おもてなしは日本人の心です3
しばらく考える素振りを見せた後、レイ様は徐ろに口を開きました。
「……温かく、食べやすいもの。それと、」
それと?
なぜかそこで切られてしまい、首を傾げます。
「……甘いものも、食べたい」
あらまあ、意外にも甘党でしたのね。
恥ずかしかったのでしょうか、顔を赤らめる様子が少しかわいらしくて、ほっこりしてしまいましたわ。
「甘いものは疲れがとれますからね。分かりました、用意して参りますので、しばらくお時間を下さいませ」
笑ってしまっては失礼かなと我慢し、そう伝えて厨房に向かおうとすると、えっ?と三人に驚かれました。
「あのぅ……お嬢様が自らご用意しに行かれるんですか?侍女に指示するのではなく?」
「?ええ、わたくしが作りますので」
おずおずと聞いてくるアンリさんにそう答えると、さらにえええ!?と声を上げられました。
ああ、そうですわね、まさか貴族令嬢がお料理なんてと思っているのでしょう。
「うふふ、心配しないで下さいませ。わたくしまあまあ料理は得意なんですの。病み上がりの方に豪華なものはご用意できませんが、胃に優しいもので精一杯おもてなしさせて頂きますわ」
呆気にとられたキサラギ皇国のお三方に、イタズラが成功したかのような気持ちになります。
「あ、そうですわ。皆様苦手なものはありますか?」
「いや、特には。他のふたりもなんでも食べる」
「まあ、好き嫌いがないなんて素晴らしいですね。では用意して参りますので、失礼致します」
苦手なものが多いと、使う食材が限られてしまいますからね、レイ様の答えにほっとして、わたくしは笑顔で退室したのでした。
「あのキサラギ皇国の使者達ですから、素っ気無いのかと思いきや、意外と好意的でしたね。あのレイという方は警戒していましたが」
貴賓室では静かに側に控えていたリュカが、廊下を歩きながらぼそりと呟きました。
「恩義に厚い国だと聞きましたし、わたくし達に対しては丁寧に接してくれているのでしょうね」
「それだけ今回の件に感謝しているということですね。三人ともそうでしたけど、キサラギ皇国の国民は褐色の肌の者が多いんですかね?この国では珍しいですけど」
日本に似た国だなと思いましたが、外見はそうではないようですね。
お三方とも髪の色も目の色もルクレール王国民とそう変わらずカラフルでしたし、見た目より幼く見えるなんてこともなさそうですもの。
「それにしても、お嬢が食事を作るって言った時、三人とも随分驚いていましたね。まあ無理もないですけど」
「ふふ。でも、最近はわたくし以外のご令嬢もお菓子を作っておりますし、近い未来には令嬢教育のひとつになっているかもしれませんよ?」
なにしろ、前世で料理は花嫁修業のひとつでしたもの。
まあ現代では男も女も、父も母も同じように家事育児に参加する時代でしたから、そんなことを言っては時代遅れだと言われてしまうかもしれませんけれど。
「まあ確かに。お菓子をもらった男性達も満更ではないようですしね」
お菓子を作ることに嫌悪感を持たれなかったのならば、徐々に広まる可能性がありますね。
でも、料理だけじゃなくて……。
「個人的には、性別も貴賤も問わず、教育は平等に行われるべきだと思いますし、趣味嗜好もその人の自由だと思っていますわ」
平民だからとか貴族なのにとか、そういう考えがなくなって。
いつか、この世界にもそういう自由な人生を送ることが普通になる日が来るかもしれません。
それが正しい世界だなどと言うつもりはありませんが、やりたいことを諦めなくてはいけない人が、一人でも少ない世界だと良いなとは思います。
「……そういう考えが広まれば、貴族も平民も、価値観ってやつが変わるかもしれませんね」
わたくしの、この世界では突拍子もない考えを、リュカはそう言って優しく受け入れてくれたのでした。
「さあ、では作りましょう」
「よろしくお願い致します!」
厨房に着くと、なんとすでに昨日の米料理人のお兄さんが準備万端で待ち構えていました。
しかもちゃんとほかほかのご飯まで炊いておいてくれています。
貴賓室を訪ねる前に、ランスロットお兄様を通じて伝えておいた材料も揃えてくれていたようで、彼の意欲の高さがよく分かりますわ。
使者の皆様の好みが分からなかったので、お粥に入れられそうな具や、合わせやすい食材をいくつかお願いしておいたのです。
苦手なものはないとおっしゃっていましたから、好きに作れそうですわね。
さて、お粥はともかく甘いものですか……。
意外だった答えを思い出し、材料を眺めていると、ひとつのものが目に留まりました。
「これは……」
「ああ、キサラギ皇国でよく食べられていると知られているものも集めてみたのです。米料理も、故郷の料理が恋しいだろうからって理由でお作りするんですよね?それなら、食材もそれに合わせると良いかなと思いまして」
「素晴らしいお考えですわ!ありがとうございます、お兄さんがいて下さって助かりました!」
「そ、そんな……。大袈裟です……」
わたくしのお礼に、謙遜しながらもお兄さんはとても嬉しそうな表情をしました。
またか……とうしろでリュカが呟きましたが、今は構っている暇などありません。
これなら、レイ様達の旅の理由にも当てはめられます。
「豪華な食事を振る舞うだけが、おもてなしではございませんもの。相手の立場になり、どうすれば喜んで下さるか、どうやってそのお心をお慰めするかも、大切なことです」
元、ではありますが、日本人としてのもてなしの心を尽くして。
「お出しする料理は決まりました。お兄さん、それほど難しくはありませんので、わたくしのお手伝いをして頂けますか?お兄さんなら、心を込めて一緒に作って頂けますよね」
「も、勿論です!なんでも言って下さい!」
頬を染めながらやる気に満ち溢れたお兄さんの答えに満足して、わたくしは力強く頷いたのです。




