おもてなしは日本人の心です5
予熱のことを考え、煮込み上がる少し前に鍋を火から下ろし、ワゴンに乗せていきます。
浅漬けも良い感じにできていますね。
煮物も程よく煮汁を吸って、ほっくりと仕上がっています。
「どれも美味しそうな香りがしますね」
「ええ、使者の方々のお口に合うと良いのですが。……では、貴賓室までお運びしましょう」
準備ができると、お兄さんは運び役として侍女を呼んでくれました。
「鍋があるから少し重いのですが、よろしくお願いします。気を付けて下さいね」
「は、はい!お任せ下さい!」
緊張しているのか少し顔が赤い侍女を気遣うと、リュカがまたか……とやれやれ顔をしました。
リュカは時々こんなことを言いますが、一体なんなのでしょうね。
聞いても教えてくれないので、もう諦めましたわ。
「では行ってまいります。準備にお手伝いに、色々とありがとうございました」
「こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございました。僕も新しいインスピレーションが湧きました!」
お兄さんにお礼を言って、ワゴンを引く侍女と共に貴賓室へと戻ります。
ああ、なんだか緊張してまいりました。
この和食が、レイ様達の母国の味に近いと良いのですが……。
「失礼します。お料理をお持ちしました」
「お嬢様!ありがとうございます!」
扉をノックして中に入ると、先程と同じように三人が揃っていて、アンリさんが元気に出迎えてくれました。
すでに三人でお食事ができるよう机がセットされており、わたくし達の姿を見て、お三方とも席に座って下さいました。
甘いものがほしいと先程かわいらしい表情を見せてくれたレイ様は、また仏頂面に戻ってしまっています。
それとは対照的に、ハル様とアンリ様はわくわく顔です。
それがまた気に入らないのか、レイ様が複雑そうな顔でおふたりを見ていますね。
「レイ様、そう不機嫌な顔をしないで下さいよ。お嬢様が困ってしまいますよ」
「警戒する気持ちは分かりますが、この方は必死になって我々を助けて下さったのですから、大丈夫だと思います」
「おまえら……」
わたくしの肩を持つようなアンリ様とハル様の発言に、レイ様がこめかみをぴくぴくとさせています。
「お仲間同士で揉め事はいけませんわ。レイ様が警戒されるのは仕方のないことですし、わたくしは気に致しませんので、お気遣いなく」
そう言ってにこりと微笑んだのですが、レイ様にはぷいっとそっぽを向かれてしまいましたわ。
うーん、こんなことを言っては失礼かもしれませんが……。
「……それよりも、料理。作ってきてくれたのだろう?冷めるともったいないからな、無駄口叩いてないで出してもらおう」
なかなか懐かないのに時々デレてくる猫ちゃんみたいでかわいらしいですわぁ……。
「……なんだ、その顔は」
ほっこりした気持ちで眺めていると、どうやら顔がにやけてしまったようです。
レイ様に嫌そうな顔をされてしまいました。
「も、申し訳ありません!ええと、玉子粥を用意したのですが、皆様お好みの玉子の硬さがあるかと思いまして、まだ投入前ですの。半熟、完熟、どちらがお好きですか?」
「「「玉子粥!?」」」
顔を引き締めて玉子のお好みを聞くと、なぜかお三方とも驚き立ち上がられました。
「お、お嫌いでした……?」
まさかと思い顔を青くすると、まさか!とすぐさま否定が返ってきました。
「いや、まさか粥が出てくるとは……」
「久しぶりの米……!」
「ご飯……!とろとろの玉子とご飯は最強ですぅ」
目をキラキラさせるレイ様、鍋を凝視するハル様、目を潤ませてご飯ご飯と連呼するアンリ様。
……なんでしょう、まるでしばらく海外旅行に行っていた日本人が帰国して久しぶりの卵かけご飯を前にした時のような反応ですわ。
「あ、お好きなようで安心しましたわ。それで、玉子は……」
「「「半熟一択」」」
素晴らしい速度での返しですのに、息ピッタリですのね。
「あ、わ、分かりましたわ。では少々お待ちを」
意外な反応に戸惑いつつも、鍋に解きほぐしていた玉子をとろとろと投入し、蓋を閉めます。
そしてコンロ代わりの魔法。
“とろ火”と書き入れて魔法陣を完成させれば、しばらくすると鍋から湯気が上がりはじめました。
その様子をじっと見つめる使者のお三方。
背中から感じる視線が非常に痛いですわ。
変な緊張を感じながら鍋を温める2、3分は、ものすごく長く感じました。
「……ああ、いい頃合いですわ。お待たせ致しました」
蓋をずらして中を覗けば、とろとろとした半熟の玉子が湯気の合間から見えます。
リュカが熱いので机まで持ちますと申し出てくれて、侍女と共に他の料理も机に並べていきました。
「さあ、ではお召し上がり下さい」
侍女が鍋の蓋を開けると、湯気とともにふわりとした出汁や醤油、玉子の優しい香りが広がります。
「……いただきます」
その香りを楽しむように一瞬目を閉じたレイ様が、徐ろに手を合わせてそう言うと、ハル様とアンリ様もそれに倣いました。
「いただきます」
「お嬢様、いただきます!」
侍女から玉子粥をよそったお椀を受け取ると、皆様それをひと口含み、もぐもぐと咀嚼し飲み込んだのですが……。
「「「…………」」」
無言。
なにゆえ。
「あ、あの、お口に合いませんでしたか?大変申し訳……」
「「「美味い!美味すぎる!!」」」
居た堪れなさすぎて思わず謝ろうとしたわたくしの言葉を遮ったのは、ものすごく力の入った“美味い”のひと言でした。




