても嬉しくなります。
にこにこと優しい笑顔にも癒やされますわ。
それにしても、レイ様ご所望の甘いものもご用意したのですが、この満足気なご様子からお腹がいっぱいになってしまわれたのでは……。
「それで?俺の希望した甘いものもあるのだろう?言っておくが、甘味は別腹だぞ」
心を読まれたようなレイ様からの催促がありました。
「それは良かったです。よく考えたら結構重いものを作ってしまったので……食べられる分だけどうぞ」
レイ様から別腹だという頼もしいお言葉を頂けたので、遠慮なくお出しできますわ。
侍女に目配せして出してもらったのは、そう、以前レオ様と家族に振る舞った、おはぎです。
「これは……」
それを見た途端、お三方の目が見開かれました。
そしてしばらくぽかんと呆気にとられてしまったのです。
お粥も漬物も煮物もご存知でしたので、これもきっとと思ったのですが、もしかして全く未知のものだったのでしょうか?
だとしたら、見た目はちょっと泥の塊的なものに見えなくもありませんし……説明が必要になりますわよね。
「ご令嬢、なぜこれを我々に……」
先程までにこにこでお粥を召し上がっていたハル様が、戸惑いの表情ですわ。
やはりご存知なかったのですわー!!
こ、ここは仕方ありません。
「ええと、本で読んだことがあるのです。丁度今頃の季節、祖先の墓参りに行く風習がある国があるということを」
実はこの世界も一年は十二ヶ月で分かれておりまして、今は前世でいうところの九月の終わり。
そう、秋のお彼岸の頃なのです。
「そうして、こうして米を潰したものを小豆を煮たもので包み、丸めた甘味をお供えしたり食べたりするのだとか。邪気を払う効果があるそうです」
――――わたくしも毎年、手作りしたぼたもちやおはぎを父上様の墓石に供えた後に、母上様と一緒に食べておりました。
餅とあんこを合わせるこの菓子は、先祖との心を合わせるという意味もあるのだといいます。
父上様と母上様の心がいつも繋がっているのだと。
そして、幼い頃の記憶しかないわたくしとも、心を合わせてほしいと思いました。
「今もなおキサラギ皇国で愛されている、セザンヌ王国に嫁いで来られた媛君。あなた方は彼女のお墓参りにいらしたのですよね?そんな皇国の皆様の、彼女を慕うお心に添いたいと思い、ご用意させて頂きました」
ただし中身はもち米ではなく、以前と同じ片栗粉を混ぜたご飯なのですが。
まあそれはどこにあるのか分からず、もち米が入手できないため、仕方のないことなのですが。
「……頂こう」
わたくしの話を静かに聞いていて下さったレイ様が、目の前に置かれたおはぎに手を伸ばしました。
さすがに黒文字楊枝はございませんので、フォークで切り、ひと口。
ゆっくりと咀嚼し、味わうように飲み込まれます。
「……少し食感は違うが、美味い」
この言い方、どうやらおはぎはご存知のようです。
そしてさすがと言うべきか、もち米ではないことはお見通しのようですわ。
「そりゃもち米なんてこの国で急に用意できませんもの、仕方ないです」
そう言ってアンリ様もひと口。
「それは我儘というものですよレイ様。……うん、美味い」
それに続くハル様も大きなひと口を召し上がりました。
お三方ともご存知ということは、やはりおはぎはキサラギ皇国で知られているようです。
「んーっ!キサラギ皇国外でこの完成度はすごいです!お嬢様、レイ様の我儘にこんなに素晴らしく応えて下さって、ありがとうございました!」
レイ様はかなりのご身分の方でしょうに……アンリ様にかかってしまえば、甘いものを望むのも我儘なのですね。
あのレイ様がアンリ様に意見するどころか、たじたじです。
「べ、別に俺は……」
「レイ様、言い訳は男らしくありませんよ?」
ぴしゃりとしたお叱りに、レイ様はそれ以上なにも言えなくなってしまいました。
普段かわいらしいアンリ様がなんだかとても頼もしく見えますわ。
ちゃんとお礼を言いなさいとけしかけられたレイ様は、渋々わたくしの前へとやって来ました。
「……礼の前に、どうしても気になるからひとつだけ先に言わせてもらう」
「まあ。わたくしに粗相があったなら、遠慮なく申して下さいませ」
またなにを……という目でアンリ様が睨んでおりますが、意を決したようにレイ様が口を開きます。
「そなたが作った玉子粥。あれは厳密にいえば粥ではない」
「まあ!」
「!ちょ!?」
アンリ様が口を出そうとされましたが、それを視線で止め、レイ様の言葉に耳を傾けます。
「本来粥とは生米を水の分量を多くして柔らかく炊くもので、味付けは出汁の他、塩や卵などシンプルなものだけだ。しかしそなたの料理は味付けこそシンプルだが、具材がいくつか入っている。それと恐らく炊いたご飯を出汁の中に入れたのではないか?とすれば、これは雑炊に近い」
「まあ!わたくし不勉強でしたわ……」
お鍋の後の残り汁や、味噌汁などスープ的なもので煮込んだものを雑炊と呼ぶのだと思っていました。
「うむ、だが一応炊いた米から作る、入れ粥というものもあってだな」
「入れ粥?初めて聞きましたわ、とても勉強になります」
「あー、ちょっとおふたりとも、その辺でストップして下さい」
ふんふんと頷き前のめりでお話を聞いていると、急にハル様が横槍を入れてきました。
「レイ様、その細かいところを気にする癖、直した方が良いですよ?粥だろうと雑炊だろうと、だいたい一緒でしょう?そんなこと、キサラギ皇国民ですら気にしませんよ」
そしてアンリ様も呆れたようにそれに続きます。
「珍しく素直にお礼を言うのかと思えば、なにが『ひとつだけ言わせてもらう』ですか。そんなことよりももっと大事なことを言いなさいってのよ」
ふたりにお説教され、レイ様はぐうの音も出なくなってしまったのでした。
お彼岸頃にこのエピソードを書けたら良いなぁと思っていたのですが……
少し遅くなってしまいました(´・ω・`)




