なんともないと放って置くのはよくありませんよ?2
何度かリオネル殿下の婚約者としてお会いしている王妃様はともかく、なぜ国王陛下までここにいらっしゃるのでしょう?
さすがのわたくしも驚きを隠せずにおりましたが、すぐに我に返ってご挨拶を申し上げます。
ですが、先程王妃様はリオネル殿下のことではないとおっしゃいました。
ならば一番都合の悪いお話ではないはずです。
「リュミエール公爵令嬢、とりあえず座ると良いよ」
はっとして声のする方を見れば、広い室内、会議用の大きな机にはフェリクス殿下が座っていました。
そして、不本意そうな顔をしたリオネル殿下と、なぜかレオ様も。
外交関係の話だと仮定して、リオネル殿下とフェリクス殿下はともかく、なぜレオ様が?
そのお顔も、どことなく沈んだものに見えます。
「ふむ。公爵と子息も掛けなさい。さて、リュミエール公爵令嬢、セレナ嬢。ここからは他言無用の話になる。外部に漏らさないよう、約束してもらいたい」
そうですわね、まずはお話を聞きましょうと戸惑いながらも頷けば、陛下は満足気に微笑みました。
そして目配せをすると、お父様がわたくしを呼んだ事情を説明して下さいました。
ルクレール王国から遠く離れた辺境の地に、キサラギ皇国という小さな国があります。
……個人的にこの国名には些か親しみがありますが、この小国の文化はあまり諸外国に伝わっておりません。
日本にも鎖国時代というものがありましたが、それ程ではないにしろ、あまり外国との交わりを推進していない国なのです。
そんなキサラギ皇国が近年唯一皇族に連なる者を嫁に出したのが、フェリクス殿下のセザンヌ王国。
キサラギ皇国の媛が、セザンヌ王国の公爵家の跡取りと恋に落ち、かなり異例ではありましたが、数年かけて嫁入りが認められたのだとか。
とても愛されていた媛だったため、その訴えに泣く泣く皇族が折れたようですが、それだけ想いが強かったのでしょうね。
その媛は数十年前にすでに亡くなっておられるのですが、皇族の媛を思う気持ちは廃れることなく、毎年この時期に使者が墓参りにいらっしゃるのだそうです。
「それはもう、我々も知らないうちにお忍びでやってきて勝手に帰られることがほとんどで、あまりお姿を見たことがなかったのですが……」
フェリクス殿下も苦笑いでそう補足されます。
それほどまでに外国との関係を持たないようにしているのですね。
少し話は逸れましたが、とにかく今年も墓参りに使者たちがいらっしゃったのですが、その帰路で問題が発生したのです。
風水害です。
キサラギ皇国に帰るために必ず通ることになる、ルクレール王国に隣接するある国がその被害に見舞われていたのです。
被害はあまりにひどく、無理に通ることは不可能なのだとか。
その上、使者の中に重傷者がいるらしく、今いる位置から一番近いルクレール王国に助けを求めてきたというのです。
災害の復旧作業は進んでいますが、それをゆっくりと待つほどの余裕がないようです。
「まさか、国交のない我が国に助けを求めるなんて……」
「それだけ、重傷者が国の要人なのだろう。彼らにとってもやむない判断だということだね」
わたくしの戸惑いに、ランスロットお兄様がそう答えます。
そしてその便りは昨晩突然送られてきて、今朝からフェリクス殿下を交えて色々と話し合っていたのだそうです。
そのためわたくしの呼び出しがこの時間になったのだと説明されましたが、なぜわたくしなのでしょう?
「セレナ。君が一度だけ異国の踊りを見せてくれたことがあるだろう?」
「異国の?……ああ、そうでしたわね」
日本舞踊のことですわね。
確かに一度だけ、エリオットお兄様とおふたりの前で舞ったことがありました。
わたくしの前世を知らない方ばかりの中で、本当のことを言うのは躊躇われたため、異国のという表現をされたようです。
「あれね、僕も確信が持てなかったんだけれど、キサラギ皇国の伝統舞踊にそっくりなんだ。多少とはいえ国交のあるフェリクス殿下に確認したから、間違いない」
「……そんな、まさか」
なぜ。
だってあれは、異世界の、しかも日本という一国の伝統文化です。
「という話を公爵子息から聞いてね。言い方は悪いが、我が国としてはこの機会にキサラギ皇国との繋がりを持ちたい。重傷者の手当てももちろんだが、手厚くもてなして恩を売りたいのだよ」
遠回しな言い方をしない陛下の潔さに、ほんの少し好感を覚えました。
一国の長たるもの、綺麗事だけではいけませんものね、そのお考えは正しいでしょう。
キサラギ皇国は他国にはない技術と文化を持ち、そして類稀な魔法学の進んだ国なのです。
恩義に厚く、礼節を重んじる国としても有名で、詳しくはあまり知られていませんが、恩のある国や人が、かの国から他に比類ない恩恵を受けたとの話もあります。
その技術や文化、魔法の素晴らしさを見ることができたひと握りの方々は、揃ってかの国を褒め称えるのだとか。
どことなく日本と通じるものがありますわね。
「それで、つまりわたくしの舞でもてなしたいとのことですの?」
「平たく言えばそうだ。それだけではない、君は先だっての魔法の実技試験で、素晴らしいものを見せてくれたらしいな」
あの魔法陣のことですね。
なるほど、学園からの報告もあったでしょうが、陛下は間近で見ていたリオネル殿下に話を聞いたのでしょう。
「自国の伝統舞踊に似た踊りを披露してくれた舞手が魔法学にも詳しいとなれば、使者たちとの話も弾むかもしれん。リオネルが最近習得した魔法陣の古代文字は、実はキサラギ皇国のものだと言われているのだよ」
あの下手く……いえ、個性的な平仮名のことですわね。
試験のときに見た筆跡を思い出すと、残念な気持ちになってしまいます。
それはともかく、平仮名がキサラギ皇国の文字であるということや、国民性などからも、ひょっとしたら日本とよく似た国なのかもしれませんね。
となれば。
「分かりました。お引き受けいたします」
がたんと席を立ち、やる気満々で高らかにそう宣言します。
「うーんやっぱりそうなっちゃうよね。知ってたけど」
「そんな責任重大なこと、愛娘には任せたくなかったのだが……」
お兄様とお父様が諦めたようにため息を零しましたが、わたくしはもう決めましたの。
もしかしたら日本に似た文化の国の方々と出会えるかもしれず、しかもそれが困っているかの国の使者や自国、家族のためにもなる。
情けは人の為ならず、それにもしここで借りを作っておけば、わたくしが悪役令嬢となった際も少し情けを頂けるかもしれません。
「不肖ではありますが、誠心誠意心を込めて、キサラギ皇国の皆様を“おもてなし”させて頂きますわ!」




