なんともないと放って置くのはよくありませんよ?5
長くなってしまいまそうなので、サブタイトル変えて二つに分けることにしました。
内容は変わっておりませんので大丈夫です!
貴賓室に移動し、ハルは整えてあったベッドに男性をそっと横たえます。
傷は背中、仰向けだとかなり痛むのでしょう、うつ伏せの状態にさせていますので、長めの前髪で顔が隠れ、あまり顔立ちはよく分かりません。
ですがその顔色が悪いことだけは、はっきりと見て取れます。
「医者がもう少しで来ます。まずは、なぜこのような怪我を負ったのか、お聞きしても?」
ランスロットお兄様の問いに、苦々しくもハルは口を開きました。
曰く、重傷者の方はレイ様とおっしゃるそうです。
ハルを含め三人で旅に出た往路は順調で、墓参りも無事に終わらせたのですが、帰路で必ず通らなくてはいけない国で、大雨が降ったのだそうです。
使者達が通る前日から降り注いだ雨は激しく、また風も強く、洪水・土砂崩れの被害も大きかったそうです。
それでもなんとか通過しようと半ば無理矢理進んだのですが、そこで事故が起こりました。
川に近い街。
今にも決壊しそうな川から離れるために、避難しようとしていた街の子どもが迷子になっているのを見つけたレイ様は、子どもを放って置くことができず、手を差し伸べようとしました。
その時。
暴風に煽られ、立っていられずにバランスを崩した子どもの元に、折れた若い木の幹が飛んできたのです。
それに気付いたレイ様は、咄嗟に子どもを庇いました。
そうして、背中に傷を負ったのだそうです。
「傷を負った当初はそれほど出血もひどくなかったので、我慢できない程ではなく、早く本国に戻ればなんとかなると思っていました。しかし土砂崩れで橋が倒壊し、結局一度引き返すことになってしまい……」
何日か待てば雨風も止み、通れるようになるだろうと思っていたのに、傷が悪化したのですね。
そしてはじめはそれほど深くないと思っていた傷も、飛んできた木の幹なら汚れていたでしょうし、それでできた傷口を綺麗に洗わなくては細菌感染する可能性が高いです。
適切な処置をせず放置したことで化膿し、無理を押して動いたことで傷が塞がらず、出血が続いてしまったのでしょうか。
この顔色の悪さは、出血多量によるものもあるのかもしれませんね。
その上、予想外の長期の旅になってしまい、食事も十分でなかったやも……。
色々な悪条件が重なってしまったのだと思うと、胸が痛くなります。
なにしろ、わたくしも彼と同じように子どもを庇って命を落とした経験がありますゆえ。
「同行していた魔術師も、随分魔力を消費して疲弊しております。一緒に馬車に乗っていた彼女にも、休める場を頂けますか?」
そこで申し訳ないと思っているのか、おずおずとハルはそう申し出ました。
どうやらキサラギ皇国の使者は三人で行動していたらしく、ふたりの他に女性の魔術師さんがいらっしゃるようですわね。
馬車が到着した時には気付かなかったのですが、もうおひとり女性が乗っていたようです。
ランスロットお兄様はその言葉に頷き、部屋を用意するよう部下のおひとりに指示しました。
そうしているうちに廊下が騒がしくなって、貴賓室の扉がノックされました。
「ランスロット殿、遅くなって申し訳ありません」
医師と魔術師がやって来て、すぐにレイ様の診察に入りました。
「これは……!ううむ、酷いですな」
レイ様に負担のないよう汚れた服を切り開き、傷が見えるようにしたのですが、わたくしからはよく見えませんでした。
けれど、医師が顔を顰める程に傷は深いようです。
「傷の周りも随分汚れている。よく見えないので、魔術師殿、洗浄魔法をお願いできますか?」
「はい」
傷口を綺麗にするのは大切なことですので、ここは黙って見ていましょう。
魔術師の方が描く魔法陣はとても緻密で、汚れていた背中が一瞬で綺麗になったことからも、効果がすごく高いのが分かります。
さすがですわ。
食い入るようにその様子を見ていると、戸惑った医師の方がお兄様に目配せをしました。
「ああ、彼女は僕の妹だ。魔法もかなりのものだし知識もある。なにかできることがないかと同席させてほしいと言われてね」
それならばと医者も魔術師もちらりとわたくしを見て軽くお礼をしてくれました。
邪魔だと言われなくて良かったですわ……。
いえ、思ったかもしれませんが、ランスロットお兄様の前では言えませんよね。
せめてわたくしも深々とお礼を返しましょう。
「ええと、では魔術師殿。“治療”の魔法をかけてまずは傷を塞ぎ、出血を止め……」
「あっ、ちょ、ちょっとお待ち下さいませ!」
「セレナ?」
「お嬢?」
医師の言葉に被せるように発言したわたくしに、ランスロットお兄様とリュカをはじめ皆様驚いたようにこちらを振り返りました。
「……ご令嬢、なにか?」
ハルも鋭い眼つきでわたくしを睨んできます。
それはそうですよね、どう見ても治療の邪魔をしようとしている女にしか見えませんもの。
「あの、気になることがありますので、わたくしにも近くで傷を見せて頂けませんか?」
ハルの目をじっと見つめながらそう伝えると、しばらくの沈黙の後、ゆっくりとその口が開かれました。
「……分かりました」
眉根を寄せつつも、ハルは引き下がってくれたのです。
それに感謝し軽くお礼をすると、わたくしはベッドに近付きました。
お兄様がそれを止めようとしていたので、視線で大丈夫ですと伝えます。
ベッドに横たわるレイ様の背中には、洗浄魔法で綺麗になってはいましたが、大きな亀裂が走っていました。
暴風で飛んできた木の幹、恐らく凄い勢いだったのでしょう。
そして、もしもその迷子の子どもに直撃していたら。
結果は、想像に難くありません。
「幼い子どもを庇ったその勇気、尊敬致します」
レイ様の意識がないことは分かっていましたが、苦痛に歪むその顔に向かってそう囁きます。
そして近くで見せて頂いたのですが、思っていた通り、傷は開いたままで化膿しかかっていました。
きっと護衛達の足を引っ張りたくないと思い、無理をしていたのでしょう。
ここで前世の知識を思い出すのに、そっと目を閉じました。
裂傷、化膿、その処置方法。
ただの“治療”では傷を塞ぐだけになりかねません。
まず傷から体内に入ってしまった菌を殺し、それから皮膚の修復をしなければ。
順序立てをした後は、魔法陣に描く図形と文字を考えます。
基本は“治療”の図形、それにいくつか足して、日本語で書く文字は。
「……決まりました。お兄様、お医者様、魔術師殿、そしてハル様。わたくしに考えがあるのですが、聞いては頂けませんか?」
初めての魔法、望むほどの効果が得られるかは分かりません。
けれど、これだけの深い傷、“治療”だけでは中から化膿が進み、後に酷いことになってしまうということは分かっています。
ならば、わたくしはやってみたい。
自分にできることを信じて。




