おもてなしは日本人の心です2
「昨日の今日で朝から呼び出してすまないな」
「よく来て下さいました。昨日は愚息が迷惑をかけて、ごめんなさいね。そうそう、リュミエール公爵令嬢のおかげで、レイという使者はすっかり回復したそうよ。同行者の魔術師も随分良くなったみたい」
少し遅れてしまったことなど歯牙にもかけず、陛下と王妃様はわたくしを優しく迎えて下さいました。
それどころか、昨日のリオネル殿下のことを謝ってまでくれました。
「僕も様子を見に行ったんだけれど、ちゃんと起きていたし、立って挨拶もしてくれた。かなり体調は良さそうだよ」
ランスロットお兄様も同席して下さり、レイ様の様子を聞かせてくれました。
たった一晩経っただけですが、使者の皆様は本当に健やかでいらっしゃるようですね。
レオ様から聞いてはいましたが、こうして皆様から良い話を聞くと安心します。
「それで、歓迎の宴のことだが」
陛下が言うには、どうやら使者達は体調が良くなったならば、できるだけ早く出立したいと思っているようです。
ただ、レイ様の体調を考えて、二、三日だけ滞在させてもらいたいのだとか。
キサラギ皇国までまだかなり距離がありますし、食料なども確保したいでしょうからね。
備えあれば憂いなし、旅支度は万全でないといけませんもの。
話は逸れましたが、そういうわけで明日の夜にでも宴を開きたいそうなのです。
「準備の時間が少なくて申し訳ないのだけれど……踊ってもらえるかしら?」
「はい、精一杯努めさせて頂きますわ」
日本舞踊は大切な前世の思い出です、毎日のように自室でひとりでお稽古していましたから、大丈夫だと思います。
「ただ、音楽をどうしましょうと思っておりまして……。わたくしが舞いながら唄っても良いのですが」
お兄様方に見せた時のように、口ずさみながらでもできないことはありません。
ただ、疲れることは疲れますし、息が上がると唄が疎かになってしまうのですよね……。
「ああ、それなら心配いらないよ。使者のひとり、魔術師の女性に依頼したから」
「……はい?」
お兄様の予想外の言葉に、思わず両陛下の前でぽかんとしてしまいました。
依頼?
魔術師の女性に?
「歌が得意らしくてね、快く引き受けてくれたよ。恩人のためならって。後で歌を教えてほしいそうだ」
なるほど、そういう訳ですか。
キサラギ皇国の方とお話をしてみたいと思っていましたし、丁度良い機会なのかもしれません。
「そうと決まれば、早い方が良いだろう。とりあえず、まずは使者達に挨拶に行くと良い。彼らも公爵令嬢に会いたがっていたからな」
陛下のお許しが出て、早々にわたくしは退室することができました。
さすがに緊張いたしますもの、ありがたいですわ。
「では、そうさせて頂きます。あと、お兄様……」
ついでとばかりに厨房をお借りできないかと相談します。
お兄様も両陛下もそれは良い!と喜んで厨房へ許可を取ってくれました。
ついでに、作り方を見ていたらどうかと昨日の料理人のお兄さんにも声をかけてくれるそうです。
これで昨日の心残りがなくなってすっきりしましたわ。
では美味しいお粥を作れるよう、頑張りましょう。
「それでは御前失礼いたしますわ」
「あ、ちょっと待って」
スカートの裾をつまんでご挨拶すると、王妃様に呼び止められました。
どうしたのでしょうかと顔を上げれば、王妃様は穏やかな微笑みを浮かべていました。
「ありがとう。あなたのおかげだわ」
「?使者の方の治療のことですか?あれは医師や魔術師の方も協力して下さり、たまたま上手くいっただけで……」
「いいえ。それもだけれど、それだけじゃないの」
王妃様の言葉の意味が分からず首を傾げますが、王妃様はくすくすと笑うだけでそれ以上はなにも教えてくれませんでした。
「呼び止めてごめんなさい。今日もよろしくね」
「?はい。失礼いたします」
最後までその笑顔とお礼の意味がよく分かりませんでしたが、まあ悪いことではなさそうですし、良しといたしましょう。
今度こそ会議室の扉を閉め、とりあえず先にレイ様の様子を見に貴賓室へと向かいます。
調子が良さそうだとは聞きましたが、どの程度食べられそうか、またどんなものが好きかも聞きたいですからね。
先程と同じ方がそのまま案内をして下さり、迷子になることなくたどり着けましたわ。
王宮は広いので、初めての部屋は一度で覚えられる気が致しませんもの……。
さて起きていらっしゃいますでしょうかと案内役が扉をノックするのを眺めていると、すぐに入室の許可の声が返ってきました。
扉を開いてもらうと、そこにはキサラギ皇国の使者、三人が揃っておりました。
「おお、ご令嬢!昨日はどうもありがとうございました」
まず声をかけて下さったのは、ハル様です。
表情が明るく、恐らく昨日のことでわたくしに多少は好感を持って下さったのでしょう、笑顔で迎えて下さいました。
「皆様回復されたと伺いました。良かったですね」
こちらも笑顔を返し、そのハル様のお隣に立つ長身の男性、レイ様を見ます。
ハル様と同じく褐色の肌に、スラリとした長身。
黒混じりの紫の髪、水浅葱色の瞳はとても澄んで綺麗なのですが、こちらを警戒しているのか、鋭い眼つきをしています。
「申し遅れました、ルクレール王国リュミエール公爵家長女、セレナと申します。この度は大変でございました」
礼儀正しく挨拶をすれば、ぴくりと僅かに表情を動かされました。
「き、きっれーい!!」
とそこに、甲高い声が響きます。
「超・美人!しかもなにそのスタイル!腰、ほっそ!」
これまた褐色のかわいらしい容姿の小柄な女性、きっと最後のひとりの魔術師さんですわね。
ふわふわの赤髪は鮮やかで、黒い瞳をきらきらとさせてわたくしを見つめています。
昨日は魔力を使いすぎて疲弊していたというお話でしたが、すっかり元気なようですね。
わたくしがほっとしていると、レイ様とハル様が眉根を寄せてため息をつきました。
「あ、名乗りもせずに失礼しました。私、アンリと申します。この度はレイ……様を助けて下さって、本当にありがとうございます」
その視線に気付いたのか、アンリ様と名乗った女性は居住まいを正して挨拶をして下さいました。
背筋を伸ばして綺麗にお礼する姿を見るに、幼く見えますがひょっとしたらわたくしよりも年上かもしれません。
一見天真爛漫な雰囲気の方ですが、芯の通った優しいお姉さんという空気も感じられます。
「いえ、皆様の元気なお姿を見ることができて、ほっといたしました。それで、唐突ではありますが、お食事はもう普通に食べられそうですか?それと、食べたいものや好きなものがあれば、教えて下さいませ」
ゆっくりお話ししたい気もしますが、料理人を待たせておりますし、そろそろ昼食の時間です。
まずはお食事の用意を先にさせて頂きましょう。
わたくしの問いに、ハル様とアンリ様はちらりとレイ様の方を見ました。
きっと重傷を負った彼を気遣って、彼の要望を先に聞こうと思ったのでしょう。
もしくは、一番身分が高いレイ様にお伺いを立てたのかもしれませんね。
さて、どうやら警戒心の強いお方のようですが、素直に教えて頂けるでしょうか?




