おもてなしは日本人の心です1
王宮での治療を行った次の日、わたくしは再度呼び出しを受けていました。
しかも今日は学園をお休みして、朝から王宮です。
「うう……泣きすぎて目が腫れてしまいましたわ……。こんな顔で登城して良いものでしょうか」
「大丈夫だセレナ!今日もおまえは世界一かわいい!」
朝から兄馬鹿ぶりを発揮するエリオットお兄様に苦笑を漏らしつつ、目の上を冷たいタオルで冷やします。
水魔法の上位置換、氷魔法の得意なランスロットお兄様が、ぬるくならないタオルを作って下さったのです。
昨夜、わたくしとランスロットお兄様は王宮での出来事を家族の皆にお話ししました。
はらはらしながら聞いて下さっていた皆も最後には、良かった、セレナを誇りに思うと温かい言葉を下さいました。
そしてそれがわたくしの涙腺を崩壊させたことは、言うまでもありません。
「しかし今日も朝から呼び出されたのか?昨日の今日で……。体調が悪いなら、断っても良いんだぞ?」
「目が腫れぼったいだけで、体は元気ですもの。それにレイ様の容体も知りたいですし、ちゃんと行きますわ」
エリオットお兄様の過保護は相変わらずですね。
思えば前世を思い出して早数ヶ月、時の流れとはあっという間です。
昨日、思い切り泣いたら吹っ切れました。
もう、ヒーローとかヒロインとか、悪役令嬢とかを気にするのではなく、自分のやりたいようにやろうと。
もちろんミアさんのことは、これからも応援したいと思っています。
そしてリオネル殿下との婚約破棄を望んでいることも変わりません。
ですが、無理に悪役令嬢を演じることは止めました。
わたくしは、自分で正しいと思うことを心のままに行い、この人生を懸命に生きて、自分で幸せを見つけようと決心したのです。
「ランスロットもいるから大丈夫だとは思うが……無理はするなよ。くそ、俺も騎士じゃなかったら一緒に行けたのに……!」
「ふふ。お気持ちだけ頂きますわ。ありがとうございます、お兄様」
なおもわたくしを心配してくれるエリオットお兄様の気持ちがとても嬉しくて。
この家族に生まれ変わって良かったなと、改めて心からそう思ったのです。
朝早くに登城したお父様やランスロットお兄様から遅れ、わたくしも身だしなみを整えてリュカと共に王宮にやってまいりました。
まずは両陛下に挨拶に行くべく、案内役の方についてもらいながら昨日と同じ会議室に向かいます。
目の腫れも随分落ち着きましたし、これならそうそう気付かれることもないでしょう。
ランスロットお兄様のタオルのおかげですねと思いながら廊下を歩いていると、前方からレオ様が歩いてきました。
レオ様も朝から呼ばれたのでしょうか?
ああそうです、昨日あのように別れてしまったことを謝らなくては。
「おはようございます、レオ様。あの、昨日は大変申し訳ありませんでした」
「おはよう。いや、気にしなくて良い。セレナ嬢も昨日は大変だったな。……おい、その目。泣いたのか?」
近寄って挨拶をした途端、なぜかバレてしまいましたわ。
「隠すな。……それほど酷くはないか」
反射的にばっと手で隠そうとしたのですが、その手を優しく解かれ、覗き込まれてしまいました。
ち、ちちちち近いですわ!!!
しかもほら!
リュカも案内役の方も見ていますわー!!
「だ、大丈夫です。もうなんともありませんから!ですから、もう少し、離れて下さいませ……!」
「!……すまない」
真っ赤になった顔で必死に伝えれば、レオ様はバツが悪そうに一歩下がって下さいました。
し、心臓に悪いですわ……!
どくどくと鳴る心臓を押さえながら平静を保とうとしていると、レオ様が眉を下げながら口を開きました。
「……昨日は、使者を治すために尽力してくれたのに、辛い思いをさせてすまなかった。それとあの使者だが、昨晩一度目を覚まし、痛みも違和感もないと言っていた。今朝も体を起こして柔らかいパンとスープも食べたらしいし、体力もそのうち戻るだろう」
「まあ!良かったですわ」
なぜレオ様が謝るのでしょうと思いつつ、レイ様が無事に目覚めて、しかも食事をとれる程度には元気にしていると聞くことができてほっといたしました。
あ、そういえば昨日お粥の作り方を教えるのを放り出したまま帰ってしまいましたわ。
後でランスロットお兄様から料理人に、時間が取れないか聞いてもらいましょう。
せっかくですから使者の皆様にお粥を召し上がってほしいですし。
魔術師の方も魔力を使いすぎて疲弊していると言っていましたし、食べられそうでしょうか?
「他人のことなのに、そんなに嬉しそうな顔をするんだな。それに他にもなにか考えているようだが?」
「それはそうですわ。専門ではないわたくしが治療して、ちゃんと元気になったのか不安でもありましたから。色々とというか、お粥のことを忘れていたなと思いまして。レイ様が召し上がれそうなら、お持ちしたいと思いましたの」
そうですわ、料理人の方に作って頂かなくても、自分で作れば良いのですもの。
陛下への挨拶の後、厨房をお借りできないか聞いてみましょう。
「……そうか。色々と考えてくれて、助かる。ありがとう」
昨日今日と硬い表情の多かったレオ様ですが、この時だけは僅かではありますが柔らかく微笑んでくれました。
それにほっとして笑みを返したところで、陛下への挨拶に向かっていたことを思い出しました。
見れば、案内役の方も困っているような仕草をしています。
「長々とお時間を取らせて申し訳ありません。では、わたくしはこれで……」
「ああ、俺こそ悪かった。今日もよろしく頼む」
わたくしが話を切り上げようとすると、レオ様はそう言って颯爽と歩いて行ってしまいました。
どうしたのでしょう?
なんだか吹っ切れた感じがして見えます。
それに、今日は言葉の端々がなんだか……。
「あのう……リュミエール公爵令嬢?」
「お嬢、さすがにこれ以上遅くなったらマズいですよ?」
「はっ!も、申し訳ありません!はい、参りましょう!」
今度こそお願いします〜と涙目の案内役に謝り、にやにやするリュカをひと睨みしながら、もう道草はしませんわと心に誓って会議室へと向かったのです。




