なんともないと放って置くのはよくありませんよ?3
「“オモテナシ”?へえ、初めて聞いた言葉だけれど、すごく良いね。じゃあ微力ながら僕も協力させてもらうよ」
はりきるわたくしに、フェリクス殿下が楽しそうにそう言って下さいました。
セザンヌ王国は公爵家に嫁いだ媛様の件もありまして、僅かではありますがキサラギ皇国と国交がありますもの、力強いですわ。
そんなわたくし達を、リオネル殿下が面白くなさそうに見つめていました。
なにか言いたそうなお顔をしていますが……。
「おい、言っておくが失敗は許されないんだからな。上手くいかないからといって、後で尻尾を巻いて逃げ出すなよ」
まあ!これは『気を引き締めて臨め。逃げなくても自分達王族がフォローするから自信を持て!』という激励でしょうか?
普段わたくしに冷たい殿下も、国の大事ですから気を遣って下さったのですね、さすがヒーローですわ!
「おやおや第二王子殿下におかれましては、ご自分の立場というものをご理解なされていないご様子ですね」
「ふーむ、別に私達は断っても良いのですが?その代役は第二王子殿下が務めて下さるのでしょうね。なにせ娘の婚約者ですから」
キラキラとわたくしが考えを膨らませていると、ランスロットお兄様とお父様がとても良い笑顔でそうまくし立てました。
陛下が慌てて愚息の話は聞き流してくれ!と遮っていますが、おふたりの笑顔の奥にはものすごく黒いなにかが見えます。
お父様とお兄様には殿下のお心が伝わっていないみたいですね。
非常に残念なことです、ここはわたくしからふたりに一言……。
「ストップお嬢。逆にややこしくなるから、ここは黙っておきましょう。ね?」
口を開きかけた瞬間、リュカに止められてしまいました。
まあこのままでは話が進みませんし、殿下には後で謝って……。
「余計な気遣いも不要です」
最近思うのですが、リュカにはわたくしの思考が読めるのでしょうか?
強く念押しされて、仕方なくここは引き下がることにしました。
「コホン。では話を戻すが、使者達が我が国に到着するのは、明日の昼頃のようだ。治療魔法に優れた魔術師と医師の手配は済ませてあるから、負傷者の回復の見込みができたら歓迎の宴を開こうと思っている」
そこでわたくしが舞いを披露するということですのね。
しかし陛下は治療魔法に優れた魔術師とおっしゃいましたが、キサラギ皇国の方々の方が魔法にはお詳しいのでは?
「うむ、今回は治療専門の魔術師を連れておらず、機動力重視のメンバーだったようなのだ。国に帰ればすぐに治療できるだろうから、ある程度回復できれば大丈夫だろう」
なるほど、とりあえず体を休めに寄るだけだということですのね。
速さを重視しましたのに、負傷者が出てしまった上に予定よりも帰還が遅くなってしまい、使者達もやきもきしていらっしゃることでしょう。
「予定よりも長旅になってしまったとなると、お食事も自国のものが恋しいかもしれませんね……」
「そうだね、お米が主食だという話だから、米料理の得意な料理人を呼ぶと良いかもね。それに加えてこちらの国の料理もお出しするのはどうだろう?」
わたくしの呟きに、フェリクス殿下がそう継いで下さいました。
お米が主食とは、ますます日本文化に似た国だという印象が強くなります。
「だが、負傷者には消化の良いものが良いのではないか?豪華な食事は負担がかかるぞ」
それまで黙っていたレオ様が、ここで会話に参加してきました。
レオ様もフェリクス殿下と一緒に意見を聞くために呼ばれたのでしょうね。
確かにレオ様の意見は一理あります。
「消化の良い米料理といえば、お粥ですわね!」
「「「オカユ?」」」
あ、お粥はこの国にはない料理でしたわ。
わたくしの知る、病人にも優しい簡単に作れる料理なのだと説明すれば、それは良いかもなと皆様同意して下さいました。
「あまり知られていない料理ならば、料理人も作り方を知らない可能性があるな。セレナ嬢、教えてやってくれるか?」
「わたくしで良ければ、断る理由などありませんわ」
レオ様ににこりと笑顔を返します。
「ちょっと待て!い、いや、待って下さい!フェリクス殿下、アングラード殿、お気持ちは嬉しいですが、そう勝手になんでも決めてもらっては……」
「よい。私が許す」
「リオネル、皆様真剣に考えて下さっているのです。横槍を入れるような発言は控えなさい」
リオネル殿下を両陛下が窘めます。
ですが殿下の言い分も最もですわ。
この国の王子殿下ですもの、きちんと意見を聞かなくてはいけませんわね。
「殿下、なにか良い案がありましたらお話し下さい。わたくしもお聞きしたいですわ」
「っ!おまえなどに話すことはない!父上、母上、失礼します!」
わたくしの言葉が気に障ったようで、リオネル殿下は扉を力任せに閉めて出て行ってしまいました。
そんな殿下に、両陛下が俯いてため息を漏らしました。
「申し訳ありません、陛下。わたくしが余計なことを」
自分の発言で空気を悪くしてしまったことを申し訳なく思い謝罪すると、良いのよと王妃様が苦笑いしました。
「きっと次々と意見を出し合うあなた達に嫉妬したのね。ごめんなさいね、甘やかして育ててしまったから……」
ただでさえ嫌いなわたくしと一緒なのも、殿下にとっては苦痛だったのでしょう。
ミアさんと一緒なら、きっとふたりで困難を乗り越えたでしょうに……。
あ。そう、そうですわ!
「王妃様、殿下のことですが。ブランシャール男爵令嬢についてはご存知ですよね?」
「「「「「ブランシャール男爵令嬢……?」」」」」
その名前に、王妃様だけでなく陛下やお父様、ランスロットお兄様やレオ様までぴくりと表情を変えました。
あ、まずいですわ。
「ごめんなさいね、セレナ嬢。私達の中で、その方の名は禁句となっているの」
先程の悲しげな表情とは一転、笑顔を見せた王妃様は一見とても麗しいですが、手に持って口元を隠した扇の向こう側がどうなっているのか。
怖くて見たくないと思ってしまう程に黒いなにかを感じますわ。
「……申し訳ありません。なんでもありませんわ」
咄嗟にそう口を噤むくらいには、わたくしにも危機管理能力というものを持ち合わせておりますの。
ここでリオネル殿下とミアさんの絆を見せつけてはどうかと思ったのですが、あえなく失敗に終わりましたわ……。




