わたくし悪役令嬢になります!2
そうして学園での注意事項をふたりで確認し、わたくし達が席を立つと、うしろから聞き覚えのある甲高い声に呼び止められました。
「一体どういうつもりですか!?」
驚き振り向くと、そこには昨日リオネル殿下の隣に立っていた、ミア・ブランシャール男爵令嬢が仁王立ちしていました。
まあ、まるで精一杯虚勢を張って敵の前に立つ小動物のようですわ。
そうですわよね、きっとおふたりは恋仲。
リオネル殿下を想う気持ちは、婚約者よりも強いはずですもの。
物語のヒロインのようで素敵ですわぁ……。
ミアと名乗ったご令嬢にうっとりとした視線を向けると、ミアさんはなぜか後ずさりをして怯んだ様子です。
多少イメージを変えたとはいえ、わたくし元々キツく見られてしまう容姿ですからね。
そう簡単に警戒は取れないようですね。
「な、な、何を考えているんですか!?あたしに何かしようなんて思わないで下さいよ!あたしには、リオネルがついているんですからね!」
及び腰になりながらも必死に足を踏ん張り、わたくしに向かって指をさすミアさんですが……人を指差してはいけませんわ。
それに前世ならばともかく、婚約者でない男性を呼び捨てにするのは、この世界の作法に反します。
あああ……せっかく可憐なヒロインですのに、無作法なのは勿体ないですわ……。
「な、な、何ですかその目は!あたしのこと、バカにしてますね!?」
残念な気持ちで見つめていると、今度は怒られてしまいました。
悪気はなかったのですが……そのように感じてしまったのなら、申し訳ないことをしてしまいました。
「申し訳ありません……ただ、その、勿体ないなと思ってしまったものですから」
正直に胸中を伝えると、ミアさんの顔が真っ赤に染まりました。
「〜〜っ!あたしなんかに、リオネルは勿体ないって言いたいの!?」
キッと目を鋭くして睨まれてしまいました。
「いえ、そうではなく……」
「あんたなんか!悪役令嬢なら悪役令嬢らしく、毒々しい見た目で嫌われ役やってれば良いのよっ!」
誤解ですと告げようとするのを遮り、ミアさんはそう吐き捨てると、淑女らしからぬ形相で走り去って行きました。
……はて?
「“悪役”令嬢って、お嬢、一体いつから舞台女優になったんです?」
隣にいたリュカも、呆気にとられています。
「それが、わたくしにも身に覚えがありませんの。わたくしお芝居は嗜んだことがありませんので、きっとミアさんの勘違いだと思うのですが……」
ですが、確かに望まれぬ婚約者という恋の障害は、おふたりにとっては“悪役”なのかもしれませんね。
それにしても悪役令嬢だなんて、言い得て妙ですわ!
「悪役令嬢、悪くありませんわね……」
「……あーお嬢、俺、なんか嫌な予感がするんですけど」
ひくりと顔を引きつらせたリュカに顔を向けると、わたくしは喜々として宣言しました。
「決めましたわ!わたくし、“悪役令嬢”になってあのおふたりの恋を応援いたします!まだ恋を知らぬこの身、役者が不足しているのは重々承知しておりますが、精一杯努めさせて頂きますわ!」
嘘だろ……とリュカがボヤきましたが、こんなに素敵なことはありません。
「王宮から望まれての婚約であることは理解しておりますが、心から愛し合うおふたりを引き離すことは、人道に反する行為ですもの」
それに、今際の際に両親のような恋をしたかったと望んだわたくしなればこそ、このお役目に適しているのではないでしょうか。
悪役とはいえ、そんな真実の愛を結ぶためのお手伝いができるだなんて……。
「どうしましょうリュカ。わたくし胸がどきどきしてきましたわ……!」
「奇遇ですね、俺も胸がバクバクしてきました。そして変な汗までかいてきましたよ」
「まあっ!大丈夫ですの?どこか悪いのではありませんこと?」
よく見れば、顔色も悪い気がします。
大変ですわ、鼓動が激しく冷や汗をかくなんて、熱もあるのではないかしら?
「ひょっとして、何か悪い病気かもしれませんわ。ああどうしましょう、お医者様を呼びましょうか?」
「……いや、俺はあんたをこそ医師に診てもらいたいんですけど」
「まあ。前世はともかく、わたくし今は至って健康ですわよ。ささ、遠慮なさらずわたくしにつかまって下さいな」
「いや、そういう意味じゃなくて。さっき、暴走しないって約束したんじゃねぇのかよ……。はぁ、もう良いです。早く帰りましょう」
わたくしの手を借りず、ひとりですたすたと歩く様子から、どうやらリュカは本当になんともなさそうです。
それにしても自分よりわたくしの心配だなんて、前世病気に罹っていた話を聞いたからって、リュカは随分と過保護ですわねぇ。
ですが、わたくしの突拍子もない話を信じてくれて、こうして心配してくれるということは、とても有り難いことです。
「ありがとうございます、リュカ。中身は多少変わってしまいましたが、これからも変わらず頼りにしていますわ」
「……だから、多少じゃないですって……」
頬を染めてぷいっとそっぽを向くリュカに胸が温かくなるのを感じながら、わたくし達はカフェテリアを後にしました。